テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
小さな通知音が鳴る。
机に伏せていたスマートフォンが震えた。
律は視線だけを落とす。
(律さん、ご飯もう食べた?)
結からだ。
返信を急ぐ理由はない。
けれど、既読をつけない理由もない。
時刻は 18時45分…。
…いつもより、早いな。
律はいつもより、二分早く
(まだ。)
と送る。
視線は、玄関へ。
返信してから5分後、チャイムが鳴る。
やっぱり、来たか。
静かに立ち上がる。
鍵を開ける音。
ドアは、内側からゆっくり開いた。
立っていたのは、結。
『来ちゃった。一緒にご飯、食べよ?』
「寒い。入れば?」
それだけ言って、先に部屋に戻る。
「なに、食べる?」
今日は日曜。
結はいつもカレーかシチュー。
先週はシチュー。
確率的に――カレー。
『カレー食べたいな。一緒に作ろう?』
「材料、いつものところ。」
視線だけ、棚へ。
結は迷いなくルーを取り出す。
『辛口でいいよね?』
一瞬だけ、手が止まる。
「……食べられれば、なんでもいい。」
結は気づかず、残りの材料を並べていく。
律は静かに立ち上がる。
慣れた手つきで、野菜を切る。
包丁の音だけが、部屋に落ちる。
「作るから、食器用意して。」
『わかった〜。律さんの作るカレーすごく好き。』
結はそう言い食器を棚から出した。
「…水も。」
結は少し首を傾げる。
『え、水?』
「念のため。」
結はコップを二つ並べる。
蛇口をひねる音。
透明な水が、静かに満ちていく。
律は鍋にルーを落とす。
赤い色が、ゆっくり溶けていく。
包丁の音が止まる。
一瞬だけ、律は水の入ったコップを見る。
「……大丈夫。」
誰に向けた言葉かは、わからない。
カレーの匂いが、部屋に満ちていく。
『お腹すいちゃった。』
結は鍋を覗き込む。
「もう出来た。」
律は、結の皿に少しだけ多めに盛る。
自分の皿は、あとでいい。
律は皿を持ってテーブルへ向かう。
結はその後ろをついてくる。
椅子を引く音。
皿が置かれる音。
『いただきます。』
結は迷いなく一口目を口に運ぶ。
『……おいしい。』
律は、水の入ったコップに指先を触れる。
まだ、飲まない。
律は、カレーを口に運ぶ。
少しだけ、間を置いてから。
次に、水を飲んだ。
グラスを置く音が、小さく響く。
そのとき。
テーブルの上で、短く震える音。
結のスマートフォン。
結は一瞬だけ視線を落とす。
指が、止まる。
ほんの、二秒。
それから、画面を伏せた。
『……なんでもない。』
笑う。
いつもと同じ顔で。
律は、何も聞かない。
ただ、静かに思う。
——時間は、まだある。
部屋には、カレーの匂いだけが残っている。