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(……でも……)
けれど、まさか兄が原因だなんて考えたくない羽衣子は唇を噛み小さく首を振る。
「……いえ、特には……何も……」
視線を逸らしたままの返答に昴は何かを感じ取ったようだったが、それ以上は踏み込まず、
「……そうですか」
穏やかに頷き声のトーンを少しだけ落とす。
「ただ……その男性が吾妻先生だけでなく、希海のことも知っている可能性はあります。そう考えると……私としても他人事とは思えません…………ですから、出来る限り力にならせてください」
「……」
そして、そんな心強い言葉を掛けられた羽衣子の胸の奥には、じんわりと温かいものが広がっていた。
「ひとまず――、一人になるのは不安でしょうから暫くの間、仕事終わりは乙哉に家まで送らせます」
「え……っ!? そ、そんな……そこまでしていただくわけには……」
慌てて断ろうとする羽衣子に昴は微かに眉を寄せた。
「いいえ。何かあってからでは遅い」
口調は少し強いものの押し切る言い方では無く、ただ純粋な心配からの言葉だと分かるからこそ、羽衣子はそれ以上言い返せなくなる。
その様子に気づいた昴はすぐに表情を和らげた。
「……すみません、強く言ってしまって……ですが、心配なんです」
「心配……?」
「吾妻先生には日頃から希海のことでお世話になっていますし、そんな先生が危険な目に遭うかもしれないという状況を知って見て見ぬふりは出来ないですよ」
「…………」
それが保育士として当然の言葉だと分かっていても、羽衣子の胸はどくんと大きく鳴った。
「……ありがとうございます。本音を言うと……一人になるのは少し怖いと思っていたので……助かります」
鼓動を押し隠すように言葉を紡ぐと、昴は柔らかく頷いた。
「お任せください」
話がひと段落した、その時だった。
「せんせー!」
元気な声とともに寝室からリビングへ希海が飛び出してくると、そのまま勢いよく羽衣子に抱きついた。
「わっ……どうしたの?」
「おとくんとあそぶのあきた!」
無邪気な一言に羽衣子は思わずくすりと笑う。
「じゃあ、今度は先生と一緒に遊ぼうか」
「うん!」
それから暫くは穏やかな時間が流れ、やがて遊び疲れた希海は目をこすりながらふらふらと羽衣子にもたれかかった。
「……ねむい……」
その様子に昴は小さく苦笑する。
「そろそろ限界のようですね」
そう言ってそっと抱き上げると乙哉へ視線を向けた。
「乙哉、このまま希海を寝かせてくれ。俺は吾妻先生を送ってくる」
「了解しました~」
慣れた様子で希海を受け取った乙哉は寝室へと向かう。
その背中を見送った後、昴は羽衣子へと向き直った。
「では、送ります」
「……ありがとうございます」
羽衣子の中の不安が消えたわけではないし、帰れば一人になるという怖さは残っている。
けれど、昴が力になってくれるという事実が、その重さを軽くしていた。
羽衣子は小さく息を整えると昴と共にマンションを後にした。
羽衣子の自宅アパートへ向かう中、昴はハンドルに手を添えたまま、ちらりと彼女へ視線を向ける。
「……先程の話ですが……最近、本当に何も変わったことはありませんでしたか?」
責めるでも探るでもない、あくまで優しく確かめるような問いかけで再度質問を投げ掛ける昴。
「……」
羽衣子は一瞬言葉を失うけれど、昴になら話してもいいように感じたのか、ゆっくりと口を開いた。
「……実は……一つだけ……つい先日、音信不通だった兄から……手紙が来たんです」
その瞬間、昴の指先が僅かにハンドルの上で止まる。
「……お兄さんから」
「はい……それで……明日、兄が私に会いに来ることになっているんです……」
言いながら羽衣子はどこか不安げに視線を落とした。
久しぶりの再会のはずなのに何とも言えない胸の奥に残る引っ掛かりを上手く言葉に出来ないまま、ただ事実だけを並べていく。
兄との経緯を聞いた昴はすぐに何かを言うことはなかった。
ただ、静かに頷きながらその話を受け止める。
「……そうですか」
そして短い相槌の後、穏やかな声で続けた。
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「長い間音信不通だったお兄さんと連絡が取れて……本当に良かったですね」
「……はい」
昴はそれ以上踏み込まず、ただ前を見据えながら車を走らせる。
けれど内心では怪しんでいた。
ずっと音沙汰の無かった兄からの突然の連絡と、怪しい男が現れたこと。
偶然にしては出来すぎている気がすると。
(……考え過ぎ……か)
職業柄、真っ先に相手を警戒してしまう昴は考え過ぎかと思うも、そう結論づけるにはどうにも違和感が拭えなかった。
やがて車は羽衣子の住むアパートの前に到着する。
「着きました」
「……ありがとうございます」
シートベルトを外しながら羽衣子は少しだけ表情を緩めた。
コメント
1件
お疲れ様ー! 今回もめっちゃ引き込まれたわ。昴くんの心配りと毅然とした態度、羽衣子先生の昴くんへの気持ちの揺れ、めっちゃ伝わってきた。 でも何より気になるのは兄の存在と怪しい影…偶然とは思えないタイミングだよね。 次回も待ってる🔥