テラーノベル
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「それで――、その魔法はテオがやったのか?」
少しだけ怒りを含んだ瞳で、ルイスはテオを見た。
だが、テオは動じることもなく何も答えない。
「お父様、テオではありません。全てをお話しいたします。……ですが、それは誰にも聞かれたくないのです」
元の姿に戻ったリーゼロッテは、チラッと庭を見渡した。ルイスがここに居るならば、必ず近くに従者が待機している筈だ。
辺境伯邸の使用人達を信頼はしてはいるが、個々のプライベートな事情は知らないし、どこでどう犯人と繋がっているかは分からない。
ルイスは、リーゼロッテの真剣な表情を見て頷いた。
執務室へ移動するとルイスは人払いをして、音遮断の結界を張る。
「これからお話しする事が――私の全てです」
そう前もって言うと、リーゼロッテは木から落ちて目が覚めた所から、今日までに起きた事を話し出す。
ルイスは信じられないとばかりに、胡乱げな表情でリーゼロッテの話を聞いていたが――。
徐々に、それが本当の事だと思わずにはいられなくなる。
齢9歳の子供がする話の内容ではなかった。
リリーとしての立ち振る舞いは大人の女性らしく、侍女としても完璧だった。だからこそ、ルイスはリリーに惹かれた。
そもそも、ブランディーヌを巻き込んだとしても、離宮にまで入り込むなど、普通の大人ですら不可能の所業なのだ。
ルイスが、今まで感じていた違和感……点と点が繋がって行く。フェンリルを従魔にできたことも納得できた。
そして、リーゼロッテの話が終わり、背負っている事の重さに、ルイスは言葉が出なかった。
「これが、私の嘘偽りの無い全てです。私は、この世界に転生する前の記憶と、リーゼロッテとして15歳まで生きた記憶が残っています。ですが、なぜまた子供に戻ってしまったのか、私には解りません」
「……どうして、最初から言わなかったのかい?」
「たかが8歳の子供が、この話をした所で……お父様は信じてくれましたか?」
「……確かに。今だから信じられる、か」
「さて、ルイスよ。我が主人は全てを話した。次は、我々の番ではないか?」
リーゼロッテを見つめていたルイスに向かって、テオが言う。
「そうだな……リーゼロッテは知るべきかもしれない」
立ち上がったルイスは、沢山の本が並んだ棚の中から、古めかしい年季の入った手書きの本を取り出す。
リーゼロッテに渡すと、読むように言った。
――それは、先代の当主が後世の為に書き残した物だった。
◆◆◆
昔この地には、ひとりの不思議な少女がいた。
とても強い魔力があり、人間にも魔物にも慕われていた。人々は、彼女を女神と呼び、魔物達は魔王と呼んだ。
ある時、人間の王は権力を使って彼女を娶り、全てを我が物にしようと考えた。それに怒りった魔物達は、人を襲うようになった。
平和な共存を望んでいた彼女は悲しみ、この地に戻ると、魔物が住む地と人々が住む地の間に結界をつくり、其々が相手の地を脅かさないようにした。
そして、彼女の命が終わる時――。
最後の魔力を使い、結界の境界線の真下に、結界を維持するための魔玻璃を残した。
彼女の子孫はこの辺境の地で、唯一魔玻璃に魔力を送り続けられる血族とし、結界を守り続けている。
魔物達もまた、彼女を本能的に慕い続け、魔王の残した魔玻璃を衛っている。彼女の血族以外が魔玻璃に触れないように――。
最悪の事態を招いた王は失脚し、次代の王は女神の血を絶やさないようにと、領地継承に『特記事項』を付与した。
◆◆◆
「これが、代々受け継がなければならない、この辺境の地である領主の役目なのだよ」
「……魔玻璃ってなんですか?」
「魔力で出来た水晶の様なものだ」
(まはり……水晶……それって、光っていたのかしら? 光っていたら、剣に反射するかも)
考え込むリーゼロッテに、今度はテオが話し出す。
「いつの世にも、私利私欲に塗れた者は現れる。
その魔玻璃を聖遺物と考え、持ち去ろうとする者がたまにやって来るのだ。血族以外が、それに触れれば結界に亀裂が生じてしまうのにな。
100年程前の者達は厄介だった。亀裂から守りに出た私を捕らえることが出来たのだからな。勿論、当主によって亀裂は塞がれ、奴等の残党は捕まったが。
国は残った私を処分しようとしたが、そんな力がある人間など存在しなかった。当時の当主は、人間のせいで申し訳ないと言っていたが……私は人間を襲った為、そのままあの地下牢に入れられたのだ。亀裂も塞がり、どうする事も出来なかったのだろう。
そして、100年経った今。リーゼロッテが現れたのだ。その女神と同じ力を持ってな」
(そうだったのね……)
リーゼロッテが願ったことを叶えてくれたのは、御先祖である彼女だったのだと確信する。
ルイスの話では、父リカードと母エディットは、その聖遺物を手に入れようとやって来た人間のせいで、亀裂から出た魔物にやられたのだと。
母は人質にされたフランツを守る為に盾となり、父は戦いながら結界修復に魔力を使い切ってしまったそうだ。
幼いフランツには、その記憶が残っていない。ある意味、それは良かったとリーゼロッテは思う。
そして、気がついた。
(聖遺物……。私は誰かを連れて、そこへ行ったのかもしれない。そして、魔物に襲われた?)
あの頃の自分だったら、やりかねないと思った。
浅はかな自分の行動のせいで、結界に亀裂を生じさせ、ルイスやフランツを巻き添えにしたのかもしれない。
(その部分の記憶だけぽっかり抜けているのは、潜在的に思い出したくないから? もし、そうだとしたら……)
胸の奥が鈍く痛む。
これは、女神様がくれた新たな命とチャンスかもしれない。2度目の人生は――絶対に、1周目と同じ過ちは犯さないとリーゼロッテは心に誓った。
(つまり、これから先……。私に接触し、利用しようとしてくる人間が――黒幕だ!)
緊張からか身体中に入っていた力を抜くため、大きく息を吐き、テオとルイスに向かって言った。
「私が、全てを守ってみせます!」
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