テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
――それは、突然の訃報だった。
いつもの近衛騎士団の訓練場に、緊急の連絡があった。辺境伯である兄と、義姉が亡くなったと――。
聞かされた内容に、ルイスは頭の中が真っ白になった。
だが、ショックを受けている暇はない。
先ず、国王陛下との謁見を取りつけ、直ぐに領地へと向かわなければならなかった。
エアハルト辺境伯領は、この国にとって最も優先すべき重要な土地なのだ。だからこそ、ルイスは傍系であるにも関わらず、実弟として育てられた。
宮廷で手続きを済ませ、兎にも角にも急いで馬を走らせた。
◇◇◇◇◇
心配した結界は、完全修復されていたが――。
(なんてことだ……)
兄達の元へ着くと、それは酷い有様だった。
魔力不足で結界が弱まると、周囲の森に住む魔物達が活発になり、辺境伯領に入って来てしまう。通常なら、辺境伯領の騎士団で対処しきれる程度だが――。
万が一、魔玻璃によって保たれていた結界に亀裂が生じると、かなりの高位魔獣が結界の向こう側から出てきてしまう。
まさかの後者だった。
魔玻璃のある洞窟の中には、兄リカードが倒した侵入者と、馬鹿でかい魔獣の死骸が転がっていた。
(くそっ! 兄上は、魔玻璃の修復で全ての魔力を……)
兄と共に戦った側近は何とか一命を取り留め、後日状況を聞くことが出来たが――。
ルイスは領地と爵位継承、その他恐ろしい程の執務量で、身内を亡くした悲しみに浸ることも、睡眠さえもろくに取れなかった。
そして、漸くひと段落ついた頃――。
兄夫婦の忘形見である、姪と甥の将来を考え、自分の養子にすると決めた。
甥のフランツは、まだ小さく人懐っこくて直ぐに慣れてくれたが。姪のリーゼロッテは――1年経っても全くの平行線。
(完全な反抗期か……。参った)
挙げ句の果ては、泣きながら啖呵を切って、邸宅を飛び出す始末。
(泣きたいのは、こっちだ)
心配し、使用人と一緒に探していた矢先、フランツを連れて帰ってきた。
リーゼロッテは今までと打って変わり、驚くほど素直に謝罪すると――ルイスを「お父様」と呼んだのだ。
正直、ルイス自身の心が限界に来ていたのかもしれない。
リーゼロッテの言葉で、堰を切ったように涙が流れ出していた。
◇◇◇◇◇
本物の親子になれたと思っていた――そんな矢先。
フェンリルがいる地下牢に異変があり、慌てて駆けつけると……リーゼロッテが、銀髪の美しい青年になったフェンリルと、従魔契約を結んでいた。
どう考えてもあり得ない事態だが、フェンリルはリーゼロッテが気に入っている様子だった。
契約は確かに本物で、フェンリルはリーゼロッテを守ると誓ったので、認める他なかった。リーゼロッテに対する馴々しさは、少し引っかかったが――。
フェンリルのテオが居る生活に慣れた頃。
リーゼロッテとテオが森で取ってきた花は、最高級の回復薬が作れる素材だった。
その回復薬の件を宮廷に報告すると、国王陛下からの呼び出しがあった。
本来、この時期に当主が王都へ赴くのは厳しいのだが。テオの存在により、魔物がおとなしくなっていたおかげで可能になった。
ただ、何故かリーゼロッテとテオまで一緒に行くことになってしまったのだが。
◇◇◇◇◇
国王陛下との謁見と、高濃度の最高級回復薬の献上を済ませると、ルイスはもうひとりの重要人物に会いに向かった。
以前、近衛として護衛についていた聖女アニエスの元へ。
王族と教会によって、国を守る聖女として連れて来られた少女は、大きな力は持っていなかった。
辺境伯となった今、国の結界についての真実は全て理解している。そのせいで、余計に平民の聖女に対する扱いが心配になってしまったのだ。
久しぶりに会ったアニエスは、相変わらず元気そうでルイスはホッとした。
しかも、優秀で頼りになる侍女も出来きたと言う。
だが、紹介された侍女の顔を見た瞬間――ルイスは心臓が鷲掴みにされたように苦しくなった。
ルイスの初恋で、ずっと片想いだった相手。もう遠くから見ることさえ叶わない、義姉にそっくりな女性が立っていたのだ。
その侍女は、リリーといった。
初めは義姉に似ているリリーを、つい目で追ってしまったのだが――。立ち振る舞いも完璧で、何よりもアニエスを本当に大切にしているのが、傍目からでも分かった。
日に日にルイスは、彼女自身に惹かれていったのだ。
少しでも長く、一緒の時間を過ごしたかったが……あっという間に、領地へ戻る日になってしまった。
意を決して、正式な付き合いを願い出るつもりで、離宮へと向かったが――リリーは居なくなっていた。
(嘘だと言ってくれ……)
目を真っ赤にしたアニエスの顔が、それが嘘ではないと物語っている。リリーからのプレゼントなのだろう薔薇の飾りを、大事そうに抱えていた。
ショックを隠しきれぬまま、リーゼロッテを迎えに行き、約束していた誕生日のプレゼントを買いに向かった。リリーに指輪を渡したくて、一度下見に来た店へ。
リーゼロッテは喜んでくれ、リリーの瞳の色と同じ魔石が埋め込まれた髪飾りを選んだ。
よく見れば、リーゼロッテの瞳も同じ色だった。
帰りの馬車の中、リーゼロッテは相当疲れていたのか、すぐにスヤスヤと眠ってしまった。
(あんなに反抗的だった時期が、まるで嘘のようだな)
無邪気な寝顔で、モゴモゴと何かを言っているのが聞こえて来て、思わず笑ってしまう。
(寝言を言っているのか……)
何を言っているのかと耳を澄ませて聞いてみた。
「……アニエスさま……それはまだ……ですよ」
自分の耳を疑ったが――確かにはっきりと、リーゼロッテは聖女アニエスの名前を呼んでいた。
(どういうことだ?)
訳がわからなかった。
真相を確かめたくて、その日からリーゼロッテを観察することにした。