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兎束作哉
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#乙女ゲーム
結愛
40
放課後の廊下は、部活動へ向かう生徒たちの声で賑わっていた。
窓から差し込む夕陽が、長い影を床に伸ばしている。
そこへ、前からゆっくり人影が近づいてくる。
私はその姿に、思わず息を呑んだ。
ローズレッドの髪の持ち主、千早絢だ。
前髪を揃えた姫カットが品の良さを際立たせている。
吸い込まれそうなキャットアイが、こちらを見つけて少し細められた。
誰もが認める美貌に思わず唸る。
(いや、本当にこのビジュアルを作った自分を褒めたい……。でも、実際目の前にすると、そんな自画自賛忘れるくらい綺麗だもんね……。)
現実で見る推しの破壊力に、思わずため息が出る。
そんなことを考えていると、ふと昨日寝る前に見つけた記事を思い出した。
駅前にできた雑貨屋さんと、期間限定のスイーツショップ。
可愛い小物や美味しいお菓子の写真が、いっぱい載っていた。
(この姿で、一人で可愛い雑貨屋に入る勇気はなかったけど……絢なら絶対似合うし、一緒なら自然だよね!?)
絢には、アンティークやお茶菓子が好きっていう設定もあった。
(私も嬉しいし、絢もきっと喜ぶ……。一石二鳥じゃん!!)
私は自分の欲望に、都合が良い理屈を並べ立てた。
オタクの妄想が急速に広がる。
(推しと可愛いお店巡りなんて、想像しただけで幸せすぎるっ!!)
自分が超エリート男子高校生だということをすっかり忘れて、女子会テンションが一気に蘇った。
気づけば、私は人混みを縫って絢の方へ駆け出していた。
「絢!」
「……玲?」
目の前で絢が、おっとりと微笑む。
「どうかしましたか?」
柔らかな声に優しい笑み。
お姫様のような穏やかな佇まいが、私の中の限界オタクを完全に目覚めさせた。
「ねぇ、ちょっといい?」
「はい?」
「すごく可愛い雑貨屋と、お菓子が美味しいお店を見つけたんだ! 一緒に行こう?」
そして、満面の笑みで――
「デートしよう!」
「…………え?」
ぱちり、と絢の目が見開かれる。
周囲の空気が止まった。
「えっ?」
「今、会長……千早先輩にデートって言った……?」
ざわめく生徒たち。
そこでようやく、私は自分が何を言ったのか理解した。
(しまったぁーー!!)
如月玲の顔面、声、そして至近距離で『デートしよう!』
……破壊力が高すぎた。
恐る恐る絢を見る。
いつものおっとりした笑みは、綺麗に消えていた。
「……玲。」
「は、はい!」
絢は小さく息を吐く。
そのキャットアイが、ゆっくりと細められた。
「あなた、本当に……」
一歩。
「自分がどんな顔で、そんなことを言っているのか分かってるんですか?」
一歩。
静かな足音。なのに、なぜか逃げられない。
「え、えっと……」
「いいですよ?」
「え?」
「デートしても。」
ふわりと微笑む。
けれど、いつもと雰囲気が違う。
「可愛い雑貨も、お菓子も。あなたと一緒なら楽しそうですし。」
「やった!」
思わず声を上げかけた、その時だった。
「……でも。」
「ひゃっ。」
白く細い指先が、ネクタイに触れる。
距離が近い――
「僕を誘ったんですから――」
耳元で囁くような、おっとりした声。
「途中で恥ずかしくなっても、逃げたら許しませんからね?」
絢が笑う。けれど、その笑顔はいつものお姫様のものではなかった。
余裕があって、少し意地悪で――
そしてなにより、格好いい――。
(ひぇぇぇぇ!?)
どくん、と心臓が跳ねた。
完璧なお姫様だと思っていた推しは――
どうやら、王子様の顔も持っていたらしい。
「ふふっ。今さら『やっぱりなし』なんて言いませんよね?」
「い、言わない!」
「よかった。」
絢はまた、いつもの柔らかな笑みに戻る。
「楽しみにしていますね、玲。」
(……今の絢、めちゃくちゃ格好よくなかった?)
胸がどきどきする。
怖くはない。
むしろ――
(ま、まぁ、結果オーライだよね……? 絢と可愛いお店巡りなんて……実質ご褒美だし!?)
胸の鼓動を誤魔化すように、私は普通を装ってまた廊下を歩き出した。
その後――
誰もいない廊下で、絢はそっと壁にもたれかかった。
「……はぁ。」
赤くなった耳を指先で押さえる。
胸の鼓動が、まだ少し速い。
「あんな顔で『デートしよう』なんて……本当に、ずるい人ですね。」
小さく息を吐く。
そして、ふっと笑った。
夕焼け色に染まる窓ガラスに、自分の顔が映る。
少しだけ嬉しそうに緩んだ口元。
赤く染まった耳。
それを誤魔化すように、絢は小さく呟いた。
「……逃がしませんから。」
こうしてまた一つ。
限界オタク生徒会長の何気ない一言によって――
攻略対象たちの物語は、静かに本来のシナリオから逸れ始めていった。
コメント
1件
あー、もうめちゃくちゃ良かったです…!「デートしよう」の破壊力、如月玲くん本人が一番理解してなくて笑った。あの場面で女子会ノリ全開になる主人公、最高に愛おしい。でもそれ以上に、絢さんの“王子様モード”が格好良すぎて痺れました。「逃がしませんからね」ってあの声で囁かれたらそりゃ心臓も跳ねるわ…。二人の温度差みたいなものが絶妙で、次が待ち遠しいです!