第20話
文化祭当日。
校舎全体が華やかな音と色に包まれていた。
「看板よし、テーブルクロスよし、テンションよし!」
(……今日こそ、“黒瀬、私を見直したな”って言わせてやる!)
クラスの出し物はカフェ。
夏江はホール担当、黒瀬は厨房担当。
朝から教室の中はドタバタだ。
「水原、それ、もうちょい右。」
「このへん?」
「もう少し。……いや、そこだ。」
距離、近い。
(ちょ、ちょっと!声低い!近い!集中できない!!)
すると……。
「黒瀬く〜ん!」
明るい声とともに現れたのは、天野彩花。
清楚系の笑顔。制服の袖を軽くまくって、ポスターを抱えていた。
「さっきはありがと!ポスター、貼るの助かった!」
「別に。ついでだ。」
「そういうとこ、優しいんだよね〜黒瀬くんって。」
夏江の眉がピクリと動く。
「水原ちゃんも頑張ってね!」
「う、うん……。」
「黒瀬くんって、前にライブスタッフのバイト手伝ってくれたことがあってね。それ以来、ちょっと気になるっていうか。」
(は……?今、本人の前で言った?)
「その時ね、照明落ちかけた時に助けてくれたの。手、引かれて……めっちゃドキッとしたんだぁ。」
「天野。」
「ん?」
「そういう話、人前でするな。」
「え、照れてる〜?」
「……してねぇ。」
(絶対照れてるじゃん……!)
(ていうか、なんなのよあの子!いちいち距離近い!!)
夏江は無言で作業を続ける。
だけど、手元のナプキンを何度もたたみ直してしまう。
「なぁ、水原。」
「な、なに。」
「さっきのやつ、ちゃんと持て。」
「へ?これ?大丈夫——」
ひょい、と黒瀬が彼女の手から紙袋を取る。
「無理すんな。中、思ったより重い。」
「そ、そんなことないし!持てるし!」
「……顔、赤いけど?」
「日焼けっ!」
「この時期にか?」
「うるさいっ!!」
黒瀬は小さく笑った。
「……まぁ、無理すんなよ。」
(ほんと、そういうのズルいんだから……!)
後ろで天野が、ほんの一瞬、視線を落とした。
その笑顔の奥に、静かな棘が光る。
(……やっぱり、好きなんだ、私。)
(けど、この距離じゃ、届かない。)
文化祭のざわめきの中で、
三人の想いは、少しずつ、すれ違い始めていた。
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