21話
夜。
住宅街の道に、街灯の明かりがぽつぽつと続いていた。
「……まさか水原が、夜に呼び出すとはな。」
黒瀬はポケットに手を突っ込みながら歩いていた。
「ち、違うし! 呼び出したとかじゃなくて! たまたま、コンビニ行くのに……その……。」
「“その”?」
「一緒に行くって、言ってくれたのはそっちでしょっ!」
「言ってねぇ。勝手に隣歩いてきただけだろ。」
「うるさい!」
(……なんでこいつって、いちいちムカつく言い方しかしないんだろ!)
秋の風が少し冷たくて、夏江は袖をぎゅっと握る。
すると黒瀬がちらっと見て、
「寒いなら帰れよ。」
「……大丈夫だもん。」
「ならいいけど。」
(“ならいいけど”ってなにその言い方!!)
歩道橋の上で立ち止まると、夜景が一望できた。
テスト前夜なのに、街は意外と賑やかだ。
夏江は、ぼんやりと夜風に髪を揺らしながら言った。
「なんかさ、焦るよね。
明日で決まるじゃん、順位とか。」
「焦ってるのか?」
「……まぁ、ちょっと。」
黒瀬はポケットから手を出して、柵に寄りかかる。
「別にいいんじゃねぇの。焦るくらい、真面目にやってんなら。」
「え?」
「お前、前まで“勉強とかダルい”って言ってたろ。 でも最近、誰よりやってんじゃん。」
「……見てたの?」
「見えたから言ってんだろ。」
「なっ、なにそれ。キモっ!」
「素直に喜べよ。」
「む、無理!!」
(やば……嬉しいとか思っちゃったのがもっと無理!!)
沈黙。
少しだけ、風の音だけが流れる。
夏江は、黒瀬の横顔を見た。
街灯の光で、少し柔らかく見える。
「……ねぇ。」
「ん。」
「私、次のテストで黒瀬より上取るから。」
「へぇ。」
「“へぇ”じゃないっ!」
「……じゃ、手加減しねぇけど。」
「望むところ!」
ふたりは同時に笑った。
どちらからともなく。
その笑い声が、静かな夜に溶けていった。
(なんか、胸の奥がちょっとだけ温かい。)
(……この時間、終わらなければいいのに。)
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