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咄嗟に飛び出そうになって、それはさすがに悪手だと踏み留まる。辺り一面にはヒーロー組織の備品──おそらく適合者の見つかっていないデバイス類か、もしくは武器なんだろうか。ナイフや銃、手榴弾のようなものまであちこちに散らばっている。
それらを避けつつ近くの茂みへと隠れ、足音を立てないように距離を縮めていく。焦げ臭い硝煙の隙間を縫うようにして覗いてみれば、彼は僕と同じように夏用の制服姿で、黒いアタッシュケースのようなものを両手で持っていた。その横顔は見たことがないほど険しく、おそらく暑さのせいだけじゃない汗を浮かべている。
──何してるんだ、星導くん。
僕が声をかけようかと迷っているうちに、星導くんは苛立った様子で口を開いた。
「……──なんで分かってくんないの。一緒に逃げようって言ってんじゃん。俺はまだ適合デバイスとか見つかってないけど……『これ』があるなら訳ないんでしょ」
「……そういうことじゃねえよ」
同じく苛立ちを隠しきれていない低い声に、僕はますます目を凝らす。煙の薄くなっているところから見えたのはいつものブルーベリー色ではなく、灰が積もった空みたいに淡くくすんだ青だった。
ぬるい突風が吹いて波打つように揺れた金刺繍で、ようやく彼が何か薄いヴェールのようなものを被っていることに気がついた。煙が風に流されるうちにその全貌が明らかになっていき、後ろから見ただけでも分かる上等な羽織り物に本格的な和装、頭には鋭利な角まで生えている。
この人は本当に、僕の知っている『彼』と同一人物なんだろうか。
戸惑う僕に気付かないまま、2人の口論は続く。
「おかしいじゃん、だって! ヒーローだとか言って持て囃しておきながら、使い捨ての駒みたいな扱いしてさぁ! ……そんなの、黙って受け入れられるかよ」
「違う。俺らしかできないんだよ、『ヒーロー』は。他の誰かじゃ代わりにならない。そうやって組織に──デバイスに選ばれちまったんだから、受け入れるしかないだろ」
「ッ……お前、そんなこと言う奴じゃなかったじゃん。どうしたんだよ、ぴょん」
そう呼ばれた彼はぴくりと肩を震わせて、煩わしそうに目隠しを外す。同時に巻き上がった灰混じりの風がヴェールをふわりと脱がせていった。
ロウくんはやれやれと溜め息を吐き、駄々を捏ねる子供をあやすみたいに言い含める。
「……あのな、俺やお前がこうして無事に暮らせてるのだって元を辿れば組織のおかげなんだから、今度はそれに報いる番だろ。いい加減諦めろって」
「絶ッ対に嫌だね。……てか、本当に何? なんでそんな組織をありがたがってんの? あんなポッと出の怪しいやつらをそこまで信用する意味が分かんないんだけど」
「そ、れは……」
そこで初めてロウくんは言葉を詰まらせた。癖のない髪から覗く複雑な色の瞳が、一瞬だけ躊躇いがちに揺れる。
正直、これに関しては星導くんと同意見だ。一応適性検査は受けた身だし、ヒーロー組織のやっていること、やろうとしていることのグレーさは僕も理解しているつもりだ。彼だって夏休み前に姿を消した1人のはずなのに、どうしてロウくんはそうまでして組織を庇うのだろう?
あの日最後に見たロウくんと星導くん、2人の姿を頭の中で重ねてみる。ロウくんが『最近様子がおかしい』『別人みたいに見える』と評した星導くんはいつもと何も変わらないけれど、当のロウくんは面影だけを残して僕の知っている彼とは似ても似つかない容姿をしているように見えた。
「……また、俺には何も教えてくれないんだ。そうやってリトもぴょんも、みんな俺に何にも言わないまんまいなくなってくんだ……!」
「落ち着けって、……──それに、変わったのは俺だけじゃないだろ」
ロウくんは真っ直ぐに星導くんを見据えながら、凛として言い放つ。僕がその真意を悟る前に、星導くんは苦々しげに後頭部の髪を掻き乱した。
「っ、またその話……何度も言ってんじゃん、俺はただの人間だって。適性は見つかったけどどのデバイスにも当てはまんなくて──だからずっと、意味分かんない訓練ばっか受けさせられてるって! みんながいっつも怪我だらけで帰ってくるのに俺だけぬくぬく稽古してんの、もう嫌なんだよ……っ」
「だから、──『いる』んだろ。お前の中にはもう、とっくに」
「……は?」
ロウくんの言葉に、星導くんは動きをぴたりと止める。2人の間を裂くように冷たい風が通り抜け、気がつけばあれほど眩しかった晴天は今や分厚い雲に覆われ始めていた。
「……なに、言って……」
「お前も自覚くらいしてるだろ。それとも気付かないふりでもしてんのか? お前の中にはもうとっくに適合……いや、『融合』しきったやつがいるだろうが」
「──わ、分かんないよ、俺……ぴょんの言ってること、全然分かんない……っ!」
星導くんは髪を振り乱して両耳を覆い、拘束を解かれたアタッシュケースがガタンと道に放り出される。取り乱す星導くんとは反対に、ロウくんは至って冷静にただ淡々と追い詰めていく。
もはや辺りの空気は一変し、草木は身を寄せ合うようにざわめいて、遠くの空ではあの忌々しい雷鳴が轟いていた。
──ああ、あの時と同じだ。
僕はもうその場から逃げ出したくてたまらなかった。けれど今逃げてしまえば、それこそあの時と同じ道を辿ることになる。また僕は、友達をひとりぼっちにしてしまう。
にわかに陰り始めた空に返す踵を縫い付けられて、僕は静かに姿勢を正した。
「いいや、お前はもう分かってる。理解してる。……お前が望んだんだろ、その『全て』を理解することを」
「っちが、俺は……! ────知りたかっただけなの! ぴょんが俺に隠してることも、敵の目的も、ヒーロー組織から逃げ出す方法も──リトが夢を諦めないで済む方法も! 俺は、……ッ俺も、みんなの助けになりたかっただけなんだよ……!!」
星導くんが叫ぶのに呼応するように、アタッシュケースがガタガタと音を立てる。それはどうやら危険な代物らしく、ロウくんは腰の刀に手をかけた。
聞いてたんだ、星導くんも。あの日あの教室で、リトくんが僕に語ってくれた夢の話を。
だから彼はそれを食い止めるべく、何か──良からぬ方向に向かってしまったのだろう。行き着く先はきっと、アタッシュケースの中の何者かが教えてくれる。
ロウくんはそれを沈痛な面持ちで聞き届けると、刀の柄を握る手に力を込めた。
今にも泣きそうな星導くんの目を真っ直ぐ見つめ、貴く吠える。
「……だったら、受け入れるしかないんだよ。とっとと目を醒ませ──星導『ショウ』!!」
星導くんの瞳に、あの日屋上で見た時と同じフレアがかかる。
「……────あ、」
ぱきん、と薄氷を踏むような音とともに、星導くんの右眼が崩れ落ちた。
それとほぼ同時にアタッシュケースの鍵がひとりでに開き、中から何か白くて丸いものが飛び出す。クラゲのようにもクリオネのようにも見えるそれは星導くんの周りを揺蕩うように飛び回ると、四つ葉の形にくり抜かれた箇所をぐにゃりと細めた。
僕はそれを見て、『笑った』のだと思った。
「い゛ッ……痛っ、たい……ッ! 嫌だ、出てくるな……っ! ──助けてよ、ぴょん……!」
「…………ッ、」
────ずるり。
頭を掻きむしって苦しむ星導くんの白い髪の下から、毒々しい色と粘液を纏った蛸足が出てくる。
人の脚ほどもあろうかという大きさのそれはまるで早送りの映像のように次から次へと生えてきて、その度に星導くんは激痛に悶えているようだった。
ああ、どうしよう。どうしよう。
今すぐにでも助けに行きたいけれど、きっと僕が今飛び出して行ったところで何の力にもなれないんだろう。そもそも星導くんとロウくんどちらに付けば良いのかも分からない。どちらの言っていることも分かるし、どちらの言っていることも理解できない。この場で一番の部外者は、僕だ。
僕はまた、何もできないのか。
ジジ、と聞き覚えのあるノイズが聞こえ、はっと現実に引き戻される。その音のする方へ視線を向けると、ロウくんが胸元の小型通信機に話しかけているところだった。
「──これで、良いんだよな。これでこいつを機関に連れ戻せば、また──……」
言葉を言い終わらないうちに、ロウくんはさっと顔色を変える。ロウくんは通信機へ手を翳し──おそらく通信を切って、また警戒体勢に戻った。
気がつけば遠くから聞こえていたサイレンはすぐ近くまで迫ってきており、目の前で大破しているそれとよく似たキャラバン複数台がこちらに向かってきている。
キャラバンは星導くんとロウくんを取り囲むように停まると、ブザーにも似た電子音を合図にして真っ黒な重装備に身を包んだ人達がぞろぞろと湧いて出てきた。おそらくあの日通信相手が言っていた『特殊部隊』とは彼らのことなのだろう。
『特殊部隊』らしき人達が何やら物騒な武器類を持っているのに気付き、僕は咄嗟に身を屈めてやり過ごす。映画やニュースで見る警察の特殊部隊ともまた違った、ゴテゴテの長い銃に凶悪な形状の刃物、前線の人達はバリアみたいなものまで装備している。なんだその近未来の武器。ズルいだろ。
ぽつんと1人部隊の後列へと佇む白衣の人物を見つけ、ロウくんは声を荒げた。
「……おい、ドクター! 話が違うだろ……! こいつを無力化して連れ戻せば、強行手段には出ないって──」
「聞きなさい、ロウ。状況が変わりました。彼は想定よりも遥かに不安定で、危険な状態です。貴方では手加減ができないでしょう」
「そんな……俺だって加減くらいできる! もうあの時の俺じゃないんだ。お前達に拾われてからずっと、人間相手に訓練してきただろうが!!」
「それは我々が偶然、貴方達『白狼』の扱いに長けていたからに過ぎません。……彼は今、人間とそうでないものの狭間にいます。ロウ、貴方は未だ『白狼』の本能を御しきれていないでしょう。もしも万が一、その手で殺めてしまったらどうするつもりですか」
「ッ、馬鹿にするなよ……! 俺だって、妖と友達の区別くらいつく!!」
「──その可能性は、低いでしょうね」
ロウくんの必死の訴えをにべもなくあしらい、白衣の人は部隊に指示を出す。部隊は各々持っている武器を構え、その全ての矛先を未だ頭痛に苛まれている星導くんへと向けた。
「ッ、ドクター!!」
「──対象無力化のため、威嚇射撃を開始します、カウントダウン──……」
安全装置を外す無機質な音が一斉に響く。
「────ロウくんッ!!」
「一徹……!?」
とうとうじっとしていられなくなった僕は、足元に転がってきていた手榴弾のような何かをロウくんの方へ向かって投げた。突然現れた僕に驚いた様子のロウくんは、すぐさま状況を理解して難なくそれを受け取ると、躊躇なく一気にピンを引き抜く。
「──作戦変更。一般市民の姿を発見しました。直ちに救助を──」
それは幸いにも煙玉のようなものだったらしく、辺り一面は白い靄に包まれる。物騒な武器達は一時的に下ろされたのだろう。一寸先も見えない視界に、静かな金属音だけが響いている。
何故か『組織』に精通しているロウくんのことだからきっとこれが何に使う物なのか把握した上での行動だったんだろう。けれど、完全に爆弾だと思っていた僕は咄嗟に動くことができなかった。
「、う、わ……っロウくんどこ……!?」
「喋んな、居場所知らせてどうすんだよ……!」
喋るなと言われたので素直に口元を手で覆うと、その姿勢のまま細い腕に抱えられてしまった。
僕が今やるべきことはやったはずだ。大人しく抱えられながら揺られていると、隣から低い唸り声が聞こえてくる。良かった。ちゃんと星導くんも連れてきてくれたらしい。
……というかさっき色々と聞いちゃいけないことを聞いちゃった気がするけど、同級生の男2人を抱えて走れるロウくんは一体何者なんだろうか。
§ § §
「──ここまで来れば一旦落ち着けるか。……助かった、巻き込んで悪い」
「いや、僕もやっと役に立てたみたいで嬉しいよ。……ていうか何? あれ。煙玉?」
「さぁ……どうなんだろうな。忍者でも雇うつもりなんじゃね?」
結局僕は小脇に抱えられたまま、外回りから体育館倉庫の裏まで運ばれてきた。ここからなら外の状況も覗きやすいし、いざとなれば校舎内に逃げ込むこともできる。
こういう咄嗟の判断も彼が今まで『ヒーロー組織』で培ってきたものなんだろうか。息を整えるのに必死な僕と違い、ロウくんは星導くんを横たえるように寝かせるとすぐに臨戦体勢に戻った。
……やっぱり生えてるよなぁ、角。ヒーローになるには角が生えてなきゃいけないのかな。
未だに小さく呻き声を上げている星導くんの方を気にしつつ、息を整えがてら話しかけてみることにした。
「……あの、聞いてもいいやつ? その、色々と」
「あぁ……まぁ、今更じゃねぇの。お前だってリトから色々聞いてるだろ」
「はは、それがねぇ、何も聞いてないんだわ」
「……は?」
「聞いてないよ、何にも。ロウくんが結構昔からヒーローやってたっぽいのも、星導くんがちょっと難しい状況らしいのもそうだし……あと、あれだね。ヒーロー組織のヒーローに対する態度がああいう感じってのも、完全に初耳かな。……口硬いね、彼」
「…………」
ロウくんはまさに絶句という感じにしばらく呆然として、何故かばつが悪そうに目を逸らしてしまった。別に気にしなくても良いのに。どうやら僕がリトくんからあまり信用されてないっぽいことなんか。
ロウくんの反応を見る限り、特に箝口令が敷かれているというわけでもないんだろう。そしてリトくんはこの2人の状況を知っていた。知っていた上で、僕には何も教えなかった。
まぁ、彼の秘密主義は今に始まったことじゃないし、別に今更どうということでもないけれど。
それでも、もう少し──せめて、いつ銃口を向けられるか分からない立場にいることくらいは、教えてもらえると思っていた。そんな自分が恥ずかしいくらいだ。
ああ、いや。今はそんなことどうでもいいか。
胸の内に燻るモヤモヤを押し込めて、何もなかったふりをする。僕のこんな悩みなんかきっと、彼のそれに比べたら全然大したことないんだから。
「その、……悪い」
「なんでロウくんが謝るのさ。そっちにも事情があるんだろうし、僕だってここで拗ねるほど子供じゃないよ。……ねぇ、それよりさ、刀見せてよ刀。僕実物見るの初めてなんだよね」
「……はぁ」
ロウくんは渋々といった様子で鞘に納めたままの刀を差し出してくる。「振り回すなよ」と忠告されるけど、どれだけ子供だと思われてるんだ僕は。
「うわ、すっげぇ……! しかも日本刀じゃなくて両方刃になってるやつなんだ……うわ〜……」
「……聞かなくていいのかよ。俺のこと」
「は、──聞いたってどうせ分かんないでしょ、僕」
「…………はぁ」
拗ねてるじゃねぇか。そんな言葉が聞こえてきそうだけど、ここは無視することにした。今はこのクソかっこいい刀の鑑賞に忙しいんだ。
興味深々で刀を眺める僕に、ロウくんはやれやれと言わんばかりにため息を吐いた。
「……リトだって別に、お前をハブにしたかったわけじゃねえよ。あいつは責任を負いすぎるから……お前を危ないことに巻き込みたくなかったんだよ、多分」
「慰めなくっていいよ。……だってそれも、僕のことを『守るべき一般市民』として数えてたってことでしょ? 結局。リトくんにとっての『仲間』ってフォルダに、僕はいられなかったんだよ」
「……──お前、」
ロウくんは何か言いたげな顔で僕を見つめているけど、今はとにかく誰の言葉だって聞きたくなかった。
言いたいことは分かる。リトくんは僕のことを大切に思ってくれていて、だからこそ危険な世界から遠ざけようとした。僕が何も知らずにいられるように、もしくは星導くんとロウくんが『ただの友達』たる僕を失わないように、2人の秘密も隠そうとした。
──でも、その優しさが苦しいんだ。
僕は多少危険でもいいから、きみの隣にいたかった。きみと対等な関係でありたかった。
でもきみは、とっくに覚悟を決めていたんだな。たったひとりで全てを抱え込んで、孤独は『ヒーロー』になる覚悟が。
「……いつかさ、るべくんにもちゃんと話してあげてね。守られてる側すれば結構、寂しいもんだから」
星導くんは蛸足をジタバタ絡めながら、悪夢でも見ている子供みたいにひどく魘されている。その顔は汗と涙でぐちゃぐちゃで、崩れて欠けた右半分からも透明な雫が滴っていた。
僕がそれを拭おうとすると、それより先にロウくんが手を差し伸べた。上等な金刺繍が涙を吸ってキラキラ輝いて、まるで星のかけらみたいだなんて思う。
──ロウくんもきっと、リトくんと同じ立場だから。憶測でしかないけれどロウくんは多分、自らの素質に気付いていない星導くんを組織から守りたかったんだと思う。さっきの態度から見るに組織からヒーローへの扱いはかなり強引で、手荒な手段で覚醒させられる前に自分の手で目醒めさせてあげたかったんだろう。
そして僕と星導くんの違うところは、ヒーローとしての資格──『適性』持ちであるか否か。ヒーローとして覚醒した星導くんはこれからいくらでも『守る側』になるチャンスがあるけれど、僕は違う。
結局仲間外れは僕だけだ。
「──いつか、な。その時はリトのことも説得して一徹も呼んで、全員にちゃんと話す。……それまで、待っててくれるか?」
「うん、もちろん」
それ、部外者の僕がいても良いのかな。なんて泣き言はさすがに言えないけど。
会話が一段落ついたところで、ロウくんは物陰から外の様子を伺いに行くみたいだった。足音を立てずにそっと倉庫の角から頭を覗かせ────、
「──痛゛ッてぇ!」
「えッ何!? どうしたの!??」
ぽこん、と間抜けな音がして、白っぽくて丸っこい何かが転がってくる。
拾い上げてみればそれは先ほど星導くんの覚醒に一役買って出た謎の生き物で、耳のような突起をパタパタ動かして何かを訴えているようだった。さっきはあれだけミステリアスな雰囲気を醸し出してニヤリと笑ったりしていたのに、こうして見ると何だか鈍臭いし愛嬌があるような気がしてくる。
ロウくんは苛立ちを隠そうともせずに刀を構えながら、「どういうつもりだ……?」と脅し始めた。やめてやってくれ、多分こいつはそんなに悪い奴じゃない。
「……どうやら必死の訴えがあるみたいなんだけど」
「んん……? ……なんか焦ってんな。それに……」
白っぽい何かは四つ葉形の口……なのか? をパクパクさせながら、中の球体をある方向へ向けて転がすような動きを繰り返していた。そしてそれは、校舎のある方向を指している。
「……着いてこいって言ってるのか?」
「うわそれ人生で一回は言いたいやつ……いや今はそれどころじゃないか。僕も覗いてみて良い? ありがとう」
「俺まだ何も言ってねえけど」
「静かにしてろよ」と釘を刺されつつ、物陰からそっと顔を出してみる。
異常は、すぐに見つかった。
「────なんだ、あれ」
ロウくんが震える声でそう呟き、どうやら本格的に非常事態らしいことを察する。
2つに分かれた内の片側、西校舎の屋上に、全長5メートルはありそうなほど巨大な謎の物体──いや、生命体が降り立とうとしていた。