ある休日、前半は勉強、後半はシュークリームパーチーという計画を立て302号室に集まった5人各々教科書を読み込んだり問題集とにらめっこしたりと、勉強に集中していた。
そんな中マッシュがランスに教科書のある部分を指さし質問をしている。
「これってなんて読むの?」
指の先には“自戒人 ”の文字。
記憶を手繰り寄せるために軽く顬を抑え瞼を閉じる。
「これは…“イーラ・クロイツ”だな」
「イーラ・クロイツ?」
一度名前が出てしまえば簡単だ。あとはするすると説明が頭の中に流れ込んでくる。
「感情の起伏…怒ったり、悲しんだりすることによって魔力が増える戦闘魔族の事だ。感情が一定のラインを超えると額に十字の痣が現れるらしい。」
現在は存在自体はしているだろうが身を隠しているのか姿が確認されることは少ない。と付け加える。
皆が十字の痣や魔力量など気になることを口々に述べていく中、微かにペンを走らせる音が誰のものかは分からなかった。
皆何を思うのだろう。
別に今食べたいものや気分が知りたい訳では無い。先日のパーチーで話題に挙がった“自戒人”に対して何を思うのか。ということだ。
世間一般では良いイメージは持たれていない。
それはそうだろう。感情が制御出来ずに大量の魔力を使い攻撃を仕掛けてくる魔族など近寄りたくもないと考えるのが自然だろう。
だから近寄らなかった。否、近寄らせなかった。
あえて言葉遣いをキツくした。目つきの悪い一重でつり目気味の三白眼はより一層チンピラのような雰囲気を醸し出した。自分から突っかかっていき喧嘩を売る。そうすれば孤立するなんて簡単だった。はずだった。
絶対に嫌なことを言った。
でも、此奴は、此奴らは気にしなかった。
筋肉とシュークリームのことしか考えていない奴、そんな奴のことが狂気的に大好きな可愛い女の子、いつも振り回されているツッコミ役のツートーンカラー。そして、俺の事が嫌いだと言いながらも離れることはしないシスコン野郎。
此奴らのせいで今までの俺の生き方が曲げられてしまった。
だが、ダチは大事にしないといけない。という教えがあるため冷たく遇う訳にもいかない。
そんな気持ちで始まった関係なのに、今ここで皆と居られるのがとても楽しい。
楽しい時には時間を忘れてしまう。小さな子供がよくやって親に口煩く言われるやつだ。俺の場合忘れてしまうのは時間ではなく“感情の制御”だ。
此奴らが傷つく様なことがあれば周りの奴、最悪は此奴ら諸共焼き尽くしてしまうだろう。それは避けたい。が、
“自戒人”であることなど隠し通せない。感情の制御なんて出来ない。ではどうすればいいのか。そんなこととっくに分かりきっている。
同室の空色を起こさないように部屋の扉を優しく閉じる。
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カーテンの隙間から光が差し込む。
慣れていない目には刺激が強いため逃れるようにして寝返りを打つ。
あれ…?
テーブルに紙が置かれている。それを覗き込むと見慣れた字でこう書かれていた。
『残ってる俺の荷物は捨ててください。』
何故かシュークリームと紅茶が香るその紙にドットが学校を出たことを察するを得ない文字が並んでいた。
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ドット・バレットが行方不明になった。
という噂が流れて早2週間が経った。
俺やマッシュ、フィン、大好きなレモンが連絡をしてもなんの音沙汰も無し。何故か先生達に慌てる様子が無いのが気がかりだが…
「ランスくん、ドットくんさ、最近様子おかしかったよね?」
フィンが目を伏せ苦しそうに問う。
「嗚呼、そうだな」
「いつからだったとか心当たりありませんか?」
レモンに心配されていることを知ったら彼奴は喜ぶのだろう。などと余計な考えが脳裏を巡る中で一つ心当たりがあった。
「“自戒人”の話をしたあたりか…?」
少し前の勉強会でマッシュに説明した時、微かに聞こえたペンの音はドットだったのではないか。
そしてテーブルに置かれた紙からしたあの香りからしてもそういうことだろう。
「なんでいーくらくいつの話で…」
「イーラ・クロイツだ。」
“自戒人”か、感情が一定のラインを超えると額に十字の痣が現れる戦闘魔族。
額…?
彼奴はいつもヘアバンドをしていたな。
急に前髪を出したり…まるで、
額を隠すように。
紅茶やバイオリンが得意なのは感情を落ち着かせるためにということなのか?
もしかしてドットは
“自戒人”なのか?
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幼少期からの見慣れた家で久々に姉と話している。
「大丈夫か?」
てっきり勝手に帰ってきたことに対して咎められるかと思ったが姉からの第一声は心配の言葉だった。
「大丈夫だ、けど…」
虐められたりなどしていない。なんなら優しくしてくれている。勿論怪我などもない。大丈夫なんだ。けれど、心の中で何かが引っかかってる。黒い靄が渦巻いている。
俺が近くにいると皆を傷つけてしまうかもしれない。
そんなことを姉に全て伝えると姉は優しく微笑み
目線を用意されていたクッキーに移しながら
「あんたの友達はあんたが居なくなった方が傷つくんじゃない?」
姉ならこう言ってくれると信じていた。
覚悟を決める。
学校に戻って皆に謝ろう。
「あんた彼女とか出来ないの?」
「あ゛?」
「ははっ、ごめんって」
ったく、この姉は…
――――――――――――――――――――
「ドットくんが“自戒人”…?」
「だからあの時から様子がおかしかったんですね… 」
「そうだったんだ。」
「あくまで憶測の域を出ないがほぼ確実だろう」
…俺の事を話してるのか?
やっぱりバレちまったか。まぁ、あんだけ不自然な行動してたらな。
此奴らは大丈夫だって。俺が“自戒人”だからと言って差別してくるような奴じゃない。分かってる。信じてるんだ。信じてるけど…
「お前“自戒人”なんだろ?」
「近寄ったら攻撃されるぞ!!」
「十字…?気持ち悪っ!」
昔の記憶が木霊する。
こんな奴らとは違うんだ。
違う、ちがう、ちが…う
頬が冷たくなる。それに伴って目頭が熱くなる。
息がしずらくなって喉からかひゅ、と詰まったような音が鳴ってしまう。
「ドット?」
手繰り寄せるような、繊細で少しばかり哀愁を含んだ優しい声で名前を呼ばれる。
足音が近づいてくる。
ガチャ…
「ドットくん!」
「帰ってきましたっ!」
「おかえり、ドットくん」
やっぱり、此奴らはあったかいな。
「お、れ…話さなきゃいけない、事があって…」
信じてるのに…否、信じてたからこそ声が震える。
「俺、“自戒人”なんだ。」
皆の表情を見たら涙が溢れてしまいそうで下を向いてしまう。それでもやっぱり気になってしまい目線だけ上に移す。
驚愕。顔を勢いよく上げ目を見開く。
微笑んでいたのだ。
ただ1人を除いて。
「馬鹿野郎。 」
怒り…というよりは苦しそうな、悲しそうな顔をしながらそれだけ呟いた。
「…ごめっ」
頬に衝撃が走る。平手打ちされた…?
いくらなんでも謝罪の途中に平手打ちなんていくらイケメンでも許されないぞ…と思ってたら驚愕
平手打ちの主はフィンだった。
「なんで謝るんだよっ、なんでっ」
兄譲りの整っている顔をこれでもかというほど歪め怒りを顕にしている。
普段温和なフィンやレモンちゃん、マッシュまで眉を吊り上げている。
え?え?なんで?
「ドット」
普段は絶対名前で呼ばない奴から急に呼ばれ肩を震わす。表情を見ると信じ難いが涙が零れ落ちていた。
「もっと、俺たちを頼ってくれ…」
らしくない絞り出したような声に酷く胸が痛む。
そんなに想ってくれてたんだな。
ランスだけじゃない、マッシュもフィンもレモンちゃんも、皆…
「俺がっ、“自戒人”でも、一緒に居てくれるのかっ?」
「もちろん 」
「当たり前ですよ!」
「一緒にシュークリーム食べよう?」
「嗚呼、もちろんに決まっているだろう」
優しく背中を撫でてくれる皆の手があったかくて、紅茶よりも、バイオリンよりも、心が穏やかになっていく。
いい仲間を持ったなぁ…
コメント
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(இдஇ`。)感動しました。 こういうお話大好きです。
一瞬ドットが病んでた、、、( ・́∀・̀)グヘヘ←キモ)、病んでる系好きなんだよなぁまじ好きだわ!