「次は、3年生による借り物競争です!3年生は準備をお願いします!」
体育祭当日。
私の担当競技も早めに終わり、残りは2年の演目だけ。
3年生の借り物競争が始まるということで、私たち2年は借り物として、応援席に集められる。
私も向かおうと先生の指示に従って移動していた時。
「あ。」
「あ。」
私は咄嗟に声が漏れてしまった。
出合い頭、猫背で気だるそうな顔をした彼とあった。
「××、久しぶり。」
久しぶりに彼から名前を呼ばれる。
話したのもカラオケ以来。
けどあの時はもう、孤爪くんを自ら避けてたっけ。
私は知らないフリをして、その場から逃げ出したかったけれど、完全に目もあって、立ち止まってしまった。
知らないフリは、出来なそうもなかった。
「ひ、久しぶりだね…。」
緊張と、苦しさで、上手く言葉がでない。
顔なんて絶対合わせられない。
「××、さっきの競技1位だったね。応援席から見てたよ。かっこよかった。」
どくどくと、脈打つスピードが早くなる。
そんなこと…言わないでよ。
孤爪くんにはその気がないってわかってるけど、変に勘違いしちゃう。
私は孤爪くんに返す言葉が見つからない。
「俺、この後に男子の二人三脚と、部活対抗リレー出るから、応援、してよ。」
「えっ?」
私は孤爪くんの言葉を聞いて思わず頭をあげる。
孤爪くんは目を逸らして、照れくさそうに髪を触った。
ほんとに、ずるいな。
そんな顔されたら。
無視なんて、出来るわけないよ。
私は息を飲んだ。
「…孤爪くん、頑張ってね。」
私は緊張で声は震えていたけれど、ちゃんと孤爪くんの目を見て言えた。
孤爪くんはしばらく目を真ん丸にしてこちらを見ていたが、その後小さく噴き出した。
「ははっ、ごめん、笑っちゃって。」
「えっ…いや…。」
「まさか今言われるとは思わなくて。競技中って意味だったんだけど。」
そういうと孤爪くんはもう一度笑い、「ごめん」とまた謝った。
私はかあっと顔が熱くなる。
心臓がバクバクとうるさい。
「あははっ、すごい真っ赤。」
孤爪くんが意地悪そうに笑い、顔を覗き込む。
「ちがっ…!!私、勘違いしてっ…その….こっち見ないで…。」
両手で頬を押さえて呻くと、孤爪くんは「ごめんごめん」と謝って覗くのをやめた。
「ありがとう。」
孤爪くんの声がまた優しくなり、見てみると、両手で髪をくくり、口にヘアゴムを咥えていた。
しばらくその光景をみて、髪をくくり終えた孤爪くんはもう一度こっちを見た。
「めっちゃやる気出た。」
じゃ、と手を振りながら孤爪くんは去っていった。
その時、孤爪くんのくくった髪が、サラサラと揺れていた。
私は応援席についた。
ちょうど、3年生の借り物競争の1走者目がスタートしたところだった。
『ありがとう。めっちゃやる気出た。』
私の脳内で、孤爪くんの言葉が何回もリピートされる。
そしておまけに初めて孤爪くんが髪をくくったところも見れた。
あの姿で笑う孤爪くんの笑顔が、目に焼き付いて離れない。
私がずっと避けていた幸せ。
それをまた感じてしまった今。
また更に、孤爪くんが好きになった。
「××!」
いきなり呼ばれた。
全身が震える。
ゆっくりと振り向くと、そこには微笑む小春が立っていた。
「….小春。」
声が一瞬震えた。
だけど小春は気づいた様子もなく、私の手を引いた。
「早く早く〜!黒尾先輩と夜久先輩の番もうすぐだよー!」
私は小春に手を引っ張られながら応援席の前の方に行く。
「あ!ほら、次の走者のとこに黒尾先輩いるよ!」
私は小春が指をさす方を見る。
黒尾先輩はストレッチをしながら、走る準備をしていた。
走者の中では1番背が高く、腕や、足の筋肉が人一倍目立っていた。
「なんか…黒尾先輩ってもしかして、黙ってたらイケメン…?」
私がそうつぶやくと小春は大きく噴き出した。
「あははっ!それ本人に言ってみたら?ははっ、絶対怒る!」
小春はお腹を抱えて爆笑していた。
「よーい、ドン!」
「あ!始まった!」
黒尾先輩含め、計8人が目の前のお題の紙に向かって走り出す。
黒尾先輩は紙を確認し、周りをキョロキョロ見わたす。
「お題なんだろうね〜。」
小春はそう言いながらほかの走者も点々と見渡している。
私は、見渡すのをやめた黒尾先輩が、段々とこちらに近づいてくるのに気づいた。
「あれ、黒尾先輩こっち来てる?」
小春も気がついたようだ。
黒尾先輩は、目を少し細めて、何か確信を持ったのかダッシュでこちらに向かってきた。
「” 小春 ”!来い!」
私たちの目の前で黒尾先輩は止まり、そう言ったのと同時に、小春の手を掴んだ。
「えっ?って、わぁぁ!?」
小春は困惑したまま、黒尾先輩に連れていかれた。
そのまま黒尾先輩は1位でゴールした。
私にとってはなんだか風が通ったように早い出来事だったが、小春もきっと同じだったであろう。
小春が戻るのを待ちつつ、私は次の走者を見た。
次の走者の中には、夜久先輩の姿があった。
夜久先輩は腰に手を当てて、スタートの合図を待っていた。
こちらは反対に、走者達の中では1番小柄で、だけど夜久先輩は自信のオーラが凄いのか、誰よりも目立っていた。
「よーい、ドン!」
スタートの合図が鳴り、8人がいっせいに走り出す。
僅差で1番最初に紙をめくった夜久先輩は、一瞬だけ止まっているように見えた。
どうしたんだろう。
2人の走者がお題を確認し、走り出したところで、夜久先輩も動き出す。
えっなにこれ。
夜久先輩はこっちに向かって走ってきている。
すっごいデジャブ…。
なんだか嫌な予感がし、私はさりげなく後ろを向き、ゆっくり後ろの方まで下がった。
「あっ、っおい逃げんじゃねーよ!」
この声に私の心臓は止まりそうになった。
振り返ると、夜久先輩は怒ってるような形相で私をガン見している。
「えっ、だって、え?」
「時間ねぇ!早く行くぞ!」
私は腕を捕まれ、言われるがまま夜久先輩に連れていかれた。
目の前を走る夜久先輩。
ものすごく早くて私は腕が取れてしまいそうだったけど、何とか足を動かしまくった。
夜久先輩と私は、惜しくも2位でゴール。
私は急に走り出したこともあり息が上がる。
「はぁ、わりぃ。急に走って。腕、痛くないか?」
夜久先輩は、肩で息をしながら私に謝った。
「えっ?あー、全然大丈夫です。」
「良かったー。」と膝に手を当ててかがみ、俯きながら深く息を吐いた。
「つーか○○よー、分かってて俺から逃げたろ?」
顔を勢いよく上げた先輩の顔を不服そうだった。
「えっ!?いや、あの…逃げたというかなんというか…デジャブで…怖かったというか…!?」
「は、?デジャブ?」
「おーい××ー!」
私と夜久先輩は一斉に振り返る。
そこには小春と黒尾先輩がこちらに手を振っていた。
「××も夜久先輩に借り出されたのか〜!借り出される瞬間って、すっごくびっくりしない!?」
「そう…それが言いたかった。」
「…?あ!てか聞いてよ!黒尾先輩のお題なんだったと思う!?もう許せない!」
「だって事実だろ〜!いっだ!?」
小春はプンスカ怒りながら、横で笑う黒尾先輩の横腹にグーパンする。
「なんだったの、お題…。」
私は恐る恐る小春に聞いた。
「” チビ ”!!チビだよ!?お題の書き方も酷いけどさ!それを迷いもなくまっさきに私のとこ来るとか!!ほんとに!!」
「えっ何それ可愛い。」
私は思わず小春のあどけなさと、お題、黒尾先輩の行動何から何までが可愛くて、そう呟いてしまった。
小春はその呟いた私に激おこ。
私の体をポコポコ優しく叩く。
私は小春を見て笑って、夜久先輩は、黒尾先輩の何やら争いながら3年生の借り物競争は終わった。
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