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翌朝、オフィスで顔を合わせた藤原雪斗に変わった様子は一切無かった。
湊の彼女について何か言ってくる気配は一切無い。
彼女が担当を降りた件に、彼は関わってないのかな?
私の事とは別件でトラブルでも有って、江頭課長がクレームを入れたのかな?
そんな風にすら思える程、全く何の反応も見せず普段通りに仕事を振られ忙しく過ごしているうちに、あっという間に定時を過ぎていた。
いつも人が立ち寄る彼のデスク周りは、珍しくガランとしている。話を聞く絶好のチャンスだった。
「あの……」
「どうした?」
そっと近寄り声をかけると、藤原雪斗はパソコンの画面から顔を上げ私を見た。
「湊の彼女……水原さんがうちの担当を外されたみたいなんです。それで藤原さんが何か知ってるかと思って」
なんとなく言い出し辛く、要領を得ない言い方になってしまう。
でも藤原雪斗は直ぐに察してくれた様であっさりと頷いた。
「仕事に差し障るからな」
やっぱり藤原雪斗が動いたんだ。
「あの、気遣ってくれてありがとうございます」
「気にしなくていい。彼女の会社には上手く言っておくように江頭さんに頼んでおいたから」
「上手く?」
「ああ、彼女の評価が下がらないように話してくれって。個人的なトラブルだと知られて大きな問題になったら、一番困るのは秋野だろ?」
「……はい、配慮いただきありがとうございます」
彼が言う通り、個人的な問題を会社に知られたくない。
一見彼女の会社の立場を気遣っているようで、実は私が望むような方法を取ってくれた。
湊の怒り方から想像すると江頭課長が上手く対応出来たのかは微妙だけど。
「個人的な問題でご迷惑をかけてすみませんでした」
感謝の気持ちを伝えてから、帰ろうとした。
それを藤原雪斗が引き止めた。
「秋野、今日時間有るか?」
「……有りますけど」
また残業かと思って答えると、藤原雪斗は壁の時計に目を遣りながら言った。
「あと三十分で終わるから、飲みに行かないか?」
「えっ、飲みに?」
まさかそんな誘いだとは思わなかった。
「ストレス解消したいだろ?」
したいけど……それ以上に真っ直ぐは帰りたく無いんだけど。
「……じゃあ少しだけ」
江頭課長に答える時の様に言うと、藤原雪斗は苦笑いを浮かべた。
「たまには奢ってやる……宮本辺りでも誘ったらどうだ?」
「え? 成美を?」
「俺と二人きりがいいなら、それでもいいけど」
「いえっ……成美誘ってきます」
私はからかう様に言う藤原雪斗に背を向け、総務部のオフィスに急ぎ向かった。
藤原雪斗が来ると言ったからか、成美は悩む様子もなく付いて来た。
「お疲れ様です」
成美は上機嫌で言い、藤原雪斗の正面に座った。
「お疲れ様」
藤原雪斗も機嫌良く答える。
店はお洒落で雰囲気よく、湊の事で憂鬱な日々を一瞬でも忘れられそうな気がした。
それなのに、
「藤原さんに誘って貰えるとは思いませんでした」
「今日は秋野を元気付ける集まりだから」
藤原雪斗はあっさり現実に引き戻してくれた。
「え? 美月なんか有ったの?」
成美は戸惑いながら私と藤原雪斗を交互に見る。
成美には何も言って無いから当然の反応なんだけど。
「え……」
藤原雪斗は私と成美が親友だと知っているから、話してると思ったんだろう。
もの凄くマズいって顔をした。
完璧な藤原雪斗にしては珍しい失言?
まあ、いいけど……どうせ成美には話すつもりだったから。
「私、湊と別れたの」
「ええっ?」
成美は驚きの声を上げた。
「な、何で? この前、上手くいってるって言ってたのに!」
「それは……」
全て私の思い込み。
実際はもうずっと前から湊の気持ちは無かったんだから。
「湊は他に好きな人が出来たんだって、だから別れたの」
ごまかしても後々ボロが出そうだから正直に言う。
「そうなんだ……美月達、本当に仲良さそうだったのにね」
「うん……でももういいよ」
「大丈夫なの?」
成美が心配そうに顔を曇らせる。
「平気、仕方ない事だから」
そう思い込むしかない。
優しかった湊はもう居ないんだから。
もうどうしようもないんだから。
「そう……湊君が浮気なんて信じられないけど、今度はいい出会いが有るといいね」
出会い?
そんなの今は考えられない。
とにかく湊への執着を絶つのに精一杯で他は目に入らない。
湊と別居出来る迄は、何も変わりそうにない。
私自身が変われない。
そう思っていたのに……。