オリバーがそこに着くと、すでに辺りは血で染まっていた。この重要施設を守る兵たちが、弱いはずがない。中には王国近衛に匹敵するほどの実力者もいた。
それが……。
「どうして、こんな……!」
この地下施設のホール、唯一外の光が差し込むそこは、無数の死体が転がっていた。
総て一太刀。
圧倒的な実力差によって斬り伏せられていた。
「貴様等が……!」
オリバーが睨みつけるその先に、黒いボディスーツに身を包んだ集団がいた。身体の膨らみから見て、いずれも小柄な少女だ。
全部で7人。しかし月明かりでのみ照らされるこの空間では、目を懲らさなければ見失いそうになるほど気配が希薄だ。彼女らは類い希な魔力制御によって、その気配をコントロールしているのだ。
いずれも自身に匹敵し得る実力者。オリバーはそう認めた。
その中の一人、全身に血を浴びた少女が、月光の下でオリバーを見据えていた。
「っ……!」
その瞬間、オリバーの本能が萎縮した。理由はない、ただ危険だと。そう伝えてきた。
全身の黒いボディースーツは浴びた血を滴らせ、ぽたりぽたりと床に跡をつける。
血濡れの刀はだらしなく地面を擦り、長い血の道を描く。
「何者だ、何が目的だ?」
オリバーは動揺を抑えて言った。
自身に匹敵する実力者が不幸にも7人いるのだ。
戦闘は下策。
オルバは自身の不運に嘆きながらも、打開策を探る。
が、しかし。
血濡れの少女はオリバーの言葉を聞いていなかった。
嗤った。
血濡れの少女は、血濡れのマスクの下でただ嗤った。
狩られる……!
オリバーがそう思ったと同時、
「下がりなさい、エーゼ・ロヨン」
血濡れの少女の動きが止まった。
そしてそのままあっさりと後ろに引いていくのを、オルバは安堵の息を吐いて見送った。
それと入れ替わりに、別の少女が前に出た。
「我等はアンダージャスティス」
こんな場でなければ聞きほれてしまうほどの美しい声。
「そして私はエーゼ・ロワン」
そして前に出た少女は、いつの間にか素顔をさらしていた。
月の光に、白い肌が輝く。
少女は一歩、歩み寄る。
「っ……!」
金髪の、エルフ。
息を呑むほど、美しい少女。
また一歩、歩み寄る。
「目的は……ニャルラトホテプ教団の壊滅」
そしていつの間にか手にしていた黒い刀で、空を薙払った。
夜が斬れた。
漆黒の刀身は、オリバーにそう錯覚させた。
風圧が、剣圧が、オリバーを威嚇し、恫喝した。
どうやってこれほどの実力を、この若さで得ることが出来たのか。嫉妬と戦慄に震えた。
だが、しかし、それ以上に驚愕すべきは彼女の口から語られた言葉だ。
「貴様……どこでその名を知った?」
ニャルラトホテプ教団。その名はこの施設でも、オリバーを含め数人しか知らない名だった。
「我々は総てを知っている。外なる神ニャルラトホテプ。ニャルラトホテプの祝福。探索者への呪い。そして……肉塊化の真実」
「な、何故それを……」
エーゼ・ロワンが言った言葉の中には、オリバーですら最近知らされた内容もあった。外部に漏れるはずのない、決して漏れてはいけない極秘事項だった。
「外なる神を知っているのはあなた達だけだと思う?」
「くっ……!」
情報漏洩は許されない。
しかし彼女らを殺し、情報を守る?
否、困難を極める。
ならば、オリバーのすべき事は……生存。生きて彼女らの存在を本部に伝えることだ。
だからこそ、オリバーは前に出る。
「あああああぁあぁぁぁぁ!!」
オリバーは気迫と共に剣を抜き、エーゼ・ロワンに斬りかかった。
「あら、無謀ね」
エーゼ・ロワンは容易くその剣をいなし、斬り返す。オルバの頬が裂け、血が舞う。
だが、オリバーは止まらない。
何度も、何度避けられても、オリバーは剣を止めず勝機を探る。
しかし全て紙一重。無駄な動きは最小限に、完全に太刀筋を見切って避けられていた。
そして、逆にオリバーの腕が斬られ、足が斬られ、肩が斬られる。 だが、まだ致命傷はない。
彼女は情報を聞き出すまで殺すつもりはないのだ、オリバーはそう見抜き、嗤った。
勝ち筋が、見えた。
何度目かの空振りの後、ついにオリバーは胸を斬られ、たまらず後退した。
「これ以上は時間の無駄ね」
オリバーは答えない。
斬られた胸を押さえ跪き、口元に笑みを浮かべ……何かを飲みこんだ。
「何をして……なっ!?」
突然、オリバーの肉体が一回り膨張した。肌は浅黒く、筋肉は張り、目が赤く光った。そして、何より、魔力の量が爆発的に増えていた。
「っ……!」
予備動作なく薙払われたオリバーの剛剣を、エーゼ・ロワンは瞬時に防ぐが、その衝撃に顔をしかめる。
彼女はそのまま跳ね飛ばされるようにして距離を取ると、
「面白い手品ね」
痺れた腕をパタパタと振り、首を傾げた。
「あの波長は魔力暴走かしら……それを無理やり抑え込んで……」
「エーゼ・ロワン様、大丈夫ですか?」
初めて後退したエーゼ・ロワンに、背後にいた少女が声をかける。
「問題ないわ、エーゼ・ロヨン。少し面倒になっただけ……ってあら?」
エーゼ・ロワンがオリバーの方に意識を戻すと、そこには誰もいなかった。 いや、先ほどまでオルバのいた場所に四角い穴が開き、それは下の階層に続いていた。隠し扉だ。
「……逃げたわね」
「逃げましたね……追いましょう」
しかし穴に飛び降りようとする少女を、エーゼ・ロワンは止めた。
「必要ないわ。この先には我が主がいるもの」
「彼……? そういえば先に行くと言って別行動をしていましたが、まさか」
「ええ。明後日の方に走り去るんだから、迷ったんじゃないかと心配したんだけど」
エーゼ・ロワンはクスッと柔らかく笑った。
「この展開を読んでいた……流石ですね」
穴を覗き込む少女達はその瞳を尊敬に輝かせていた。
「では、ここからは私と戦ってもらおうか」
エーゼ・ロワンの両肩に足を載せて、立つ男がいた。
「ふるねーむがしりたいか? 答えておこう。私の名前はアズラエル・イーバーンだ」
「誰だか知らないけど肩から降りてくれる?」
「すまない、聞き取れなかった」
「誰だか知らないけど肩から降りてくれる? って言ったのよ!」
「断る!」
「ふんっ!!」
「ウゴぉ!??」
エーゼ・ロワンは足を掴んで投げ飛ばした。
アズラエル・イーバーンは地面を転がる。その間抜けな姿を見ながらエーゼ・ロワンは冷や汗を流していた。
(ここにいる誰もが、あの男の存在に気が付かなかった。たまりそれは、誰よりも強いということ。ならば数の有利で倒す)
「なんでいきなりぶん投げるんだ馬鹿なんじゃないのか?」
「貴方は何者かは知らないけど、貴方は危険だ。今ここで倒させてもらう」
「野蛮だな、アンダージャスティス。私に興味はないのかね? 例えば、君達の同胞を殺した数とか、ね」
その言葉に一気に魔力が高まる。
殺意を一身に受けて、余裕の笑みを浮かべてイーバーンも殲滅十字を展開する。フラフープに砲身がついたような武器だ。
「私が殺したのは13人だ。全員、尊厳を破壊する恥辱の限りを尽くして最後は絶望して君達に助けを求め泣きわめきながら死んでいったよ」
「殺す」
「全力できたまえ、もっとも、それでも相手にならないだろうがね」
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