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午前五時過ぎ。カーテンの隙間から差す朝日に目を擦り目を覚ました。ひかりは「よっ……と」と軽く立ち上がると、愛猫のライを一撫でして洗面台へ向かった。鏡に映るウルフカットの髪と一部の灰色ワンポイントは、自分だけの唯一無二の特別なお気に入りだ。
天気予報ニュースが流れる黒色の狼耳で音声を聞きながら朝食を作る。「朝ごはん完成!」と声を上げると、白い髪の幼馴染・雪乃が眠たそうにぼやけて、起きてきた。
「今日もまた生徒会?」
雪乃の問いに頷き、お気に入りのピアスを付けて家を出た。「いってきまーす!」といい、雪乃のいってらっしゃいを背にバスへ乗り込む。
車内は賑やかな高校生グループで賑わっていたが、近所に同じ学校の子がいないひかりは、一人ドアの前に立った。少し、さびしさを覚えつつ、スマホで大好きな音楽を聴きながら音の世界に没頭する。駅に着き、開発が進む「サンレール大和」や建設中の高層ビル、大王アリーナを抜けて校舎へ向かった。ひかりが通う誠華丘学園は、中世のお城のようなゴシック風建築の校舎が人気の大きな中高一貫校だ。
校門をくぐると、生徒たちが慌ただしく走っていくのが見えた。
「第二体育館の方だって!」
「あいつらまたやり合ってんのかよ」
ひかりが騒ぎの元へ行くと、野球部員二人と緑化委員の女子生徒が言い争っていた。間には探偵部部長のルゥもいる。
「どうかしました?」
声をかけると、ルゥが「ひかりくん!」と叫んだ。二ヶ月前に転校してきたひかりは、すぐに生徒会役員に抜擢されたため顔が知られている。「生徒会の子だ」と周囲がざわついた。
緑化委員の女子は、卒業生が育てた綺麗な花壇が荒らされたと野球部を責めていた。しかし、ひかりとルゥは地面に散らばるガラスの破片に気づく。
「「……犯人がわかりました」」
ひかりが指さしたのは体育館の屋根だ。そこにある狐の像が口に咥えていた水晶が老朽化で落ち、花壇を直撃したのだ。
謎が解け全員が驚く中、パチパチと乾いた拍手が鳴り響いた。人波が割れ、黒髪の背の高い女子生徒がゆっくりと歩み寄ってくる。
「おはようひかりくん、ルゥくん」
ひかりが所属する生徒会の副会長だった。
「おはようございます、副会長」
ひかりが頭を下げると、副会長は満足そうに目を細めた。「見事な観察眼ね。足元の異変から真相を見抜くなんて素晴らしい手際だわ」と褒められ、周囲の生徒たちから感嘆の声が上がる。野球部員と緑化委員も無事に仲直りし、騒動は収束した。
ひかりは副会長とともに、中世の城を思わせるクラシカル風な廊下を通って生徒会室へ向かった。ドアを開けると、副会長は真剣な眼差しでひかりを見つめた。
「ひかり、大切な事実を伝えるわ。急で悪いけど、この学園が取り壊しになるの」
「え……」とひかりは耳を疑った。
「老朽化と再開発のため、今年度限りで解体されることになったの。新校舎ができるまで、みんなバラバラの学校へ行くわ」
あまりのショックに頭が真っ白になる。せっかく転校して好きになりかけたこの場所が消えてしまうなんて。
「そして一週間後の体育祭が――」
副会長の言葉を遮るように、ひかりは呟いた。「それが最後の体育祭……」
「ええ。だからこそ最後は特別華やかにしたいの。生徒たちの心に一生残る、唯一無二の最高に煌びやかなフィナーレに」
副会長はひかりの目をまっすぐに見つめた。「各部活から選ばれた代表の生徒たちを、体育祭当日までに個性を引き出して最高に華やかな姿にしてほしいの。会長が、ひかりに来てほしいって」
「ぼくが……ですか!? でも、ぼくはまだ転校してきたばかりで……会長の顔も知らないんですよ?」
「だからこそよ。外からの視点と、この学園を愛する気持ちを持つあなたに頼みたいの」
困惑したものの、自分を信頼してくれる真っ直ぐな言葉に胸が熱くなった。消えてしまう校舎。だけど生徒たちの思い出まで消えるわけじゃない。自分にできることがあるなら――。ひかりはやむなく、けれど力強く頷いた。
「……わかりました。ぼくがやってみます。みんなを最高に華やかにしてみせます!」
「頼んだわよ」
副会長から受け取った紙には、各部活から選出された生徒たちの名前がズラリと並んでいた。生徒会室を後にしたひかりは、リストをギュッと握りしめる。
お気に入りのピアスをカチリと揺らし、ひかりは廊下の窓から広がる青空を見上げた。自分がこの学園に来た意味が、今、ハッキリと分かった気がした。
委員会の部屋に入ると、そこには個性豊かなメンバーが集まっていた。茶色い短髪を揺らした探偵部部長のルゥ、爽やかな雰囲気を纏うサッカー部の風(ふう)、ゲーム部のめい、静かに本を読むやよい、そして学校一の美少年と名の高いれい。
プロデュース案を出し合うものの、「地味すぎる」「体育祭っぽくない」と全員が納得するアイデアが出ない。行き詰まった雰囲気を破ったのはルゥだった。「一度、外へ出て頭を冷やそう!」
気分転換に向かったのは、夏の潮風が心地よい近くの海浜だった。青い海と白い波を目にした瞬間、緊張の糸がほぐれていく。風がビーチボールをし始め、めいが波打ち際ではしゃぐ。やよいも本を伏せて海を見つめ、れいが眩しそうに目を細めた。ひかりもいつの間にかみんなと一緒に砂浜を駆け回り、声を上げて笑っていた。転校生という壁はいつの間にか消え、ひかりはすっかり五人の輪になじんでいた。
その時、ひかりの頭の中に大きなひらめきが走った。
「みんなで、ダンスを踊るのはどうかな?」
それぞれの個性を一つに束ね、グラウンド全体を魅了する情熱的なパフォーマンス。ひかりの発案にみんなの目が輝いた。「それだ! 全員が一番華やかに見える!」
方向性が決まり、一行はすぐに練習に取りかかった。残された時間は、わずか三日。
練習を重ねるごとに全員の集中力は研ぎ澄まされていった。風のしなやかな動き、めいの素早いリズム感、やよいの正確なステップ、れいの圧倒的な華やかさ、そして全体を見て的確なアドバイスを送るルゥ。五人の強みが重なり合い、ダンスはみるみる作品へと仕あがっていく。
しかし、一見うまくいっている練習の裏で、ひかりの心には小さな影が落ちていた。
休憩中、みんなから言葉をかけられても、ひかりは「僕はみんなを支えるためにやってるから」と笑顔で返し、自分の本当の心の内を隠した。5人がどんどん上達し、眩しいパフォーマンスの軸を作り上げていく中で、ひかりだけがその輪の中心に入れずにいた。自分は演者ではなく、あくまでプロデューサーなのだと自分に言い聞かせる。
(ぼくは、みんなを引き立たせる裏方だ。仲間に入れたわけじゃない……)
上達していく五人の輝かしい姿を少し離れた場所から見つめながら、ひかりは一人、胸の奥に芽生えた寂しさを抱え込み、ただ深く考え込むことしかできなかった。
ついに迎えた体育祭当日。グラウンドは昨日の激しい大雨、土砂によって、用意した舞台や資材が悲惨に壊れかけていた。ひかりは朝早く登校し、一人で静かに資材を元に戻そうと必死に汗を流す。しかし一時間後、壊れた設営の様子を見た先生方、生徒会により、安全面から体育祭は中止になると言われる。
落ち込むひかりが第一体育館で土砂で壊れた舞台を見つめていると、ルゥたち五人がゆっくりと集まってきた。優しく問いかけてくれるみんなの温かさに触れ、ひかりはついに抑え込んでいた本音を口にする。「……ぼくも、、みんなと一緒にあの舞台に立ちたい!みんなを魅了するダンスを踊りたい!」と言い
五人は太陽のような弾ける笑顔でその強い想いを受け止めた。仲間たちの全面的な協力で復旧作業が急速に進み、全生徒がグラウンドへ集まる頃、奇跡のように周囲の屋台の明かりが一斉に点灯し、空が明るくなった。
舞台袖で待機する五人の元へ向かうと、衣装を着たれいがひかりの手を優しく握った。「ひかり、最後まで一緒に踊るよ」。ルゥもニッと笑う。「君が一人で悩んでたの知ってたよ。君は大切な仲間だ」。風もめいもやよいも力強く頷く。「ひかりが真ん中にいなきゃ完成しない!」
胸の奥の不安がキレイに吹き飛び、視界が涙で滲む。ひかりは「……うん!」と強く頷き、お気に入りのピアスをカチリと揺らし、尻尾がゆらゆらと揺れた。
グラウンドの中央へ堂々と躍り出る。音楽が鳴り響き、六人の動きが一つに重なった。風の力強さ、めいの躍動感、やよいのしなやかさ、れいの華やかさ、ルゥの包容力。そしてその中心でウルフカットの髪をなびかせ、ひかりは弾ける笑顔で最高のステップを踏んだ。
地鳴りのような大きな歓声が上がる。ボロボロな校舎も澄み渡る夏空も、六人を祝福するように神々しく輝いていた。そして、ひかりの目には明るい瞳が輝いていた。
最高のパフォーマンスで体育祭は無事に、大成功に終わった。
放課後。夕暮れの校門で、ルゥが「まさか校舎の取り壊しがなくなるとはな」と嬉しそうに呟き、風が「俺らの思いが届いたんじゃない?」と笑う。めいも「そうかもね」と深く頷いた。ひかりが生徒会室へ目をやると、副会長と親しげに話すやよいの姿があった。実は、いつも静かに本を読んでいたやよいこそが本物の「生徒会長」だったのだ。そしてひかりは疲れ果てて倒れそうになるのであった。
「ただいま、雪乃!」
雪乃は優しくライを抱えて「おかえり」と言ってくれた。
帰り道のバスの中、ひかりはもう一人ではなかった。窓の外の美しい夕焼けを見つめながら、賑やかにはしゃぐ五人と静かな雪乃の間で、ひかりが少し仮眠し、みんなで笑い合い仲を深めていく。
一週間前まで固く閉ざしていた自分の心には、もうどんな変化も恐れない強さとあたたかな居場所があった。
「明日はきっと、いい天気だ」
ひかりは隣に座る雪乃に優しく微笑み、カバンを握り直して前を向いて歩き出した。
そして、ライが元気よくにゃあと鳴くのであった。