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雪乃は一緒に車に乗り、立花邸へと赴いた。
めちゃめちゃ豪邸に辿り着いたことは言うまでもない。
「ようこそ。何もないけど、ゆっくりしてって」
玄関先で立花がこちらを振り返り笑顔でそう言った。
何もない、とは思えないが。
と雪乃は家の中を見回す。
高級そうな家具たちが家の中を彩っていた。
雪乃はリビングへ案内され、座るよう促される。
高そうなソファーに腰掛けると、「お茶を用意してもらってるから少し待ってて」と言われる。
すぐに出てきたのはいい香りを漂わせる紅茶。
持ってきたのは使用人…だろうか。
向かいのソファーに座り紅茶に口をつける立花に、ふとした疑問を投げかける。
「家族の人はいないんですか?」
カチャ…とティーカップが音を立てる。
「家にはあまり帰ってこないわね」
それだけ言う。何の感情も無く。
この広い家に1人なのか。
使用人が出してきた、見た事がない美味しそうなお茶菓子。
ただそれをじっと眺めていた。
ぽつぽつと2人は会話を続けた。
他愛もない会話。
「私の部屋に行く?」
紅茶を飲み終えた頃、立花がそう言い出し、2人は立ち上がった。
立花に案内され、後ろを歩く。
廊下を歩いていても、煌びやかな家具たちが目に入る。
しかし、雪乃は違和感を感じていた。
この何とも言えない、物悲しい違和感。
ふと、少しだけ扉が開いていた部屋があった。
通り過ぎざまにチラリと覗くと、白くて大きなピアノが置いてあった。
あまりに綺麗なピアノで、少し足を止めて見ていると、
「そのピアノは母様の物よ」
立花がこちらを振り返りそう言った。
「綺麗なピアノですね」
黒いピアノしか見た事がなかったから、目を奪われた。
「…まぁ、もう長年使われてないけど」
ぼそっと呟いた一言は、広くて静かな家ではよく聞こえた。
「行くわよ」と立花は歩き出す。
次に案内された立花の自室。
想像通り綺麗に整頓されており、1人部屋とは思えないくらいとても広かった。
しかしここでも、違和感を感じる。
視界に見えるのは本棚にぎっしり詰まった参考書ばかり。
後はベッドに勉強机にクローゼット…。
雪乃は違和感の正体が分かり、目を細める。
『何もない』
最初に本人が言っていた通り、この家には何もない。
勿論たくさん家具や置き物はあるけれど。
冷たい感じしかしない。
この家には、温もりがない。
家に帰った時、「おかえり」と迎えてくれる声も、手作りの温かいご飯も。
家族の、温もりを。
感じられない。
「何もないでしょ?」
再び、皮肉そうに彼女は言う。
雪乃は何も言わず立ち尽くしていた。
「私、勉強しなきゃいけないの。父様の仕事の手伝いをする為に」
「父様…?」
「そう、父様はポケモンの研究者なの。ずっと研究所に篭って帰ってこないけど、将来私はその道に進むの」
…もう進路が決まっているのか。
「凄い人なのよ。数々の功績を収めてるし、世間の役に立っている。多くの人達から感謝されてて、立派で…。だから私も、沢山勉強して父様のようになるの」
本棚を眺めながら、そう話す立花。
嘘は言っていないように見える。
「ポケモンが苦手なんじゃ?」
「…えぇ、正直小さい頃から苦手だけど、仕事だと思えばなんて事ないわ」
ふと、雪乃の視界に年季の入ったオルゴールが映る。
近付いて手に取ろうとすると、
「触らないで」
強めの口調で、静かに制された。
「もう捨てようと思ってた物だから。気にしないで」
綺麗な黒髪から覗く横顔は、どこか寂しげだった。