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「今度は何ですか。ダメだしですよねぇ。申し訳ありませんねぇ……」
「いや、そうじゃなくて」
目の前のつむじが、翔太自身の手で隠された。
目を覆う前髪をかきあげてから、彼は星歌に封筒を差し出す。
「今日はありがとうございました」
そう言ってペコリと頭を下げたのだ。
「オープン初日だったから本当に助かりました。バイト募集してなかったのはこっちの手抜かりなのに、急にお願いしてこんなに手伝ってもらって……」
「いやぁ、べつに……」
心の中で悪態をついていた相手に礼を述べられ、戸惑うと同時にじわりと胸に灯が点るのを感じる。
働いて「ありがとう」と言われたのは初めてだった。
疲れきった身体にあたたかな血潮が流れ出す。
きっと、口元もニヤけているに違いない。
察するところこれは……と、緩む頬を誤魔化すように封筒を指で触ってみる。
薄い──。
これはもしかしたら万札か?
ニヤつきながらサスサスと封筒をさする星歌を前に、しかし翔太の真剣な表情が崩れることはなかった。
「今日はいきなりだったから、それをお礼ってことで受け取ってもらえないかな。それで、あらためてお願いなんだけど。良かったら、本当にバイトしてくれないか?」
今日、すごく助かったから──その言葉に、星歌は封筒を握りしめる。
さっきまで異世界トリップを夢みていたのに、今は現実世界に心躍っていた。
「う、うん! 私で良かったら、ここで働きたいよ。そんなふうに言ってもらえること、今までなかったし……」
「そ、それじゃあ……」
翔太の笑顔が弾ける。
あらためてよろしくおねがいします、とお互い照れながら頭をさげた。
「じゃあ……じゃあ、エプロン用意するな。お前の弟が言ってたケイヤクショもちゃんと作っとくから」
「うん、お願いします」
「ああ、兄さんに言ったら喜ぶだろな。兄さんと僕ふたりだけじゃ手が足りないって、今日骨身にしみたから」
語尾が跳ね上がっている。翔太の興奮が伝わってきて、星歌の口角もニッと上がっていた。
その兄──モノホン王子は、今は二階の事務所で帳簿つけや発注などの事務作業を行っているという。
星歌は気付いた。
朝方、モノホン王子に対して抱いたトキメキは不思議なことにきれいに消えていることに。
「兄さんはすごいパン職人なんだ。パリで賞をとったこともあって……僕も専門出てから大きなパン屋で修行させてもらったんだけど、なかなか兄さんみたいには……」
大きかった声が徐々に小さく掠れたものになって彼は一瞬、口を噤んだ。