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淡い朝の光が窓から差し込み
レースのカーテン越しに
柔らかな日差しが広がっている。
静かな寝室には
木漏れ日のような
優しい明るさが満ちていた。
高い天井と
アンティーク調の家具が揃う
洋風の部屋は
どこか優雅で落ち着いた雰囲気を
醸し出している。
豪華な四柱ベッドの上では
白いシーツが乱れ
その中心で金色の髪が
まるで陽光のように広がっている。
時也はその輝きに目を細めながら
静かに目を覚ました。
時也の腕の中には
長い金髪をシーツに広げ
白磁のように透き通る肌を
惜しげもなく晒したまま
アリアが静かに眠っている。
その寝顔は
どこか幼さを感じさせる無防備さがあり
普段の冷たく荘厳な表情とは
まるで別人のようだった。
首筋には
昨夜の余韻が残る
花のような赤い痕が
薄っすらと浮かんでいる。
その痕跡が
昨夜二人が確かに愛を重ねた証であり
時也の胸に温かな満足感を呼び起こす。
静かな寝息が
微かに時也の耳を擽った。
(⋯⋯本当に、綺麗だ)
時也はそっとアリアの顔に視線を落とし
指先で彼女の髪を優しく撫でた。
金糸のような
滑らかな感触が指に絡みつき
無意識に微笑んでしまう。
時折
微かに眉を顰める様子すら愛おしく
ただこうして
隣にいるだけで胸が満たされる。
(この穏やかな朝が
ずっと続けばいいのに)
そう願いながら
時也はアリアを起こさないように
慎重に腕を抜いた。
一瞬
アリアが少しだけ身動きするが
深紅の瞳を開けることはない。
その額に
触れるか触れないかの
軽い口づけを落とすと
時也は柔らかな香りに包まれた
幸福感を味わう。
(大丈夫⋯まだ眠っていてください。
今日は店休日ですから)
そっとベッドから身体を起こし
素肌の上にまず襦袢を羽織る。
昨夜の名残が残る裸身を
ゆったりとした白の襦袢が包み込むと
ほんのり温かさが戻ってくる。
床に散乱した
二人分の寝間着を拾い上げ
衣桁に掛けていた
藍色の着物に袖を通す。
滑らかな絹の感触が肌を覆い
しっかりと帯を締めた。
きちんと整えられた襟元に手を添え
鏡に映る自分の姿を軽く確認する。
(よし、これで大丈夫ですね)
カーテンを少しだけ開き
窓を覗くと
裏庭にはソーレンとレイチェルがいた。
どうやら朝から特訓をするらしい。
「さ!特訓といきますかー!」
「⋯⋯お前
こんな朝早くなくても良いだろうが。
まだ日が出たばっかじゃねぇか」
「何でも善は急げ、よ!ソーレン!」
二人は軽快に準備運動をしている。
その様子が微笑ましく
時也の口元に自然と笑みが浮かぶ。
(ふふ。特訓すると仰ってましたね⋯⋯)
時也は机に歩み寄り
引き出しから護符を一枚取り出した。
ソーレンとレイチェルが
気を遣わずに特訓できるよう
建物に結界を施すためである。
護符を手に、軽く息を整えた。
「六根清浄⋯⋯急急如律令」
柔らかな光が護符から広がり
瞬く間に建物全体を包み込む。
この結界は
特訓の衝撃や振動が
建物に及ばないようにする為のものだ。
特にレイチェルが力を模倣する時
ソーレンの重力操作が
暴発しないとも限らない。
それを防ぐための、万全の準備だった。
結界が完成すると
時也はふと
再びアリアの寝顔を見やった。
相変わらず、静かに眠っている。
その姿に
胸が締め付けられる程の愛しさを覚え
もう一度そっと額に口づけを落とす。
(今日も、良い一日になりますように⋯⋯)
時也は柔らかな微笑みを浮かべながら
寝室を後にした。
裏庭では
ソーレンとレイチェルの掛け声が
朝の澄んだ空気に響いていた。
穏やかな喫茶桜の店休日――
大切な人達と共に過ごす
かけがえのない朝が
今日も始まる。
「お?時也も起きたか」
裏庭に立つソーレンが
窓際に姿を現した時也に気付き
軽く手を挙げた。
「ほんとだ!家に結界が張られたね!」
レイチェルも振り返り、笑顔を向ける。
すでに十分に身体をほぐした彼女は
しなやかな動きで軽くジャンプし
足元に置いた時計を手に取った。
「⋯⋯じゃ、やりますか!」
元気な声とともに
時計のタイマーを30分にセットする。
カチッとボタンを押すと
規則的な電子音が辺りに響いた。
レイチェルは深呼吸し
気持ちを整える。
ソーレンはその様子を見ながら
自然と構えを取った。
「⋯⋯ふん。
お手並み拝見
と、いこうじゃねぇか⋯⋯俺」
レイチェルの身体が
徐々に変化していく。
黒髪が
少し跳ねたダークブラウンに変わり
体格が大きくなっていく。
しなやかな肢体が
筋肉質でがっしりとした
男性のものへと変わり
服のシルエットも
ソーレンのものに変わった。
数秒後
そこに立っていたのは
もう一人のソーレンだった。
同じ琥珀色の瞳がギラつき
互いを睨み合う。
まるで鏡に映ったかのように
二人の姿が完全に重なっている。
構えも姿勢も、微塵のズレもない。
ソーレンは
擬態された自分の姿を観察しながら
僅かに口角を上げた。
(完璧じゃねぇか、レイチェル⋯⋯)
擬態の練習を兼ねたこの特訓は
同時にソーレン自身が
自分の弱点を知る為の訓練でもあった。
力を半分しかコピーできないため
今回は肉弾戦に徹する。
「⋯⋯ふん、来いよ」
ソーレンが低く挑発すると
擬態ソーレンも
同じように挑発的な表情を浮かべた。
同時に二人の拳が動く――
右ストレートが交差し
拳と拳がぶつかり合う。
鈍い衝撃音が響き
互いに後退することなく
次の攻撃へ移る。
ステップインと同時に左のジャブが飛び
相手の顎を狙うが
同じくカウンターのフックが迫ってくる。
身体を捻って躱し
同時に右足でローキックを放つが
相手も同じ動きで蹴りを返してくる。
「チッ⋯⋯!」
軽く舌打ちしながらも
ソーレンは体勢を崩さず
相手の蹴りを脛で受け止めた。
骨に響く鈍痛が走るが
気にする様子もなく
さらにインファイトを仕掛ける。
左右のフック
アッパー
ボディブロー
一瞬の隙を突こうとするが
擬態ソーレンも全く同じタイミングで
打ち返してくる。
打撃が交錯し
ガードを崩そうと互いの腕が絡む。
密着した体勢から
ソーレンは肘打ちを繰り出そうとするが
相手の膝蹴りが脇腹に炸裂する。
「ッ⋯⋯!」
反射的に体を捻って躱すが
擬態ソーレンの反応速度も同等だ。
「⋯⋯ほう、やるじゃねぇか」
「はっ!てめぇもな?」
ソーレンが低く唸ると
擬態ソーレンも同じように
肩を回しながら笑う。
互いに一歩後退し
間合いを測り合う。
その間にも
琥珀色の瞳が
相手の動きを逐一観察していた。
(俺と同じ動きをする⋯⋯
なら、同じ弱点も持ってるはずだ)
ソーレンは小さく息を吐き
体を低く構え直した。
擬態ソーレンも、それに合わせて構える。
同時に両者が踏み込み
強烈な右ストレートを放つ。
一瞬の隙を見逃さず
ソーレンは相手の拳を受け流し
左手で肩を押さえつけた。
そのまま回し蹴りを繰り出すが
擬態ソーレンは
逆に腰を捻って懐に飛び込んでくる。
「⋯⋯くっ!」
至近距離で肘打ちが迫るが
頭を下げて躱し
逆に右膝を突き上げる。
「おっと⋯⋯!」
擬態ソーレンはかろうじて防御するが
その衝撃で体勢が崩れた。
すかさずソーレンは
相手の腕を取り
関節を極めにかかる。
だが擬態ソーレンは体を回転させ
逆に肘を外して反撃に出る。
力を込めて押し返すと
二人の距離が再び開いた。
「⋯⋯まるで鏡だな」
「だな⋯⋯だが、次はそうはいかねぇ」
互いに挑発的な笑みを浮かべ
再び対峙する。
心臓の鼓動が高まり
額から汗が一筋流れる。
同じ技術、同じ体格、同じ動き――
それでも
ソーレンは直感で感じていた。
「⋯⋯俺の方が、まだ速ぇ」
次の瞬間
ソーレンは一気に間合いを詰め
フェイントを交えた踏み込みで
相手の懐に入った。
擬態ソーレンが反応しきれず
ソーレンの拳が
僅かに早く顎を打ち抜く。
ガクリと膝をついた擬態ソーレンに
ソーレンは肩を竦めた。
「やっぱ、コピーはコピーってか⋯⋯
悪ぃな、俺の勝ちだ」
擬態が解け
レイチェルは地面に倒れ込んだまま
悔しそうに笑った。
「くっそー!
やっぱりソーレンには勝てないなぁ!」
その笑顔に
ソーレンは苦笑しながら手を差し伸べた。
「まぁ、悪くはなかったぜ。
次はもっとやれるさ」
レイチェルは
その手を取って立ち上がり
嬉しそうに笑った。