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キッチンには

香ばしい焼きたてのパンの香りが

漂っている。


木製の大きなテーブルには

サラダの色鮮やかな野菜が盛られ

湯気を立てるスープが並んでいる。


その中央には

ふっくらと焼き上がったオムレツが

皿に盛られ

トマトソースが鮮やかな彩りを添えている。


グラスには

冷えたフレッシュジュースが注がれ

朝の爽やかさを引き立てていた。


時也は

藍色の着物を襷で纏めた姿のまま

仕上がりを確認している。


丁寧にカップに注がれた

香り高いコーヒーが

キッチンのカウンターに並べられた。


その時

裏庭から聞こえるレイチェルの笑い声と

ソーレンのやや息切れした声が耳に届く。


「ふふ、良い朝ですね⋯⋯」


時也は微笑みながら

キッチン側の窓を少しだけ開け

裏庭の二人に声を掛けた。


「お二人とも

朝食の用意ができましたよ!」


その声に、レイチェルが振り返り

元気よく手を挙げた。


「はーい!ありがとう、時也さん!」


ソーレンも肩を回しながら息を整え

苦笑いを浮かべた。


「おう、サンキュ。腹減ってたんだよ」


二人は軽く汗を拭き

玄関に向かって走り出す。


その様子を見て

時也は微笑を浮かべて窓を閉めた。


(ソーレンさん

またレイチェルさんに引っ張られて⋯⋯

まぁ、微笑ましいですね)


時也は食卓のセッティングを確認し

ちょうど焼きあがったトーストを

籠に入れてテーブルへ運ぶ。


その時、背後で小さな足音が聞こえた。


振り返ると

寝間着姿のアリアが

ゆっくりとキッチンに入ってきた。


寝惚け眼で

長い金髪を軽く手櫛で整えながら

無言のまま時也の方に歩み寄る。


「おはようございます、アリアさん」


そう言って

時也はアリアの髪を優しく撫でた。


アリアは目を細め

微かに頷きながら

彼の胸元に額を寄せる。


(⋯⋯まだ眠いんですね)


時也は微笑んで

アリアの背中をそっと抱きしめた。


(⋯⋯騒がしいな)


アリアの小さな心の声が響くと

時也は軽く笑った。


「ええ。

ソーレンさんとレイチェルさんが

朝から特訓していましたから」


アリアは僅かに眉を寄せ

呆れたように息をつく。


(⋯⋯特訓⋯か)


「はい。

でも、こうしてみんなが

元気なのは嬉しいことですよ」


時也はそう言って

アリアの額に軽く口づけを落とした。


間もなく、玄関の扉が開き

ソーレンとレイチェルが

勢いよくキッチンに飛び込んできた。


「時也さん!めっちゃいい匂いするー!」


「お前、汗だくだぞ。ちゃんと拭けよ」


ソーレンがレイチェルを咎めると

彼女は慌てて

タオルを取りに行こうとする。


時也は二人の様子を見て

用意しておいたタオルを渡した。


「はい、どうぞ。

汗をかいたままでは風邪を引きますよ」


「ありがとー!」


ソーレンも受け取りながら

時也に軽く手を挙げた。


「悪ぃな。助かる」


アリアは

解るか解らないか程に微笑みながら

そのやりとりを見守っている。


ソーレンがふとアリアに気付き

やや気まずそうに頭を搔く。


「⋯⋯悪い、朝から煩かったか?」


アリアは無言で首を振り

時也が代わりに言葉を添えた。


「大丈夫ですよ。

アリアさんも

元気な声を聞けて嬉しいと言っています」


アリアが小さく頷くと

ソーレンも安心したように肩を下ろした。


時也は最後に

テーブルの上に焼き立てのパンを並べ

みんなが席につくのを確認した。


「それでは、いただきましょうか」


アリアが顔の前で手を合わせ

僅かに礼をする。


ソーレンとレイチェルも声を揃えて

元気に「いただきます!」と手を合わせた。


時也と青龍が

食事前に手を合わせる動きが

いつの間にか全員に浸透していた。


穏やかな朝

喫茶桜には

幸せの笑い声が響いていた。


時也は

そんな日常を守り続けたいと願いながら

テーブルの中央に置かれた

オムレツを切り分けていた。


アリアはその様子を静かに見つめ

金色の髪がゆったりと揺れている。


深紅の瞳は相変わらず無表情だが

少しだけ柔らかさが漂っていた。


ソーレンとレイチェルは向かい側に座り

がっつりと朝食を頬張っている。


特にレイチェルは

特訓の後でお腹が空いたのか

次々と食べ物を口に運んでいる。


その隣で

ソーレンがゆったりと

コーヒーを啜りながら

やや呆れた表情を見せていた。


「ね!ソーレン!

この後、ちょっと買い物に行きたいの!

付き合ってくれない?」


レイチェルが

無邪気にソーレンに声を掛けると

彼は一瞬眉を顰めて返す。


「⋯⋯あ?

もしかして、その為に

こんなこっ早くから特訓したのかよ?」


レイチェルはニコッと笑って

悪戯っぽく目を細めた。


「ふふ。バレた?」


ソーレンは軽く溜め息をつきながら

パンを齧る。


「ったく、最初から言えよ。

まぁ、どうせ付き合わされるんだろ」


朝食を取りながら

楽しそうに話す二人の様子に

時也は思わず微笑みながら

パンを口に運ぶ。


その時

ふと青龍が静かに口を開いた。


「⋯⋯ふむ。

私も久しぶりに

不肖の弟子を鍛えようかと

思ったのですがね⋯⋯」


鋭い山吹色の瞳が

チラリとソーレンを睨む。


その視線に

ソーレンは少し顔を引き攣らせ

戸惑ったようにレイチェルを見る。


「レイチェルぅ~。

出掛けんの、楽しみだな!」


ソーレンが

わざとらしく声を張り上げると

レイチェルがくすくす笑った。


「わ、ソーレン⋯⋯露骨に嫌がってる!」


青龍は「ふん」と鼻を鳴らして

パンを少しだけ齧った。


「貴様は元より、鍛錬が足りぬのだ」


ソーレンは何とかその話題を流そうと

手元のスープを慌てて啜る。


レイチェルはその様子を面白がりながら

「大丈夫、大丈夫」と軽く背中を叩いた。


そんなやり取りを

時也は優しく見守っていた。


(⋯⋯良い時間、だな)


不意にアリアの心の声が響く。


その言葉に

時也は柔らかな笑みを浮かべながら

隣に座るアリアの背にそっと手を添えた。


「はい。アリアさん」


アリアは一瞬だけ時也を見つめ

すぐに深紅の瞳を伏せた。


無言のまま

彼女の白磁の肌が

僅かに紅潮しているのが分かる。


その微かな変化すらも

時也にとっては愛おしくてたまらない。


アリアが少しだけパンを齧り

繊細な唇に柔らかな曲線が宿る。


その瞬間を見逃すまいと

時也はそっと視線を向け続けていた。


(不死鳥さえ解決すれば⋯⋯

こんな穏やかな時が当たり前に増え

アリアさんも

感情を押し殺さずに

共に笑えるのだろうか⋯⋯)


ソーレンとレイチェルの間にも

いずれ子が産まれ

その成長を見守りながら

共に歳を重ねる。


いつか

その子が成長し

親になり――


自分達には

年輪のように皺が刻まれていき

そしていつか⋯看取られながら逝く。


(今度こそ⋯⋯

貴女の願い、僕が叶えてみせます)


時也はそっとアリアの髪を撫で

その金糸のような美しさに心を癒される。


アリアは

その優しい手の温もりに一瞬だけ戸惑い

しかし拒むことなく

そっと頬を預けた。


微かに息を吐き

心地よさそうに目を閉じる。


「⋯⋯時也」


アリアが短く名前を呟くと

時也はその声に胸が震えた。


「⋯⋯はい」


ただそれだけの応えで十分だった。


アリアの心が少しだけ解けた瞬間を

時也は大切に胸に刻む。


喫茶桜の店休日。


何気ない朝食のひとときに

かけがえのない幸福が

確かに存在している。


それを守りたい――


そう強く思いながら

時也は再びアリアの背を優しく撫でた。


朝の陽光が窓から差し込み

五人の様子を優しく照らしていた。

紅蓮の嚮後 〜桜の鎮魂歌〜

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