テラーノベル
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「で、何で僕を買ったんですか?」
「欲しかったからだ」
答えになってないだろう、それ。
オークション会場でも思ったけど、この人、口数が異様に少ない。
ムスっとしてばかり。人間性が掴みにくくて困る。
陰気な人間は陰気な城に住むらしい。
この書斎に連れて来られるまでに、人間の骨が床に転がっていたり、血しぶきの跡が壁に広がっていたりした。
彼は椅子に腰掛け、机上に肘を乗せて指を組む。
「君は何を望む?」
「え?」
「何を驚いている?」
「いや、自由意志を問われるとは思わなくて」
人間と竜を混ぜた合成獣を作るとか、僕の血で魔方陣を描くとか、そういう用途で買われたものとばかり思っていたから。
僕が望むもの、か。なりたくないものは、”王子様”と決まっているけど。
「僕は、魔術師になりたい」
「無理だ」
即答された。
「アーノルド・グレイヴの従者であったなら、知っているだろう? 魔術師は悪の代名詞だ」
ノクスが新聞をパサリと置いた。
「今日紙面を飾った魔術師は三人。生贄のために処女の娘を攫った者、肉体強化の魔術の実験のため、拷問具にどれだけ耐えるか試したもの、研究費欲しさに商会に火を放ったもの……こんな奴らばかりの世界だ。他の悪党に虐められている者は生き残れない」
ノクスの声で分かる。
彼は別に意地悪で言っているんじゃない。
本当に、向いていないと思ってる。
事実として、歪んだ寵愛と嫉妬に苛まれている受け身の少女に、魔術師としての門戸が開いていないだけだ。
「でも僕は、魔術師になりたい」
「なぜ?」
「奪われたくないから。命も、尊厳も、全部全部、守れるだけの力が欲しい」
「君は私の所有物になった。何者にも奪わせはしない」
「自分の手で守りたいんだ」
ノクスがため息をついた。
「我儘はよしてくれ」
ノクスの声は大きくない、それでも僕の臓物を揺らす圧を感じた。吐き気が込み上げてくる。えずくような声が口をついた。
「……この程度で怯む人間に、魔術師の器があるものか。君は所詮、見た目ばかりの愛玩動物だ。君に魔術師としての価値はない」
ノクスの目にわずかな失望を感じる。この程度の圧、か。彼にとって僕は、予想以上のビビリに見えたらしい。
「……ロザリア様は僕のことが大嫌いで、何の根拠もなく、僕を犯人に仕立て上げた」
「……突然、何の話だ?」
「君の言う、魔術師として価値の話さ。黙って聞けよ」
吐き気は今も止まらない。
声が低く濁る。
胃が、強く波打つ。
「グレイヴの屋敷に、僕が犯人だと思ってる奴は誰一人いなかったよ。嘲りか憐憫の二択。根拠なく犯人にされた、哀れな生贄として僕を見てた」
胃液混じりの酸っぱい何かが舌を滑る。喉が焼ける心地がする。
「でもさ、根拠がないのは、正しさを保証しないってだけだろ?」
視界が揺れる。涙がちょっと出てるらしい。
「それは、間違っていることを意味しない」
直後、喉の奥から胃の中身がせり上がってきた。
両手で床をつき、嘔吐した。
王子様にあるまじき汚い声で、汚いものをぶちまける。
「……フレデリカには、いつか、謝らないとなぁ」
荒い息のまま、僕は、吐瀉物から賢者の石を掬い出す。
ノクスが目を見開いた。
「……は、あはは、何さ、その顔」
悪名高き再生の魔術師、魔術師の六大名家ネクロヴァルト家当主。命の法を捻じ曲げ、竜の死骸をその身に宿す狂人――そんな人が呆気にとられた顔をするなんて、なかなか貴重かもしれない。
饐えた匂いが鼻をつく。見目麗しい王子様は死んでしまった。ここにいるのはゲロにまみれた小娘だ。
でも、それでいいんだ。
もう、愛玩動物なんて言わせない。
「……僕、いや、わたしはまだ魔術師じゃないから、よく知らないけど……これって大事なものなんでしょ?」
ノクスの視線が揺れた。
わたしは、賢者の石を彼に向かって放った。机の上で石が軽やかに跳ねて転がる。
「弟子卒業までの授業料。足りない?」
ノクスが、静かに言う。
「君は自分が何を盗んだのか、分かっているのか? 今、六大名家の勢力図は完全に塗り替えられた。魔術師の世界が根底から引っくり返るぞ」
「難しい話はよしてよ。今、とっても気分がいいんだから」
「吐いたからか?」
「冗談!」
わたしは腹の底から笑った。下品な声ばっかり出る。でも不思議と心地いい。
わたしは両手を広げ、天を仰いだ。
「王子様なんて大嫌い! ずっとずっと世界を変えたかった! だから魔術師を望んだ。だって魔術師は、この世の理をぶち壊す力を探してるんだろ? ねえ、ノクス、君は命の法を捻じ曲げられるそうじゃないか。やり方を教えてくれないか?」
『悪魔は笑うとき、口元を隠すものだ』と、浮浪児だったころ地元のチンピラに教わった。今それをノクスに向けて真似てみる。わたし》は|両手の指を組んで、口元に添えた。
「わたしの価値は示した。だから次は、君の価値を見せてくれ」
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