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「な……!」
渡慶次が振り返るが、比嘉はこちらとは目を合わさずにスピーカーを見上げている。
『来てくれたら、好きなだけ女を抱かせてやるよ。こっちには、前園もいるぜ?』
新垣の笑い声が校内に響き渡る。
寝転がりながらポカンと口を開けていた比嘉は照屋を振り返った。
「誰だ、前園って」
「おいお前マジか。あのアイドル並みに可愛い女だろ」
「はあ」
比嘉はため息とも相槌ともわからない声を出した。
『お前さえ協力してくれるならちゃんと守るし、それなりの境遇は約束する。それに――』
新垣はたっぷりと溜めてから続けた。
『お前も渡慶次は嫌いだろ?』
口を開けながらスピーカーを見上げていた比嘉の目が、ゆっくり渡慶次に向き直る。
『――待ってるからな』
そう言うと、放送はブツンという音を立てて切れた。
「――あいつ、こんなときだってのにふざけやがって」
吉瀬が腹立たし気に言う。
「それで?まさかあんな誘いに乗るんじゃないだろうな」
そう続けて比嘉を睨む。
「……ん~」
比嘉は欠伸をしながら目を擦った。
「確かに美少女抱けるのは魅力的だな」
「おい……!」
出入口から玉城が叫び、
「ちょっとお!」
横から東が比嘉の腕を引っ張る。
「それに~、俺~、新垣が言うとおり~」
東が揺らすせいで、比嘉の声が歪む。
しかし瞳だけは渡慶次をまっすぐに睨んだ。
「てめえのこと、殺したいほど嫌いだしな」
「……そうかよ」
渡慶次は立ち上がった。
「別にお前に嫌われても何ともねえ。でももしお前が新垣のところに行くって言うなら……」
「ならなんだよ?」
比嘉もムクリと起き上がる。
「……全力で止める!」
渡慶次の言葉に、
「おもしれー冗談。どうやって止めるのか気になっちゃう」
比嘉が笑う。
「やめてよ、2人とも!」
上間が悲鳴に近い声を上げる。
「今はここで争ってる場合じゃないでしょ!」
渡慶次は比嘉を睨んだまま、周りに神経を集中させた。
比嘉だけじゃない。
脇にいる照屋も、渡慶次の背後にいる玉城も、渡慶次に対して臨戦態勢なのがわかる。
比嘉の取り巻き。
いや、忠実な下僕。
きっと比嘉が行くと言えばついて行ってしまう。
今ここで比嘉たち3人の戦力を失うのは痛い。
それどころか敵ともなれば驚異以外の何者でもない。
何とかしなければ――。
「……そっか。なるほど。その発想はなかった」
場違いな緩い声を出したのは、
「渡慶次のことが嫌いなら、新垣につけばいいんだ」
両手をパチンと合わせた知念だった。
「お前、何言って……」
渡慶次が振り返っても知念は比嘉を見ながら続けた。
「新垣のほうについて、女の子を抱いて。
味方してれる人も盾になってくれる人もいなくて、そのうち敵キャラに追い詰められて殺されるだろう渡慶次を眺めて笑う」
「……ッ。お前……!」
立ち上がろうとした渡慶次の腕を上間が掴んだ。
「それで一生、このゲームの中にいればいいんだね」
知念が無表情で比嘉を見つめる。
「……おい、陰キャ野郎。何が言いたい」
いつものニヤニヤ顔から一転、比嘉が殺気を醸し出す。
「新垣はゲームをクリアして、ここから逃げる気はないってこと」
知念は1ミリも臆することなく言い返した。
「このゲームでは敵キャラは散らせちゃいけない。逆に一つのところに集めないといけないんだ」
「……集める?」
隣で聞いていた照屋も眉間に皺を寄せる。
「そう。集めて、互いに殺し合わせる。それがこのゲームのクリア方法」
知念は目を細めた。
「ここまで見るに、新垣はキャラ同士の鉢合わせを避けようとしている。つまりはこのゲームをクリアする気がないんだ」
知念は膝を抱えながら比嘉に視線を戻した。
「いつまでもお山の大将でいたいっていうなら、止めないけど?」
「――――」
比嘉は黙って知念を睨み、体育館に沈黙が流れた。
「……てめえが」
口を開いたのは、比嘉でも、知念でも、もちろん渡慶次でもなく、
玉城だった。
「てめえが、本当にゲームクリアさせようとしてるっていう証拠は」
「……証拠?」
知念が振り返る。
「敵キャラを集めて、俺たちを一気に殺させようとしてんじゃねえのかってことだよ」
「………」
その発想はなかった。
渡慶次は知念の感情のこもらない顔を見つめた。
尚も玉城は続ける。
「てめえさあ、怪しいんだよ。普段は存在感のかけらもねえくせして、この世界に入った途端ペラペラペラペラ喋り出しやがって!
親父がこの狂ったゲーム作ったんだろ?それを使って虐められた腹いせに俺たちを殺そうとしてるんじゃねえのかよ?」
比嘉も知念を睨み落とす。
「ふう……」
知念は立ち上がると、パンパンと尻を叩いてため息をついた。
「わかった、もういい。俺は一人で行動す――」
言いかけたところで、
「待って」
平良が知念の腕をとった。
「……言ったよね。俺、2巡目だって。この流れはすでに知ってる!」
皆が平良に注目する。
「ええと、ここで拗ねた知念が体育館を去ります~。比嘉と渡慶次が言い合いから取っ組み合いになります~」
平良が人差し指を立てながら言う。
「吉瀬や照屋たちも応戦してカオスになります~。そこに……」
平良が瞼を震わせた。
「あの娘が来る……!」
「……あの娘?」
渡慶次が顔を曇らせると、
「……“舞ちゃん”?」
知念が平良を振り返った。
「そーお!!」
平良が人差し指を知念に向けた。
「最恐キャラの舞ちゃんになすすべなく、あっという間に渡慶次と上間さんは殺されて、続いて照屋と玉城も殺されます!」
平良がその人差し指を比嘉に向けた。
「結論!ここで知念を失っちゃ、死亡フラグバリバリよ!?」
「――――」
比嘉は大きく息を吸い、知念に視線を戻した。
「……悪かった」
その言葉に知念は唇を軽く結ぶと、
「…………」
腰を下ろし、また膝を抱いた。
「――共通認識を明らかにしておきたいんだけど」
気まずい空気の流れる体育館で沈黙を破ったのは吉瀬だった。
「比嘉たちもこのホラーゲームの世界からは抜け出したいんだよな?」
「――――」
照屋と玉城が比嘉に視線を送る。
「……たり前だろ」
比嘉は吉瀬を睨み上げた。
「それじゃあ、俺たち……というか、知念に協力してほしい。この8人の中で……いや、もしかしたらこのクラスの中で唯一、クリアの方法を知ってる知念に」
「……唯一?新垣ってやつだってプレイしたことあるんだろうが」
比嘉は顎を軽く上げながら、膝を抱えている知念を睨んだ。
「プレイとクリアは違うから」
知念が誰にともなく視線を伏せたまま言った。
「ドールズナイトは若者を中心にものすごく流行った反面、ユーザーから『難しすぎる』って苦情が相次いだゲームでもあったんだ」
知念は床の一点を見つめたまま淡々と話した。
「収拾がつかなくなって、親父は『創作者のメモ』という形で、各キャラの攻略法を公式サイトにアップした。
それでも苦情は収まらず、もう少し易しくしようかというところまで来てたんだけど、親父が死んでしまって……」
知念はゆっくりと視線をあげた。
「その頃から変な噂が流れだしてさ。このゲームは呪われてるって。だからアプリ会社はこのゲームを封印したんだ」
「……けッ。くだらねえ」
玉城が唾を吐き出した。
「とにかく」
吉瀬は咳払いをして続けた。
「つまり新垣は、ゲームの世界に残りたいように見える一方で、もしかしたらクリア方を知らない、あるいはクリアは難しいと鼻から諦めているのどっちかかもしれないってことだ」
比嘉の視線が吉瀬に戻る。
「新垣と一緒にいてもクリアはない。つまりは元の世界に戻れない。となればお前があっちにいくメリットってないだろ?」
「――――」
比嘉は吉瀬を見て、その後知念を見下ろし、さらに渡慶次を睨んだ。
その沈黙を肯定ととらえた吉瀬と渡慶次は、とりあえずは安堵のため息を漏らしながら、頷いた。
「もし――」
口を開いたのは上間だった。
「もし新垣くんが、知念くんの言葉を聞いたらどうなるんだろう」
「…………?」
皆が上間を振り返った。
「知念くんがクリア方法を知っているってことを、新垣くんが知ったら、もしかして協力しようってことになったりはしないのかな」
「――ないだろ」
渡慶次が笑うが、
「いや、可能性としてはゼロじゃない」
吉瀬は首を振った。
「もしそうならそうで都合がいい。クリアには校内放送は必須だから」
知念が無表情で言う。
「―――私、伝えてみる」
上間が立ち上がった。
「……はあ」
渡慶次はため息をつきながら立ち上がった。
「いくら何でも危険すぎだろ。一緒に行くよ」
「……ありがと」
「じゃあ俺も!」
平良が立ち上がり、
「交渉ごとは俺がやる」
吉瀬も続いた。
「知念、お前も来てくれるか」
渡慶次が振り返ると、彼は顔も上げずに行った。
「俺は、ここに残るよ」
「……なんでだよ?」
渡慶次が眉間に皺を寄せる。
「2巡目だっていう平良の話が本当なら、ここに舞ちゃんが来るってことだよね」
知念はやっと顔を上げて、渡慶次と平良を交互に見た。
「あ、ああ……でも……」
平良は両腕を抱えて身震いをした。
「あいつに会ったら終わりだぜ?」
「……終わりか」
知念は口の端を上げた。
「大丈夫。俺は、彼女の攻略法を知ってる」
「攻略法?」
皆が覗き込んだ中心で、知念は口を開いた。
「“舞ちゃん”の攻略法は―――」