コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
只今、絶賛自己嫌悪中。
親子である事を言うか言わないか、決心がつかないまま、私は美優と元カレ将嗣と三人で買い物をする羽目に陥っている。
駐車場まで、ドラッグストアの荷物を運んでもらった時に、その後の買い物にも付き合うと言われたのを上手く断れなかったからだ。
食料品売り場の入口は、お客様感謝デー・広告の品の野菜が段ボールで詰まれ、どれでも1つ48円で売られていた。自分で好きな野菜を自分で選んで必要な数だけビニール袋に入れられるシステムだ。
買い物カートへ娘を入れて野菜を選ぼうと娘を抱え直した時、将嗣が手を差し伸べふわりと笑う。
「良ければ、俺が子供抱いているよ。その方が買い物しやすいだろ?」
「えっ!本当?」
「あまり抱いた事がないから、泣かせちゃうかも知れないがそれでも良ければ、抱いているよ」
将嗣の意外な言葉に驚きで目を見開く。
「名前は、なんて言うの?」
「美しいに優しいで、みゆう」
「そうか、美優ちゃんおいで」
手を伸ばした将嗣、その腕に美優を手渡した。
娘・美優が実の父親に名前を呼ばれ抱いてもらった瞬間だった。
おっかなびっくり娘を抱き上げる将嗣に、少し緊張した表情の娘・美優。
どうしよう、涙が出そう。
美優が将嗣に抱っこしてもらえるなんて、少なくとも娘が大きくなった時に『あなたは実の父親に抱っこしてもらった事があるのよ』って言ってあげられるんだ。
想像していた以上に感激で胸が熱くなる。
ふたりを見ていると親子である事を黙っているのは、大変罪深い事だと思った。例え、どんな結果になろうとも将嗣には、真実を打ち明けるのが正解な気がする。
この初めての様子を心に止めて置きたくて、携帯電話のカメラでパシャリと写メを撮った。
「なに?いきなり写真なんか撮って」
と将嗣が照れたように笑う。
「だって、緊張している顔が面白くて」
「やっと、笑ったね。夏希は俺と会ってからずっと怖い顔をしていたから、笑った方が可愛いよ」
「お客様感謝デーのスーパーの店頭で、こっぱずかしい事を言わないでよ」
「いや、思っていた事言っただけだから」
なんだか、恥ずかしくて顔が熱くなる。赤くなった顔を隠すように視線を落とし、野菜を手に取り袋に入れた。
付き合っている時は、優しくて少し強引で大好きだった。ただ、私に結婚していた事を言わなかった。自分が浮気相手にされていたなんて、凄いショックだったし。浮気をする人なんて、信じられないとすっぱり別れた。
だって、父親の浮気にいつも泣いていた母親を見て育ったのだ。いつも我慢して影で泣いていた母。だから浮気は悪い物だと思っている。
浮気をする父を許せなかったように浮気をする男は許せない。この図式は、トラウマとなって私の心の奥にある。
でも、大人になるに連れて、夫婦の間にも色々な事情がある事も理解はしている。
将嗣の家庭にも色々な事情があったのかもしれない。
将嗣が子守りをしてくれるから、いつもよりゆっくり商品を選べる。
お肉コーナーに立ち寄り、特売の鶏肉を吟味していた。
一生懸命に選んでいると、高級黒毛和牛薄切りが勝手に私の買い物カゴの中に入っている。
あれ? 入れたつもりは無いのに間違え入れちゃったのかな?
なんて事は無い、犯人は将嗣、お前だ!
キッと睨んで棚に戻そうとすると、横から声がする。
「俺が買うんだから入れて置いて、今夜は黒毛和牛のスキヤキ♪」
くそ~。母子家庭の切りつめた財政をなめんなよ。そんな高級食材なんて、2年は食べていないわ。
「俺ん家、この上だけど食べに来る?」
そう言って、まだ将嗣は私の事をチラ見する。
そうだ、コイツこの上のタワマンに住んでいたんだ。でも、家に上がり込むのってどうなの?
私が考えあぐねていると声が掛かる。
「もらった紫青堂パーラーのチーズケーキが、冷蔵庫にあったなぁ」
うっ、濃厚な味わい、1本3500円もする高級チーズケーキ。あれ、大好きなんだよね。
コイツ、さすがに人の弱い所をついてくるなぁ。
「夏希が来るなら黒毛和牛を追加しようかな?」
と、返事待ちされる。
これは、もう、負けました。
「ご馳走になります」
私は、負けた。己の食い意地に完全なる敗北。
いや、これは話をするチャンスなのだ。
と、言う事にしておこう。