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「はー、美味かった。スキヤキって、一人じゃ食べないから今日は助かったよ」


チャッカリ、ウッカリ、上がり込んだ将嗣の部屋で、高級黒毛和牛のスキヤキをご馳走になったにも関わらず、何故か本日のスポンサーから、お礼を言われている。


「こちらこそ、ご馳走さまでした」


「チーズケーキ切る?」


「今、無理、まだ入らない」


「じゃあ、帰りに持って帰っていいよ」


やばい!将嗣が、めっちゃいい人に見えてきた。食べ物につられまくっていない?

ハッと我に返って立ち上がる。


「ごちそうになったお礼に片付けぐらいさせて」


「ありがとう。じゃあ、俺は美優ちゃんと遊んでるよ


私がキッチンで食器を片付けている間、将嗣は美優を見ててくれている。

今は『高い高い』をして、キャッキャッと美優も大はしゃぎだ。


子供は嫌いじゃないと言っていた将嗣だったけど、まさか、いま抱いている子供が自分の子だとは思わないだろう。


そう言えば、美優は普段人見知りが激しいのに将嗣には平気だなんて不思議だ。


食後のお茶を入れ、テーブルの上に置いた。

そして、深呼吸をしてから言葉を吐き出す。


「将嗣、話をしましょう」


将嗣から美優を受け取る時に視線が合い、思わず後ろめたさのせいか目を逸らしてしまった。

テーブルを挟んで向かい合わせに腰を下ろすと、緊張が高まる。

暫し、ふたりの間に沈黙が落ちた。

先に話を切り出したのは、将嗣だ。


「夏希、あの時は、すまなかった」


将嗣はテーブルに手を付き頭を下げた。

私は、なんと返事をして良いのか分からず複雑な思いで見つめていた。


「俺が、結婚していた事を隠していたのは悪かったと思っている。 実は、俺の結婚生活は始めから夫婦として破綻していたんだ」


「えっ?」


「勤め先の歯科医医院の院長に気に入られ、院長の娘と引き合わされた。将来の跡継ぎとして嘱望され、話がトントン拍子に進んだ。妻となった医院長の娘・亜矢も乗り気に見えたし、美人だったし、当時、恋人もいなかった俺に、結婚の条件としては申し分ない相手だった。新婚旅行から帰ってきて、新居で暮らし始めたら亜矢の態度が一変して、なんて言われたと思う?」


「え? 新婚旅行から帰ってきて?」


そんなの、やだ、夜の相性が悪かったの? 将嗣失敗しちゃった? あれ? 私の時は問題なかったよね。って、いうか、そんな事。私に言わせんの?


将嗣を見ると真剣な眼差しでこちらを見ている。

うーっ。変な事言いたくない……。


「わかりません」


将嗣は、小さく息を吐き出してからポソリと呟いた。


「亜矢は、” 恋人がいるからもうアナタとは寝れない ”と言ったんだ」


「えっ!?」


「だよな、俺も驚いたよ。まさか、新婚旅行から帰ってきてそんな事を言われるなんて、思いもよらなかったよ。でも拒絶されたらどうしようもない。その日から寝室は別々で、ただの同居人になった。離婚も考えたけれど、亜矢が親の手前、離婚したくないと言い張って、自由にしていいからと懇願されたんだ。で、ズルズルと3年も結婚生活を続けている時に夏希と出会った。バカだよな。あの時、離婚しておけば良かったよ。実の無い結婚をして、好きな人と別れ事になるなんて、本当にバカだった」


「歯科医院の跡継ぎに目が眩んだツケだね」


キツイ言葉かも知れないが、私だって、既婚者だと知っていっぱい泣いたんだから……。


「そう、いずれ後を継ぐつもりで結婚したのが、そもそもの間違いだったよ。俺は、何が大事か分かっていなかった。俺が既婚者だと知った夏希が凄く怒って、いっぱい泣きながら怒って、連絡も拒絶され会えなくなった。その後、ぽっかりと気持ちに穴が空いてしまってから、やっと、気が付いたんだ。自分にとって何が大事かって……」


将嗣は眉根を寄せて、涙をこらえているようにも見えた。


色々な夫婦の形があるからその辺は何とも言えないけど……。


私は、不倫は許せないし、自分がしたいと思った事は無かった。それに自分が知らないうちに不倫をしていたなんて想像もしていなかった。どれだけショックだったか……。


不倫した理由は分かったが、それでも何か心の中にしこりが残った。


「手遅れかも知れないけど、やっと離婚したんだ」


将嗣は、悲しそうにフッと微笑む。

将嗣の酷く落ち込んだ様子を見て、この後、自分の話をして大丈夫なのか心配になる。

だから、慰めの言葉を口にした。


「人生色々あるけど、頑張る前に諦めて楽をしたら手に入る物も手にはいらなくなるんだよ。諦めないで頑張ってみれば?」


将嗣は、一縷の望みを見つけたかのように私を見つめる。


「手遅れだとしても?」


「諦めたらそこで終わりだけど、諦め無かったら終わりじゃないんだと思う」


と、言ったところで大人の話に水を差すように美優がぐずり出した。


「ごめんね。ちょっと待って」


そろそろオムツも替えないといけないタイミングだったので、ソファーの上にバスタオルを敷いてオムツを変えた。


それでもご機嫌が悪い、眠くなってきた様子でしきりに小さな手を口の周りに持って行きフニャフニャ言っている。




こ、これは……。


朝倉先生の前で授乳をした事が、デジャブのようによみがえる。

元カレだからと言って一年半前に別れた人の前でおっぱいあげるって、どうなの?

美優は、すでに限界を迎え私の胸に向かって顔を摺り寄せ、フギャフギャ言い始めた。



ぐっ! さあ、覚悟を決めろ。


「ごめん、美優におっぱいあげていいかな?」




あああぁあああー!(心の叫び)

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