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ドアの開く音と共に、息を切らしたらんが駆け込んできた。
「みこと……!」
目に入ったのは、すちに抱きしめられ、肩を震わせるみことの姿だった。
らんは一瞬言葉を失い、驚きの表情で二人を見つめる。
すちはみことの肩を優しく抱きしめたまま、落ち着いた声で経緯を説明する。
「さっき送った通りなんだけど授業中、みことが教師に乱暴に腕を掴まれて、昨日の傷が開いたから手当した。 クラスではいじめもあるみたい」
らんは目を見開き、すぐさま怒りのような表情に変わる。
「……それで……?」
すちは短くうなずき、続けた。
「今日の授業は出さず、俺が一緒に過ごすよ」
「……わかった。なつにも共有しとく、放課後集合な」
すちは肩越しにみことを見つめ、軽く微笑む。
「大丈夫だよ、みこちゃん。俺ら兄に任せて」
みことは無言で小さく頷く。
すちに抱きついたまま、ほんの少しだが安心したように震えが収まっていった。
らんもそっと二人に寄り添い、保健室の空気は少しだけ温かく包まれた。
手当を終えた二人は、静かな屋上に足を踏み入れた。
風が柔らかく髪を揺らし、遠くの校舎の音が微かに響く。
すちは日陰のベンチに腰を下ろし、鞄からスケッチブックを取り出した。
「……今日はゆっくりしようね」
呟きながら、鉛筆を走らせる。
みことはその真横に腰を下ろし、少し不思議そうにスケッチブックを覗き込む。
しばらく無言で、ただすちの動きを見つめていた。
そして、突然。
みことはふと、すちの肩にもたれ掛かるように身を寄せた。
普段は見せないその距離感に、すちは一瞬手を止める。
胸の奥に小さな高鳴りが走った。
(……懐いたな)
心の中で微笑みながらも、鉛筆は止めず、スケッチブックに向かった。
鉛筆の走る音と、風のざわめきだけが屋上に響く。
みことは無言のまま、しかし安心したようにすちの肩にもたれ、微かに体を揺らす。
すちはその背中をそっと撫でながら、描き進めた。
線が紙の上に積み重なるたび、胸の奥には愛しさがじわじわと広がる。
「……絶対に守るから」
小さく呟き、描く手を止めずに、ただそっと隣にいるその体温を感じ続けた。
夕暮れの光が校舎を柔らかく照らす中、屋上の扉がゆっくりと開いた。
「すち、大丈夫か?」
らんの声とともに、ひまなつも心配そうに顔を覗かせる。
「大丈夫だよ」
二人の姿を見たすちは、すぐに顔を上げ、手を振った。
しかしみことは、まだ心の距離が縮まっていないらしく、すちの背中に体をぴったりとくっつけたまま、そっと後ろに隠れる。
視線だけをらんとひまなつに向けるが、目は不安そうで、体は硬直している。
「……みこと?」
ひまなつが柔らかく声をかけるが、みことは反応せず、ただすちの肩に顔を埋める。
すちは背中越しに、みことの肩を優しく撫でながら、落ち着かせるように言った。
「…どうしたのかな。何かあった…?」
みことは小さく息をつき、徐々に肩の力を抜いたが、それでもまだすちの後ろに隠れたまま。
ひまなつはその様子に一瞬驚くが、すぐに深く頷く。
「……そっか、まだ慣れてないんだな」
「無理させる必要はない、少しずつでいい」
らんも微笑み、そっと近づいて屋上の空気を和ませた。
三人の温かい視線を感じながら、みことはすちの背中に身を委ねたまま、少しずつ安心を取り戻していく。
すちはその背中を撫で続け、鉛筆やスケッチブックを一旦置き、穏やかな時間を一緒に過ごすことを選んだ。