「お久しぶりです、村長さん」「ハヤセル殿、今年も小麦を買い付けに来てくださったのですね。毎年毎年ありがとうございます。ハヤセル殿の教えのおかげで彼、シュリメルドも町商人として数々の商談を成功させてくることができました」「いえいえ。それは本人の頑張りであって私が何か言えることでは」「そんなことはございません。貴方はもう少し自分に自信を持ったほうがいい」「そうでしょうか?」「えぇ、そのお礼と言ってはなんですが今日は心置きなく好きなだけ食べていってください」「申し訳ありません、そんな」「いえいえ、私がしたいことですので」シュリメルの方に目をやると目を背けられてしまった。本人も大分止めようと頑張ってはいてくれたようだ。「では、お言葉に甘えて」「えぇ、好きなだけ食べてください。失礼ですがお酒は?」「今日はやめておきます。明日も朝が早いですから」「そうですか。では、酒はまたの機会に」「えぇ」それからは村の状態やここ最近の売れ行き、土産話などたくさんの話をした。すっかり疲れ切ったおれはなるべく早く宿に戻り明日に備え眠りについた。
商人の朝は早い。日が昇る前には着替えと食事を済ませ日の出とともに荷馬車を走らせる。今日は随分と早く起きてしまったものだから川へ湯浴み用の水を取りに行った。川のせせらぎに耳を傾けまだ太陽の昇っていないもののうっすら明るくなり始める地平線を見つめた。薄い霧が辺りの景色をぼかす。この瞬間にしか感じられないこの空気が俺は好きだ。川の水を汲み終わり宿に戻ろうと森の方へ目をやるとそこには人と同じくらいの大きさをした三毛猫が体を丸めていた。少し近づき目を凝らしてみてみるとこれは三毛猫ではなく少女だった。三毛猫のように見えたのは白い布の断片と泥まみれの姿だったからだ。ここで俺は2つの考えが脳裏をよぎった。服を用意してやり風呂に入れ、飯を食べさせそのまま奴隷として売るという考えとシュリメルと同じように旅の連れにするという考えだった。しかし奴隷売買は現実的なものではなかった。どちらにせよ服を用意してやり風呂に入れ、飯を与えるところまでは同じなのでひとまずは連れて帰ることにした。「君どうしたの?こんなところで」少女は大変不機嫌そうな目をしてこちらを睨みつけてきた。起こされたことへの怒りか、惨めな姿を馬鹿にされると思ったのかは未だにわからない。ただ一つわかるのは俺のことをよくはないと思っているということだった。「俺の名前はハヤセル。ハヤセル・ゼルディアだ」「リーニ」不機嫌ながら少女は答えた。「リーニか…いい名前だな」「そう?で何のよう?」「いや?こんなにかわいい子供がボロボロの布切れに泥まみれの格好だなんてあまりにもかわいそうだったものでうちで飯でも食べないか?と聞こうと思っただけだ」「行く」予想外の返答に俺の方が戸惑ってしまった。よほどお腹をすかしているのだろう。ひとまず俺はリーニをシュリメルの家に連れて帰った。「どういうつもりだハヤセル」「どうもこうも、見つけちゃったんだから放って置くわけにもいかないだろ?」「にしても何で連れて帰ってきた後に許可を取るんだよ」「それは申し訳ないと思ってる」「じゃぁ捨ててくるんだな」「それはもったいないだろ?奴隷にして売るもよし、俺らの奴隷としてもよしどちらに転げようとも俺たちの得だ」「そういう考えは割とすぐに崩れ落ちるってどうしてわからない?」「わかってないわけじゃないよ。ただ損はしないって話だ」「商売にとって損得勘定は1つの判断材料にすぎない。それに私生活の出会いを商談になりそうだ、って理由ではかるとどうなるか、わかるよな?」「商談前の目安はスポーツ大会で言うエントリーしていない種目の練習と同じ。その段階では価値を生まない」「わかってるならいい」「じゃ風呂に入れてくるな」「今の話を踏まえての行動か!?」正直俺はこの少女については損得だけで動いている気がしなかった。昔ただ普通に生活していた少年が今そこにいる少女と重なっているかのような。そう思ってか損得関係なくこの少女を助けたいと思ってしまっていた。奴隷にして売るなど家へ連れて行くための自分を説得させるための言い訳だったのかもしれない。「飯美味しいか?」「うん」小さく頷く少女に「食べ終わったらお風呂入りな服買ってくるから」「わかった」そう言い残し風呂に入ったはいいものの今の俺には時間が無い。明日の朝までに荷馬車で半日かかる隣町の市場で小麦をパンにして1500金貨以上で売らなければならない。そのために今日の遅くても日の出の1時間後にはここを出なければならない。そもそもこんな朝早くから開いている服屋なんてあるのだろうか?そうこうしているうちにリーニが風呂からあがってしまった。「服」「あぁわかったちょっと待ってて」俺は慌てて自分の荷物から1番小綺麗な服を用意して渡してしまった。「ありがと」「うん」気まずいここまで想定していなかったのはこちら側のミスだ。とにかく服は町に行ってから新しいものを買うということにして自分を落ち着かせ一度シュリメルのもとへ向かった。
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