「おい、そこまで嫌うことはないだろう」
1Fに着いて短距離走者さながらのスタートを切ったつもりだったが、さすがにヒールではたいしたダッシュもできず、営業で足を使っている茂には到底勝てなかった。
ロビーであえなく腕を捕まれてしまった。
「とりあえず、腕を放してもらえる?誰かに見られて変な噂を立てられても困るし。それとも、あなたが言いふらしてるの?」
あわてて腕を放した茂をのこして歩き始める。
「噂?オレが何を言いふらすって?」
「私と北山くんが別れたって話が随分と広まってるみたいだけど?あの場に居たのは私と北山君と北山君の新カノでしょ」
振り返ることも立ち止まることもなく歩きながら言い放つが、茂は斜め後ろをしっかりキープしてついてくる。
「何も言ってない、それにもう一人いるだろ。大島だって知ってるはず」
「賢一はそんな事は言わない、それならあなたの新カノじゃない。くだらないことを言いふらすなって教育して」
「新カノって、付き合ってないし」
「へぇ~付き合わなくてもヤルことはヤルのね」
「それは・・・」
マズい、言い過ぎだ。これじゃ、私がまだ茂にこだわって居るように思われるかも。
「今のはスルーして、あなたが何をしようがもう私には関係ないから。じゃあ、もう話をかけないで」
早歩きで差を広げようと思ったが
しっかり隣に並んでいる。
「ついてこないでよ」
「オレも駅に行くから」
別れたと話が広がっているところにこんな所を誰かに見られたら、また佐藤さんにいいネタを提供しそうでうんざりする。
結局、無言で二人並んで駅まで歩くハメになった。