「…なんで、おいよが…」
会いたくなかった。もう会えなくなることを決別した時に覚悟した。それなのに、なぜこいつはここにいる?
「お前を迎えに来たって言っただろ」
黄色のパーカーに緑色の髪、赤いマフラーを巻いた彼は、紛れもなく俺の部隊『ら民』隊長、おいよだった。
「らっだぁ、ここから出よう」
「…よく、入って来れたな。警備えぐ強いはずなのに」
「俺らも成長してんの。俺らと運営とお前が力を合わせれば、お前の行方をくらますことなんて朝飯前なんだよ」
「そっか、すごいなぁ」
「だかららっだぁ、俺の手を取れ」
「……ごめんね」
珍しく真面目な顔でこちらに差し出された手を振り払えば、その整った顔が歪む。そんな顔をさせたかったわけではないのに、とその頬に手を伸ばせば今度はこちらが振り払われた。
「なんっでだよ!!お前はこんな所にいていい人間じゃないの!!なのになんで…」
初めこそ怒鳴り声だったが、続くにつれて泣きそうな声に変わっていくのが心を締め付ける。
「おれ、は…俺は、ここがお似合いだと思ってるよ、俺は罪人だから。罪人は、牢屋にいるのが普通でしょ?」
「お前が罪人なら俺らも罪人だよ。お前が無駄に俺らの罪も背負ったから、お前はこんなところにいるんだ」
どれだけ拒否しても諦めないという強い意志がおいよから感じ取られる。無意味なのに、そんな無意味なことに苦しまないで。
「……らっだぁが出ないなら、俺もずっとここにいる」
「は!?ダメに決まってんじゃん、侵入で捕まっちゃう…」
「お前を連れ出す係の俺と、監視カメラを止めてくれてるべいちゃん、そして外で待機してる数人のら民。
…らっだぁ、選んで。俺たちを巻き添えにここで死ぬか、俺たちと一緒に逃げるか」
その目は今までで1番真剣だった。ここで俺が選択を誤れば本当に死ぬ気でいるのだろう。そんなのずるいじゃないか、俺はお前らをここに入れたくなくて自分から入ったのに、お前らがここに入ろうとするのは、卑怯だろ。
「……俺は────」
「……ん、…いっだぁ!?」
コンクリートに寝転がされていたせいか体中が痛い。羽毛布団に寝かせろよふざけるな。
「…あ、おはよう。ごめんね、殴って」
目を開けると、前には申し訳なさそうにこちらを覗く緋色。殴られたのはこっちなのに、罪悪感が湧くからそんな顔をしないでもらいたい。
腕と柱を縄で縛られているためあまり身動きが取れないが、できる限り辺りを見渡す。薄暗く、必要最低限の灯りだけがつけられた室内。どこかの廃工場にでも連れてこられたか。その他、「ら民」と呼ばれるであろうたくさんの人々。四色の運営。その中心には、あの青色がいた。
「らっだぁ」
「……ごめん、ぐちつぼ」
見えた瞬間には怒りをぶちまけてやろうと息巻いたのに、その表情を見てその気は失せてしまった。どうしたら良いかわからないと言うような、巻き込んで申し訳ないと言いたげな、色々な感情が複雑に絡まっているのだろう。とにかく苦しそうな表情を浮かべていた。
「ぐちつぼ、今からお前に選択肢をやる」
「1ツメ、オレらに従ってスパイにナル。2ツメ、オレらに反抗して殺サレル。どっちがイイ?」
「……どっちも嫌」
「その選択肢を俺たちが許すと思う?」
思わない。でも俺も死にたくない、この人達がものすごく強いことは承知の上だが、俺にも事情があるのだ。そこは理解して頂きたいものだな。……それに、スパイになるのはそもそも不可能なのだ。
「アンタらは知らないかもしんねぇけどな、俺らの身体にはGPSが組み込まれてんだよ。だから俺がいなくなった時点で国は俺の場所をわかってるし、もうここへ向かっている…筈」
「…………どうする?こいつ、殺すか?」
きょーさんはこちらに背を向け、それがただの単純作業であるとでも思わせるような口振りで言った。そこには重みも躊躇いも微塵も含まれていない。
「…そう、だな…ぐちつぼには悪いけど、知っちゃったからにはこちらに着いて貰わないと殺すしかなくなる…」
「………殺すなら、俺がやる」
「みどりが?」
「ウン。サボサンはオレの教え子ダシ。オレが責任取るヨ」
「………………待って、よ」
俺を殺害する計画を練っている中、か細く震えた声が響いた。その声の主はもちろん、青色の、今や少し濁ってしまったサファイヤだった。
「ぐちつぼを、殺すのは…なんか、俺が嫌だ」
「でも殺さんと俺らが大変になるんやぞ?」
「それでも…俺、ぐちつぼのこと結構気に入ってるんだよ」
「…らっだぁ…」
「………だから、ねぇ、ぐちつぼ。俺らと来てよ、多分退屈しないし、きっと今より強くなれる。実践で教えてやることもできるよ」
「………ふ」
らっだぁの顔が必死過ぎて、思わず笑いがこぼれてしまった。みどりくんには睨まれたけど。
「…悪いな、らっだぁ」
「ぐち───」
「ジャアもうこいつ必要ないヨネ」
らっだぁが俺の名を呼び終わる前に、みどりくんが俺とらっだぁの間に立った。認識した次の瞬間、身体に衝撃が走って意識が飛びかける。
「…ゴフッ…いっ、たぁ…せめて、やるならちゃんとやれ、よ…ゲホッ」
「…思ってたより丈夫ダネ」
大丈夫、次はちゃんとやる と声が聞こえたときにはもう振り上げられた腕が見えた。暗転した視界の中でドサッと自分の体が横たわったことを感じる。大丈夫と言われただけあって、本当にダメそうだ。
死にたく、ないな
コメント
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ツラタン・・・