暫(しばら)く歩を進めた一行の前に巨大な岩とも骨ともつかない彫像の門が聳(そび)え立っていた。
何とは無く、左手を添わせながら通り過ぎたコユキが隣を歩いている善悪に言う。
「それにしてもアンタ、とんちが利いていたじゃないのぉ! ああ言えばアルテミスちゃんがストゥクスに向かうと思って言ったんでしょう? やるわね」
善悪が答える。
「んん? いいや、別に嘘は言っていないのでござるよ! ストゥクスまで行ったら本当にクロシロチロが河原を駆けまわって無邪気に追いかけていたのでござるよ、カルラをね! ほら、奇麗な女性でござろ? 異論は認めないのでござるよ」
「ああ、なるほどね…… 生きてると良いわね、口白とカルラ…… あの娘って見境ないからさぁ……」
「まあまあコユキ殿、余・計、な事はこの際良いのではないでござるか? ほら、見えて来たでござるよ! あれが氷の宮殿でござろ?」
「よ、余計…… ま、まあそうね…… うわぁ、成金趣味ぃ! ね? 嫌らしくないぃ?」
「で、ござるな……」
一聞(いちぶん)では純白一色の氷で出来た荘厳な宮殿をイメージする所だが、永遠の氷雪に包まれたこの場所では、氷イコールありふれた最強建造素材としか見られていなかったのであろう。
その事の証左に、コユキと善悪の前に聳え建った氷の宮殿は、氷塊のブロックのそこかしこに、金や銀、赤や青、緑や黄色やピンクや紫、色鮮やかな宝玉で飾り付けられた壁面の姿を、一行の前にその威容を曝(さら)け出していたのであった。
コユキは言う。
「ねぇ、こう言うのって氷だけだから格好良く見えるんじゃぁないのん? 何でこんな余計な色の宝石を入れちゃうんだろうね? 善悪ぅ!」
善悪が反対側の壁から手を放し、少し先の煌びやかな建物に手を翳(かざ)しつつ答える。
「うーん…… ダサいよねぇ…… んまあ、そんな所がサタンのサタンたる所以(ゆえん)じゃないのぉ? まあ良いでござろ! 今考える事はアスタとバアルが彼(か)の大馬鹿、センス無しのサタンを喰らう前に辿り着き、レグバ達の計画を完遂するっ! それだけでござろ? 行こうよっ! いざッ、死地へぇっ!」
「そうねっ! 行こう善悪っ! いざ死地へぇっ!」
「おうっ!」
そう答えた善悪は雪原の先に見えた悪趣味な宮殿に向けて除雪車ヨロシク猛スピードで走り始めたのである。
数メートル後ろを追うコユキは、いつも通りススススーッと体を上下させずに滑らかな移動をしているのであった。
それ以外のメンバーは雪に足を取られたり、アイスバーンで在らぬ方向に吹き飛ばされて思うように進めない様である。
一気に宮殿の入り口まで肉薄した善悪は、突然その足を止めて入口上部を見上げたのである。
数メートル後ろを付いてきたコユキは善悪の背中に激突し、後方にバレル横転してしまったが、幸い肉に覆われていたお陰で怪我をせずに済んでいる様だ。
起き上がったコユキは善悪の背中に抗議の声を上げる。
「なによ善悪! 急に立ち止まったら危ないじゃないのよ! 止まる時は止まるって先に言いなさいよね、全く!」
善悪は入り口の上を見つめたまま、更に指をさして答える。
「あ、ああ、申し訳っ、でござる、だってアレが目に入っちゃったのでござるよ、ビックリして止まってしまったのでござる……」
「アレ?」
首を傾げた後、善悪が指示した先、両開きの入り口上部に視線を移したコユキは唸るような声を出す。
「ぐっ~、こ、これは無いわね、流石に…… 何で書いちゃったんだろう、『氷の宮殿。』って…… しかも漢字で」
善悪は指さしたまま唖然とした表情のままで呟きを返す。
「それにカタカナのルビまで振ってあるとは…… 『リョート・パレス』だって…… だせぇ……」
コユキは視線を善悪に戻して、キッとした物に変えて言葉を重ねた。
「それ所じゃないわよ善悪っ! 平成初期の想い出、句点が付いちゃってるわよっ! ヤバいわよっ! ダサい云々の話じゃ済まないわよアンなのっ! ふーっ、どうやら狂ってるみたいね、サタナキアって……」
「うん、だせぇ……」
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