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数日後。
阿部は事務所へ相談した。
ただし。
あのスタッフのことは言わなかった。
番組側で少し気になることがあって、この先も続けるのが難しい。
そう曖昧に伝えた。
事務所から何度か理由を聞かれたけれど、阿部はそれ以上詳しく話さなかった。
幸い、長く続けていたレギュラーではない。
スケジュールの調整も可能だった。
結果。
阿部はその番組を降りることになった。
自分の仕事は一つ減る。
今後、似た仕事へ呼ばれにくくなる可能性だってある。
それでも。
目黒やメンバーにまで影響が出るよりはいい。
そう思った。
あの人と会わなくて済むなら。
それでよかった。
仕事用のスマートフォンに残っていた番号も着信拒否にした。
これで終わる。
もう大丈夫。
そう思いたかった。
実際。
番組を降りてから、あのスタッフと顔を合わせることはなくなった。
電話も来ない。
プレゼントもない。
仕事先で待たれていることもない。
何も起きていない。
それなのに。
怖さだけは残った。
夜。
阿部は玄関の鍵を確認する。
一度。
ちゃんと閉まっている。
リビングへ戻る。
でも数分すると、また気になる。
玄関へ行く。
鍵を見る。
触る。
閉まっている。
窓も確認する。
ベランダも。
カーテンも閉める。
「……大丈夫」
小さく呟く。
それでも。
ソファへ座って少しすると、また玄関が気になる。
物音がした気がする。
気のせいなのは分かっている。
でも身体が勝手に反応する。
阿部はまた立ち上がった。
目黒の映画撮影が始まってから、帰宅は遅い日が続いていた。
主演ではない。
それでも拘束時間は長く、朝から夜まで現場にいることも多い。
阿部は一人で先に寝ようとする。
ベッドへ入る。
電気を消す。
目を閉じる。
でも。
眠れない。
玄関の方から音がした気がする。
目を開ける。
静か。
スマートフォンを見る。
まだ目黒から帰るという連絡はない。
「……」
また目を閉じる。
でも。
眠れない。
結局。
リビングへ戻る。
テレビを小さな音でつけて、ソファへ座る。
目黒が帰ってくるまで。
ただ待つ。
日付が変わった頃。
玄関の鍵が開く音がした。
阿部の身体が一瞬跳ねる。
でもすぐに。
「あべちゃん、ただいま」
聞き慣れた声。
それだけで、身体の力が抜ける。
「……おかえり」
目黒がリビングへ入ってくる。
ソファに座っている阿部を見て、少し眉を寄せた。
「まだ起きてたの?」
「うん」
「明日早いでしょ」
「大丈夫」
目黒は鞄を置きながら阿部を見る。
「最近ずっとじゃない?」
阿部が目を逸らす。
「何が?」
「俺が帰ってくるまで起きてる」
「たまたま」
「毎日?」
阿部は笑った。
「寝つき悪いだけ」
目黒は何も言わなかった。
ただ。
少し心配そうに阿部を見る。
別の日も。
また別の日も。
同じだった。
目黒が帰ってくるまで眠れない。
帰宅する音がして。
目黒の声を聞いて。
玄関の鍵が閉まったのを確認して。
ようやく安心する。
そのあと目黒と一緒にベッドへ入ると。
不思議なくらいすぐ眠れた。
目黒も。
それに気付き始めていた。
その夜。
目黒の帰宅はいつもより少し早かった。
「ただいま」
「おかえり」
阿部は今日もリビングにいた。
時計はまだ十時前。
目黒は少し安心したように笑う。
「今日はまだ早かった」
「うん」
「寝てなかったけど」
阿部が苦笑する。
「別に待ってたわけじゃないよ」
「ほんと?」
「……半分くらい」
目黒が笑う。
「半分は待ってたんだ」
阿部も小さく笑った。
二人で寝室へ行く。
阿部がベッドへ入ると、目黒も隣に横になる。
最近。
阿部は以前より目黒の近くで寝るようになっていた。
目黒が少し離れると、自分から寄ってくる。
腕を探すように触れる。
今日も。
阿部は目黒の胸元に身体を寄せた。
目黒が背中へ腕を回す。
「眠い?」
「うん」
「今日は寝れそう?」
「めめいるから」
何気なく出た言葉。
目黒の手が少し止まる。
「あべちゃん」
「ん?」
「最近、何かあった?」
阿部の身体がわずかに固まる。
「……何もないよ」
「ほんと?」
「うん」
目黒はそれ以上聞かなかった。
ただ、阿部の背中をゆっくり撫でる。
しばらくして。
目黒が静かに話し始めた。
「俺の撮影」
「うん」
「もうすぐ終わるよ」
阿部が少し顔を上げる。
「ほんと?」
「うん」
「主演じゃないから、俺の撮るところはあと少し」
「そっか」
「終わったらしばらく今よりは時間できると思う」
阿部はその言葉を聞いて。
安心したように息を吐いた。
目黒はその表情を見逃さなかった。
「嬉しい?」
「うん」
「そんなに?」
阿部は答えず。
また目黒の胸元へ顔を埋めた。
眠気が少しずつ強くなってくる。
目黒の手が一定の速さで背中を撫でる。
阿部は目を閉じたまま、小さく言った。
「めめ」
「何?」
「撮影終わったら」
「うん」
少し間が空く。
「……ずっと一緒にいて」
目黒が動かなくなる。
阿部自身。
多分。
もう半分眠っていた。
「ずっと?」
「うん」
「仕事もあるよ」
「分かってる」
「でも」
声がだんだん小さくなる。
「できるだけ」
「一緒にいて」
目黒はしばらく何も言えなかった。
阿部がこんなことを言うのは珍しい。
いつもなら。
目黒が忙しいと分かっていれば、自分から我慢する。
「大丈夫」
「仕事行ってきて」
そう言う人だった。
それなのに。
今日は。
ずっと一緒にいて。
阿部がそんな言葉を口にした。
「あべちゃん」
返事はない。
もう。
眠っている。
目黒は少しだけ身体を離し、阿部の顔を見る。
眠っている時は穏やか。
でも。
最近ずっと。
寝不足だった。
目の下。
少し疲れている。
それに。
帰宅すると必ず起きている。
自分が帰ってからじゃないと眠らない。
玄関の鍵を何度も確認しているところも。
何度か見た。
窓も。
カーテンも。
前より気にしている。
目黒は眉を寄せた。
「……何かあった?」
眠っている阿部へ。
小さく聞く。
当然。
返事はない。
目黒は阿部を起こさないように、ゆっくり抱き寄せた。
腕の中へ収まると。
阿部の身体が無意識に少し近付いてくる。
目黒の服を。
軽く掴む。
その手を見て。
胸の奥がざわついた。
怖いことがあったんじゃないか。
不安なこと。
言えないこと。
何か。
隠している。
そんな気がした。
でも。
以前みたいに。
無理やり聞き出したくはない。
阿部が話せるまで待つ。
そう思う。
それでも。
何も知らないままにする気もなかった。
「あべちゃん」
眠っている阿部の前髪を撫でる。
「撮影終わったら」
小さく笑う。
「ちゃんと一緒にいるから」
そして。
少しだけ声を落とした。
「だから」
「何かあるなら」
「一人で抱えないでね」
阿部は眠ったまま。
目黒の胸元へさらに顔を寄せる。
その夜。
阿部は久しぶりに。
途中で一度も目を覚まさず眠った。
目黒だけが。
腕の中の阿部を見ながら。
最近何があったのか。
静かに考え続けていた。
コメント
1件
第4話、読み終わりました。阿部さんの心のざわつきがひしひしと伝わってきて、胸がぎゅっとなりました。番組を降りても消えない“怖さ”、眠れない夜、鍵を何度も確認する仕草…一人で抱え込む姿が切なくて。それでも目黒さんの声を聞いて力が抜ける瞬間や、「めめいるから」って眠気に任せて本音をこぼすところが、すごく愛おしかったです。目黒さんも気づきながら、無理に聞き出さずに待つ優しさが沁みました。次が気になります。
まきぴよ
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みら

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#⛄️
kaede🍁
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