“サンリッチマロン”
桃赤
「暑….」
大きなバケツに溜まっていく水を眺めながら水道の端に両手を置いて空を見上げる。
サッカーボールがかなり汚れてきたから、洗うための水….。
雲ひとつない綺麗な快晴….のせいで直射日光がしんどい。
夏も始まったばかりだと言うのにどこからか蝉の鳴き声が騒がしく聞こえて、それだけでも汗が次から次へと吹き出してくる。
ふと校舎に視線をやると、本校舎と北校舎を繋ぐ渡り廊下で、吹奏楽部の黄くんがトランペットを吹いていた。
聞こえてくるのは”ハトと少年”
中学の時に黄くんがトランペットで吹くのに1番好きだと言っていた曲。
金色の光沢が反射してキラキラ光っている。
うちの学校の吹奏楽部もかなり強豪だし、部活も厳しいんだろう。
顔色1つ変えずに透き通った音を出す彼の姿を見るに、今までの努力の塊だ。
「俺も頑張らなきゃ….」
そう思い、満タンになったバケツを運ぼうとすると、誰かから名前を呼ばれた。
「あ….えっとサッカー部のマネの赤くん….だよね?」
そこにはサッカー部の男の先輩が、もう1人の男の先輩を支えるように立っていた。
「大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄ると、支えている先輩の1人が苦笑いをする。
「ごめん、さっきコイツ試合で足捻っちゃって….保健室まで運んでもらえないかな?」
「もちろんです!掴まってください!」
「….ありがとう」
俺は先輩に肩を組ませるように急いで保健室に向かった。
その時俺の耳に顔を寄せた先輩がニヤリと笑ったのも気づかずに。
―――
「ごめんね、忙しいのに」
「いえいえ、これもマネとしての仕事のうちですから….今手当しますね」
運悪く保健室の先生は出張中でいなく、俺が手当をすることになった。
先輩を椅子に座らせ、ショーケースから必要なものを取り出していると突然後ろから気持ち悪い声がした。
「赤くんってさ、男なのにめっちゃ可愛いよね」
「え….いや、そんなこと….」
びくっとして振り返ると、さっきまで痛がっていたのが嘘のように先輩が俺の元にジリジリと近寄ってきていた。
「みんな言ってるよ?赤くんがいつも応援してくれるから部活頑張れるって」
「え….えっと….」
そしてニヤニヤと俺の腰を抱き寄せてくる。
….気持ち悪い。
「あ、あの….足….」
「あぁ、嘘に決まってんじゃん」
不敵な笑みを浮かべて言い放つ先輩。
頭の中で危険信号が鳴り響く。
俺の後ろはもちろんショーケースの壁で逃げ場は無い。
さぁーっと血の気が引いた。
「やめてくださ….!!」
何とか体を捻って逃げ出そうとするが、強く肩を掴まれベットに押し倒された。
そして片手で両手首を拘束してくる。
「嫌っ….」
必死に抵抗するが、自分より遥かに大きな身体に叶うはずもなくビクともしない。
途端に怖くて怖くてじわりと涙が滲んだ。
「….ははw可愛い….その顔ちょー唆る」
俺に覆い被さる先輩は、目をギラギラさせながら舌なめずりをする。
「俺結構うまいんだよ?赤くんもすぐ気持ちよくなるから、」
そして俺の首元に先輩が顔を寄せた….と思ったらバンっとドアが開いた。
先輩が顔を上げると、パシャリとシャッター音がなる。
「….部活をサボり後輩を犯す先輩….明日のニュースですね」
「あおちゃ、」
そこにはスマホを掲げ怖い顔をした青ちゃんが立っていた。
「チッ….」
先輩は青ちゃんを睨みつけて舌打ちすると、逃げるように去っていった。
「青ちゃ….」
「赤くん!!」
震えた声で彼の名前を呼ぼうとすると、勢いよくぎゅっと抱きしめられた。
「ごめん赤くんっ….大丈夫?怪我ない??」
「だ….大丈夫….」
青ちゃんが俺の頬を両手で包み込んで、襲われそうになった俺よりも泣きそうな顔をするから、少しおかしくなってにへへと笑って見せた。
「助けてくれてありがとう….」
「….ごめんね気づかなくて….」
「ううん….でもどうして俺がここに居ること分かったの….?」
「….あぁ、新しいサッカーボール取りに行こうとしたらたまたま….」
言葉を少し濁した彼は、ここにいたら危ないかもしれないから….今日はもう帰ろう、そう言ってまだ震えている俺の手をぎゅっと握る。
“赤は俺がいないとダメなんだから”
その時、頭の中で一瞬桃くんと青ちゃんが重なった。
「赤くん….?立てる?」
「うん….大丈夫」
青ちゃんが抱きしめてくれたおかけで体の震えも随分治まった。
彼は部活を抜けて俺を送ってくれるらしい。
さっき握られた手は、離さないといわんばかりに今も固く繋がれている。
ふと青ちゃんの綺麗な横顔が目に入った。
…さっきから何も言わない彼は、俺のために怒ってくれているのだと思う。
そんな事を思いつつも、もしかしたら….桃くんが助けに来てくれたかもしれない….
あの時ドアが開いたとき思ってしまったのだ。
…我ながら最低だと思う。
自己嫌悪に陥りながら赤信号で足を止めると、青ちゃんが急に俯いてぽつりと言った。
「ごめん….赤くん、嘘ついた」
「….え?」
そして俯いた顔を上げ手をゆっくり離し、俺の方を向いた。
「青ちゃん….?」
青ちゃんの方が背が高いからどうしても俺が彼を見上げる形になってしまう。
「赤くんが危ないって気づいたの僕じゃないんだ」
「ぇ….」
「」
目の前の彼の唇が確かに動いたのが分かると俺は一目散にかけだしていた。
―――
学校に戻りグラウンドに行くと、もうサッカー部は片付けをしていて桃色の彼は見当たらなかった。
…まだ帰ってないはず
部室、倉庫….と泣きそうになりながら辿っていくと水道に背中を向けた彼が立っていた。
そこには俺が綺麗にしかけたサッカーボール達が転がっている。
「桃くん!!」
「….赤?」
びっくりして振り返る桃くんは俺の姿を見ると少し安心したように目を細めた….と思うと直ぐに俺に背を向けた。
「….なんか用」
「えっと、そのっ….」
冷たい声にびくりと身体が震えて思わず来ていた制服を握りしめた。
「俺の事….青ちゃんに知らせてくれたの桃くんなんだよねっ….ありがとうっ….」
「別に….助けたのは青だろ」
「ううんっ….桃くんは昔から….優しいんだよねっ….そのボールだって俺がやりかけてたの知ってて….」
「…….」
「っ……..」
「…….」
沈黙に水のはねる音だけがこだまする。
…泣いちゃダメだ。
それこそまた彼に呆れられてしまう。
俯いて唇を噛み締める。
「おれ、のこと….もう….きらいにっ….なっちゃった….?」
その時ピタッと彼の手が止まった。
「なにか….しちゃったかな….謝るからっ….」
「…….」
「おれっ….桃くんのことだいすきだからっ….悲しい、よ」
ずっとずっと言いたかったこと
目の前の彼に届いて欲しかったこと
「….だよ」
「え….?」
思わず顔を上げると、酷く冷たい目をした桃くんと目が合った。
「….ウザイんだよそーゆーの」
「ぇ….」
「そうやって色んなやつに媚び売ってて楽しい?」
「そんなんだからああいうやつに襲われんだよ」
「俺はお前のそういうとこがな、
昔から大っ嫌いだったんだよ!!」
何を言ってるのか一瞬分からなかった。
頭が真っ白になった。
ガツンと頭を鈍器で殴られたような感覚だった。
吐き捨てて去っていく彼の背中が滲んでペタンとその場に座り込む。
「ももく、」
自分は何を期待していたのだろう。
彼がもしかしたら自分の事を心配してくれていたんじゃないかって。
怖かったな、って抱きしめてくれるんじゃないかって。
今まで冷たかったことなんて無かったことになるんじゃないかって。
“大きくなったら結婚しようね”
言葉さえなければ
俺は今こんなに苦しくないのだろうか
気づいたらあのひまわり畑にいた。
どうやってここに来たのか覚えていない
咲きそうなひまわりの蕾がゆらゆらと風に揺れて端に座り込んでいる俺の前髪を静かに揺らす
….分かってた、理解してるつもりだった
とっくのとうに嫌われていたことも
いつか、君に恋した瞬間を後悔する時がくるんだって
「赤くん….」
ゆっくり振り返ると、そこには心配そうな顔をした青ちゃんが立っていた。
「へへ、来てくれたんだ」
苦笑する俺に青ちゃんは無言で俺の隣に座り込む。
あえて何も聞かないのも不器用なりの彼の優しさだ。
「俺….桃くんに嫌いって言われちゃったっ….」
青ちゃんがびっくりしたように息を飲んでこちらを見たのが分かった。
話しても何も変わらないし、きっと困らせるだけ、分かっているのに口から次から次へとポロポロ言葉が零れてくる。
「ずっと前から….嫌いだったんだって….はは、ばっかだよねぇ、俺….」
「赤く、」
「昔みたいに戻れるって、勝手に期待してっ….」
「…….」
「青ちゃんにも沢山気を使わせちゃってっ….ごめんね」
「赤くん。」
青ちゃんが俺の名前を呼んでくれるけどもう顔を上げられない。
だって、今彼の顔を見たらまた泣いてしまう。
黙って俯いていると勢いよくぎゅっと抱きしめられた。
ひまわり畑は決して日陰でもなく暑いのに
「もういいんだ」
「….ぇ」
「泣いてもいいんだよ、赤くん」
「っ、ぁ」
優しく背中を撫でられた時
胸の中で堰き止めていたものが一気に溢れ出した。
その途端青ちゃんの肩のジャージがどんどん濡れていく。
俺は元々人と関わるのが得意じゃないし、誰にどう嫌われようがどうでもいいはずだった。
でも、小さい頃からそんな俺を救ってくれたのは桃くんだけで。
俺に、あの笑顔で笑いかけてくれたのは
キミだけで
「すき、だったのっ….」
「….うん」
「だいすき、だったの」
「うん」
「いま、でもすき、なの」
「…….」
だからだから、夢でも君だけには。
To Be Continued….
長いなぁ….w
ダメだ….またスランプに入りそう(((
最近昔のお話読み返して下手だなぁって消したい衝動に駆られてコメント読んで辞める日々も繰り返してるこの頃です。よろしくお願いします((
コメント
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語彙力がないのでそんなに言い表せないんですけど、とてつもなくだいすきです!!!!!! この作品も、過去の作品も!!!!
今回もとても素敵でした!ブクマ失礼します🙇♀️