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頭の芯が正面に座っているはずの坂井や、男が何をしているのか、今もまだそこにいるのかさえ、わからなくなってきた。
まあそれは、早苗がふと現実に戻り、二人を気にする仕草をすると、優しい手がそちらを見ようとする顔を拒み、温かい手が早苗の耳を塞ぐから、でもある。
頭の先から、寄り添っているお尻のあたりまで、カズヤの体温で包まれている。
もう言葉を交わすよりも長い時間、長い回数、重ねた唇がジンジンと熱い。
キスが上手とか、下手とか、よく同級生の女子たちの間で話題になっていた意味が、分かる。
きっとうまいキスというのは、こういうことを差すんだ。
違和感がないのに存在感がある舌が、自分の口全体を愛撫してきて、絡まって、そうしているうちに、体の中心に、痛くて熱いものが生まれて、つい腰が動いてしまって、尻が浮いて、ソファが自分の体で軋んで、切なくなって、相手の胸をつかんで、抱きよせられてさらに切なくなって―――。
相手がたまらなく欲しくなるキス。
唇を離し、見つめあう。
余裕のかけらもない早苗と比べて、余裕しかない笑顔。
ムカつく。
あ、耳にピアスしてる。
口の脇に黒子がある。
やっぱりこの男は、結城とは違う。
「あ。今、“結城くん”のこと、考えてたでしょ」
「————なんでわかるのっ」
「んー。慣れてる、からかな?」
(慣れてる?)
「でもはっきり言って気分は良くないんで」
ぐいと腰を引き寄せられる。
制服のスカートの上からポンポンと触られる。
「触っていい?ちょっとだけ」
結城より黒目がちでどこか動物っぽいカズヤの目が、ミラーボールを浴びて、光った。
「ーーーこ、ここで?」
「うん」
「だ、ダメに決まってるでしょ」
「なんで?」
「だって、見られるって!」
周りを見回す。
「大丈夫だよ。スカート、まくらないから」
言いながら、カズヤはチーッと、スカートの脇にあるチャックを下ろし始めた。
「ちょっと…」
「ね。ここから手入れたらスカートまくらないし、中でナニしているかなんて、わからないでしょ」
(それにしたって――――)
早苗のよりも何周りも大きい手が、早苗の一番弱い部分に入ってくる。
「辛かったり怖かったりしたら、俺に抱き着いて。早苗ちゃん」
“結城”の声が耳元で響く。
違う違う。彼は、カズヤだ。
早苗の戸惑いなどお構いなしに、カズヤの手がスカートの中を進んでいく。
薄いストッキングの上から生々しく感じるカズヤの指の温度に、ゾクゾクと身体が反応する。
「感じやすいんだね」
耳元でカズヤの声が続く。
「こんなに可愛い反応されると、俺も結構やばいな」
言われた瞬間、耳が生温かい感触で包まれる。
全身に快感の鳥肌が立つ。
(う……そ…)
外側の耳輪に合わせて舌がなぞっていく。と思えば、その中心へ流れ込むようにーーー。
(入ってくる…!)
そう思わせるほど、カズヤの舌は巧みに早苗の耳穴を暴いてくる。
息が漏れ、思わず足が開く。
その開いた足に、熱い指が太ももを撫で上げ、一気に上ってくる。
「……耳、いい?」
愛撫の合間に、低い声が聴覚神経を犯す。
上ってきた手が開き、骨盤の中心に当てられる。
その真ん中の空間に、強く押し付けられる。
大きな声が出そうになる唇を、瞬時にキスでふさがれる。
まるで体の中心を固定された標本の蝶々のように、早苗は動けないまま、その針の刺激に悶えるしかない。
指を止めて、唇を離したカズヤが早苗を覗き込む。
「腰、動いてる」
「———そんなこと、言わないで」
早苗はいつの間にかカズヤにしがみついていた手を離し、自分の顔を覆った。
「ねえ、それ、わざと?かわいいんだけど」
カズヤが笑う。
「場所、移動しよっか」
身体を離し、スマートフォンと煙草をポケットに入れている。
もう、抗えない。
抗う必要も感じない。
だって、もしここで、何もしないで帰ったら。
きっと早苗は明日、結城に会って。
帰ったらアパートで一人泣いて。
明後日も結城に会って。
帰ったらアパートで泣く毎日に。
戻ってしまう。
「ありがとう」
今夜、そんな毎日から連れ出そうとしてくれている、初対面の男に思わずお礼を言う。
カズヤは振り返り、ふっと笑うと、
「何言ってるの?これからでしょ」
優しく早苗の手を取った。
「行こう。早苗ちゃん」
ふと振り返ると、正面に座っていたはずの坂井と男は、もういなかった。