テラーノベル
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先輩が海外へ旅立ってから一年。
大学生活にも慣れ、私は少しずつ前を向こうとしていた。
ある日、同じゼミの男の子に告白された。
明るくて優しい人だったし、「このままじゃダメだ」と思って付き合うことにした。
最初は楽しかった。
一緒にご飯を食べたり、映画を観たり。
でも、ふとした瞬間に思い出してしまう――海辺で笑う先輩、イルミネーションの下で繋いだ手、冬の夜のぬくもり。
新しい彼の言葉や仕草の中に、先輩との違いを探してしまう自分がいた。
「…私、何やってるんだろう」
そんな自分に気づくたび、罪悪感で胸が苦しくなった。
半年ほどして、私はその彼に別れを告げた。
「ごめんなさい。私、まだ忘れられない人がいるの」
彼は少し寂しそうに笑って、「きっと、すごく大切な人なんだね」とだけ言った。
別れた夜、帰り道の空には、卒業式の日と同じような冷たい月が浮かんでいた。
――やっぱり、先輩じゃなきゃダメなんだ。
その想いを、私はようやく認めた。
先輩と別れてから二年。
私は、大学二年生の春を迎えていた。
キャンパスは新入生で賑わい、食堂や中庭は明るい笑い声であふれている。
私も友達と授業やサークルに忙しい毎日を過ごしていた。
…でも、ふとした瞬間、胸の奥が空っぽになる。
図書館で参考書を開いたとき、冬の海で肩を寄せ合った記憶がよみがえる。
バスケサークルの掛け声を耳にすると、コートで輝く背中が浮かぶ。
ある日、帰り道で立ち寄った雑貨店で、あのときと同じマフラー型のキーホルダーを見つけた。
思わず手に取ると、心臓が強く鳴った。
「…元気で、いるかな」
声に出すことはできないけれど、胸の中で呟いた。
サークル仲間に誘われて、花見に行った日。
満開の桜の下、笑顔で写真に収まる自分を見て、ふと気づく。
――ちゃんと笑えてる。
でも、その奥には、まだ消えない輪郭がある。
春はまた巡ってくる。
新しい季節が来るたび、私は少しずつ前に進んでいる…はずだった。
それでも心のどこかで、あの日の先輩を、今も追いかけ続けている。
第5話
ー完ー
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