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「ねえ聞いた?」
昼休み。
教室の隅で、女子生徒たちがスマホを囲んでいた。
「また?」
「今度は何?」
「伊波先生と緋八先生」
その名前が出た瞬間、数人が反応する。
「あ〜最近よく言われてるよね」
「絶対仲良い」
「てかほぼ付き合ってるじゃん」
「え、でも教師同士で?」
「いや分かんないけど!」
きゃあきゃあと盛り上がる声。
そんな噂が、最近少しずつ校内で広がり始めていた。
きっかけは些細なこと。
ネクタイを直した。
距離が近い。
マナが体調悪い時のライの反応。
ほんの小さな違和感。
でも、“なんとなく特別”は、意外と目立つ。
◇
「……終わった」
職員室でマナが机へ突っ伏す。
「何がですか」
ライは書類を整理しながら淡々と返した。
「俺たちの学校生活」
「大袈裟」
「いや絶対噂広がってるって!」
昼休みに女子生徒たちが話しているのを聞いてしまったのだ。
しかも。
『ほぼ付き合ってる』
ほぼじゃない。
完全に付き合ってる。
同棲もしてる。
「ライ全然焦ってなくない?」
「焦っても仕方ない」
「余裕そうでむかつく」
するとライは手を止め、マナを見る。
「……お前が顔に出すから」
「え?」
「俺より分かりやすい」
ぐうの音も出ない。
マナは視線を逸らした。
「だって好きなんだもん……」
ぼそっ。
小さい声。
けれどライには聞こえたらしい。
「……職員室でそういうこと言うな」
耳が少し赤い。
マナは吹き出した。
「ライも照れるじゃん」
「うるさい」
その時。
「失礼しまーす!」
数人の女子生徒が職員室へ入ってきた。
二人は即座に距離を取る。
条件反射レベル。
「緋八先生、これ提出物です!」
「ありがと〜」
マナが受け取る。
その横で女子生徒の一人がにやっと笑った。
ナギサノサナギ
6,964
556
「ねえ伊波先生」
「なんですか」
「緋八先生のこと好きですよね」
ぶっ。
マナが盛大にむせた。
職員室が静まる。
ライは無表情。
怖いくらい無表情。
「……何言ってるんですか」
「え〜?」
「最近めっちゃ噂になってますよ?」
「暇なんですね」
「否定しない!」
女子生徒たちが騒ぐ。
マナは死にそうだった。
(むりむりむり)
ライは静かにため息をつく。
「教師からかって楽しいですか」
「楽しいです!」
「そうですか」
淡々。
いつもの調子。
……なのに。
「でも伊波先生って緋八先生には甘いですよね」
その一言で。
ライの視線が一瞬だけマナへ向いた。
ほんの一瞬。
でも。
優しかった。
甘かった。
完全に“恋人を見る目”だった。
女子生徒たちがざわつく。
「あ」
「今見た!?」
「絶対なんかある!!」
マナは机に突っ伏したくなった。
終わった。
完全に終わった。
◇
放課後。
「……もう無理」
屋上前の階段。
人気のない場所で、マナがしゃがみ込む。
ライは隣の壁へ寄りかかった。
「そんな気にしてんの」
「するって!」
「別にバレてない」
「時間の問題では!?」
ライは小さく笑った。
「お前ほんと分かりやすいな」
「だってライ普通すぎるんだもん」
「普通にしてるから」
「俺もしてるつもり!」
「できてない」
即答。
ひどい。
マナがむくれると、ライは少しだけ表情を緩めた。
「……でも」
「?」
「最近ちょっと危ないのは事実かも」
珍しくライが認めた。
マナは目を瞬く。
「ライでもそう思う?」
「無意識増えてる」
「ね」
「お前見てると気抜ける」
低い声。
マナの心臓が跳ねる。
「学校なのにそういうこと言う」
「誰もいない」
「でも……」
言いかけた瞬間。
ライの指が頬に触れた。
優しく撫でるみたいに。
「っ」
「顔赤い」
「ライのせい!」
「かわいい」
さらっと言う。
マナは顔を覆った。
「最近ライの方が甘くない!?」
「……かも」
「認めた!」
ライは少しだけ笑う。
その顔は学校で見るものよりずっと柔らかかった。
「噂されるの嫌?」
ふいに聞かれる。
マナは少し考えた。
「……んー」
嫌ではない。
むしろ。
ライが自分を特別に見ていることを、どこか誇らしく思ってしまう。
でも。
「バレてライが困るのは嫌」
そう答えると。
ライが少し目を細めた。
「俺も」
「え?」
「お前が嫌な思いするのは嫌」
静かな声。
真っ直ぐな目。
マナは数秒言葉を失った。
ライはこういう時、ずるい。
不意打ちで真面目なことを言う。
「……好き」
ぽろっと零れる。
ライが固まった。
「お前さ」
「だって!」
「急に言うなって」
耳が赤い。
マナは笑ってしまう。
「ライ照れてる〜」
「うるさい」
するとライは小さく息を吐いて。
そのままマナの腕を引いた。
「え?」
ぐい。
距離が近付く。
壁際。
逃げ場がない。
「ライ?」
「……俺だって好きだから隠すの大変なんだけど」
低い声。
至近距離。
マナの心臓が跳ねる。
「っ……」
「学校で毎日恋人いるの、普通にしんどい」
「え」
「触りたいし、構いたいし」
ライは眉を寄せた。
少し困った顔。
「でも我慢してんの」
その言葉に。
マナの胸がぎゅっとなる。
「……ごめん」
「謝るな」
ライは小さく笑った。
そのまま、額同士が軽く触れる。
「お前も頑張ってるの知ってるし」
柔らかい声。
学校では絶対聞けない声。
マナは目を閉じた。
——その時。
ガタン。
どこかで音がした。
二人が同時に顔を上げる。
階段の向こう。
誰かいた気がした。
「……え」
マナの顔色が変わる。
ライも眉を寄せた。
静かな空気。
数秒後。
「……気のせいか」
ライが呟く。
けれど。
その時にはもう、誰の姿もなかった。
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