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ナギサノサナギ
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「……絶対誰かいたって」
翌日。
職員室でマナが小声で言う。
ライはパソコンを見たまま答えた。
「気にしすぎ」
「いやでも音したじゃん!」
「誰も来なかっただろ」
「それはそうだけど……」
昨夜のことが頭から離れない。
屋上前の階段。
近すぎた距離。
触れそうだった空気。
もし誰かに見られていたら。
(終わる……)
マナが青ざめている横で、ライは驚くほど平静だった。
「ライ怖くないの?」
「怖いよ」
「え」
意外な答え。
ライは静かにキーボードを打ちながら続けた。
「でも、気にしすぎても仕方ない」
淡々とした声。
けれど。
マナには分かった。
この人は、“平気”なんじゃない。
“隠してる”だけだ。
◇
昼休み。
「伊波先生〜」
女子生徒たちが集まってくる。
「なんですか」
「これ質問!」
「あと文化祭の件なんですけど〜」
囲まれるライ。
いつも通りの光景。
ライは少し面倒そうにしながらも、ちゃんと対応している。
その少し離れた場所で、マナはぼんやり眺めていた。
(人気だなぁ)
今更だけど。
普通にかっこいい。
背高いし。
顔いいし。
授業分かりやすいし。
しかも最近、自分は知ってしまった。
家でどれだけ甘いかを。
「……」
もや。
胸の奥が少しだけ重くなる。
その時。
「緋八先生?」
同僚教師が不思議そうに声を掛けた。
「どうしました?」
「え?」
「なんか怖い顔してますよ」
「うそ!?」
慌てて笑う。
ごまかす。
でも。
視線は無意識にライへ向いてしまう。
すると。
女子生徒たちに囲まれていたライが、ふとこちらを見た。
目が合う。
一瞬。
ライの目が少し細くなった。
——やば。
完全に気付かれた。
◇
放課後。
「……嫉妬?」
人気のない準備室。
ライが静かに聞く。
マナは目を逸らした。
「別に」
「嘘」
「……」
「顔に出てた」
図星すぎる。
マナは椅子へ座ったまま唸る。
「だってライ人気あるし」
「それ関係ある?」
「ある!」
ライは少し笑った。
「何笑ってんの」
「いや、お前ほんと分かりやすいなって」
「うるさい」
むくれるマナ。
するとライは近付いてきた。
机に片手をつく。
逃げられない距離。
「……俺がお前以外見るように見える?」
低い声。
心臓が跳ねる。
「それは……見えないけど」
「じゃあ何」
「なんか嫌だったの!」
マナが顔を覆う。
恥ずかしい。
子供みたいだ。
だがライは笑わなかった。
むしろ。
少し嬉しそうだった。
「かわいい」
「っ、またそういうこと言う!」
「事実」
ライの指が、マナの手を軽くどける。
そのまま頬へ触れた。
優しい手。
「俺も嫌だから」
「え」
「お前が他のやつと楽しそうなの」
ぽつり。
静かな声。
マナは目を瞬く。
「ライでもそうなるんだ」
「なる」
即答。
ライは少し目を伏せた。
「最近余裕ないかも」
その言葉に、マナの胸がきゅっとなる。
「……疲れてる?」
「文化祭もあるし」
「うん」
「あと、お前近くにいると普通にしんどい」
「えっ」
ライはため息をついた。
「学校で恋人いるのに触れないの、思ったよりストレス」
マナの顔が一気に熱くなる。
「ちょ、声!」
「誰もいない」
「そういう問題じゃ……」
言い切る前に。
ライの額が肩へ落ちた。
「ライ?」
「ちょっと充電」
低い声。
甘えるみたいな響き。
マナは一瞬固まってから、そっと頭を撫でた。
学校では絶対しない行為。
でも今だけ。
二人きりだから。
「……おつかれ、ライ」
「ん」
「頑張ってるもんね」
「……お前のせいでもある」
「えぇ?」
「好きすぎる」
さらっと言われる。
マナは完全に停止した。
「っ、ライ最近ほんとずるい!」
「今更?」
「前より言うようになった!」
ライは少し笑った。
そのままマナの腰へ腕を回す。
「ライ!?」
「五分だけ」
「学校だって!」
「知ってる」
そう言いながら離れない。
完全に限界が来てる。
マナは困ったように笑いながら、ライの背中をぽんぽん叩いた。
◇
その頃。
準備室の外。
「……え」
通りかかった女子生徒が立ち止まる。
扉が少し開いていた。
中までは見えない。
でも。
聞こえた。
『好きすぎる』
低い男の声。
聞き覚えがある。
「……うそ」
女子生徒の目が見開かれる。
準備室の中。
重なる影。
近すぎる距離。
彼女は思わず息を呑んだ。
◇
夜。
帰宅後。
「ライ〜」
ソファへ倒れ込んだマナが腕を伸ばす。
するとライが自然に抱き寄せた。
「おつかれ」
「ん……」
静かな部屋。
学校とは違う空気。
マナはライの肩へ顔を埋めた。
「今日ライ限界だったね」
「……否定できない」
「甘えたすぎた」
「お前が悪い」
「なんで!?」
「嫉妬してんのかわいかったから」
「うわ最悪」
ライが笑う。
珍しく声を出して笑っていた。
「……でも」
ふいに、ライの声が少し低くなる。
「そろそろ本気で気を付けないとかもな」
マナが顔を上げる。
「え」
「今日、準備室の外に気配あった」
空気が止まる。
「……やっぱ誰かいたの?」
「多分」
マナの背筋が冷える。
「どうしよ……」
するとライは少しだけ困ったように笑った。
そのまま、マナの頭を撫でる。
「まあ、まだバレてない」
「でも時間の問題では……」
「その時はその時」
「ライ強すぎない!?」
「強くない」
ライは静かに目を伏せた。
「本当はめちゃくちゃ怖い」
小さい声。
マナは息を呑む。
「でも」
ライがマナを見る。
真っ直ぐな目。
「お前といるのやめる方が無理」
その一言で。
マナの不安が全部吹き飛んだ。
「……好き」
「知ってる」
「俺も無理」
ライは少し笑う。
そして。
「だから隠し通すぞ」
低い声でそう言った。
けれど。
二人はまだ知らない。
“秘密”は、もうすぐ手の届くところまで来ていたことを。