テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
かに
11
海月🪼🩵‐Mizuki
193
イソトマは、ディルクと一緒に西の市に来ていた。
開催期間中、西のキャラバンには来る機会がなかった。
(掘り出し物があるかもしれないからね)
終了間近の時間に、ディルクに連れてきてもらった。
「ねぇ、ディルク。あのドリンク気になる。キャラメルって書いてある」
「ん、飲むか?」
「うん!」
折角、店を見て回るなら、食べ歩きもしたい。
ディルクがドリンクを買ってきてくれた。
「ディルクの分は?」
ディルクが買ってきたのは、一つだけだ。
「俺は護衛だから。手が塞がると困る」
「そっか、そうだよね」
キャラメル味のソーダを見詰める。
(喉が渇いたら、一緒に飲めばいっか)
イソトマは店を眺めながら歩き出した。
半歩前を歩くディルクの手を眺める。セインもノアルも、手を繋いで歩いたのに。ディルクだけは繋いでくれない。
(護衛だからかな。手が塞がったら、剣が抜けないから)
伸びそうになった自分の手を、引っ込めた。
「あのミートパイ、美味しそう」
「ミルク山椒と書いてあるが、食べるのか?」
「試しに、食べよう」
ミルク山椒ミートパイは、意外と大きかった。イソトマの顔の半分くらいある。
イソトマは意を決して被りついた。
甘いパイ生地にジューシーな肉が溢れて、最後にピリッとくる。
「美味しい!」
バラバラなのに互いを邪魔しない味と触感が癖になる。
隣で、ディルクが訝しそうに眺めている。
「本当だよ、美味しいよ。ディルクも食べてみてよ」
ずいと差し出す。ディルクがあからさまに戸惑った。
「美味しくなかったら僕が謝るから」
「いや、そうじゃなくて」
「そこまで嫌がる味じゃないよ」
ミートパイを、ずいと突き出す。
ディルクが、控えめに端っこをパクリと食べた。
「どう? 美味しい?」
ワクワクしながら聞いてみる。
「……予想したより、美味かった」
「でしょ、でしょ」
ディルクが何となく顔を逸らしている。
「どうしたの? 喉、乾いた? キャラメルソーダ飲む?」
ストローを、ずいと差し出す。
ディルクがやっぱり戸惑った。
「さすがに、それは」
「何で?」
首を傾げるイソトマに、ディルクがそっと寄った。
「公衆の面前で、王子の婚約者と間接キスはできない」
ドクン、と心臓が大きく跳ねた。
顔が一気に熱くなる。
(そんなの、常識だ。わかってる。わかっているけど)
公衆の面前ではない場所で、ディルクはイソトマにキスをした。
イソトマが欲しいといった。
あれ以来、ディルクはイソトマに触れてくれない。
あの時の言葉や想いは、どこに行ってしまったんだろう。
(もう、何とも思ってない?)
もしかしたら、あの時の勢いでしかなくて、本音ではなかったのかもしれない。
そう思ったら胸が冷えて、急に苦しくなった。
「じゃぁ、何で……」
口が勝手に言葉を零した。
ディルクがイソトマを振り返った。
「何で、僕にキスしたの? 僕の初めて、ディルクだよ」
瞬きをしただけなのに、ポロっと涙が流れた。
「僕が欲しいって、言った。奪いに行くって、言った。あれは、嘘?」
「嘘じゃない」
ディルクの手がイソトマの手首を掴んだ。
(そのまま抱き寄せて、あの時みたいにしてくれたらいい)
イソトマの想いとは裏腹に、ディルクは手を離した。
ディルクが目を逸らした。
「……ルシアン様は、イソトマを手放す気がない。イソトマは、第一王子の婚約者のままだ」
「それじゃ、ダメなの?」
「この状況では、イソトマの品位に傷をつける」
「そんなの……」
まるで言い訳みたいだ。
イソトマの状況を理由にして、逃げているみたいだ。
「そんなの、狡いよ」
気持ちをぶつけてきたのは、ディルクなのに。
先に手を出しのは、ディルクなのに。
無性に悔しくて、苛立ちが湧き上がった。
「もういい!」
イソトマはディルクに背を向けて歩き出した。
目の前が涙で歪む。何も見えない。けれど、そのまま歩いた。
「待て、イソトマ。一人は危険……」
イソトマの腕をディルクが引く。
振り返ったイソトマの顔を見て、ディルクが目を見開いた。
ディルクの唇が震えて、喉が上下に動いた。
「そんな顔、されたら……」
小さな声で、ディルクが呟く。
ディルクが突然、イソトマの腕を掴んで歩き出した。
「痛い……ディルク、どこに行くの?」
店から離れた校舎の裏側に入った。掴んだ腕をそのまま引かれて、壁に押し付けられた。
「今だけ……」
「やっ、ディルク……んっ」
性急な唇が、熱を貪る。気が付いたらディルクの唇が重なっていた。
持っていたはずのドリンクもミートパイもない。どこに落としたのかなんて、考える暇もない。
唇が深く重なって、体が近付いて、ディルクの腕が背中に回っていた。
(熱い……強い)
噛むような唇も、何度も絡まる舌も激しくて、息が止まる。
「ぁっ……はぁ、はぁ」
舌を吸い上げた唇が、離れた。あんなに長く絡んでいたのに、名残惜しい。
「ディル……ク」
ディルクが切なそうに顔を歪ませた。
その表情を見て、イソトマの胸が軋んだ。
ディルクがイソトマの肩に顔を埋めた。
「……すまない。今のは、忘れてくれ」
腕が解けて、ディルクの熱が離れる。
(嫌だ……離れないで。僕を見て!)
そう思うのに、口が震えて声が出せない。
ひたすらに、ディルクの背中を目が追いかける。
(背中じゃ、嫌だ。こっちを見てよ。僕を見て、欲しがってよ!)
ドクン、と鼓動が跳ねた。
伸ばそうとした指先が、切なくディルクを求める。
(あぁ……そうか。僕は、ディルクのことが、好きなんだ)
やっと、自分の気持ちに気が付いた。
初めて、誰かを好きだと感じた。
同時に、実らぬ恋だと知った。
(僕が本当にルシアンと婚約解消しないと、ディルクとは結ばれないんだ)
ルシアンが婚約を解消してくれたらいい。
今までは、推しカプのためにそう思っていた。
(でも、今は……僕は、ディルクが欲しい)
それがどれだけ大変なことかくらい、イソトマにもわかっている。
自分一人の問題ではない。家同士の話だ。
本気で婚約を解消しようと思ったら、国王や両親を説得できるだけの理由が必要だ。
(そんなの、僕にはないよ)
第一王子を捨てて子爵と結婚したいなんて理由、誰も認めてくれない。
(口で言うほど簡単じゃない。そんなの、知ってるよ)
どんどん苦しくなる胸を何かで誤魔化したいのに、何も見付からない。
イソトマの目にはディルクしか映らない。
「忘れ、られない」
ディルクの腕を掴んで、抱き付いた。
「イソトマ、ダメだ」
「だったら、何でキスしたの? 好きだからじゃないの?」
「それは……」
せめて一言、気持ちを言葉にしてくれたら。
(誘拐された時は、言ってくれたのに。どうして今日は言ってくれないの)
あの時も、踏み込んだ言葉はくれなかった。
奪いに行く、欲しいと言っていただけだ。
(好きとは、言われてないんだ)
そう気が付いたら、酷くもどかしくなった。
(ルシアンに何か言われたのかな)
ルシアンは婚約を解消する気はないと言っていた。
誘拐事件の時、ディルクとイソトマのキスを目撃しているのも、ルシアンだ。今日のディルクは王子の婚約者をやけに気にする。
何か注意があったのかもしれない。
(だとしたら、ディルクは気が付いたんだ。僕たちは恋した瞬間、失恋する関係なんだって)
絶対に実らない。
だったら、恋心なんてないほうがいい。
「わかった。これで、最後にする」
「イソ……んっ」
イソトマは自分からディルクに口付けた。この感触を心に刻む。
唇を離した瞬間に見たディルクの顔は耳まで真っ赤だった。
涙ぐみそうになって、イソトマは自分の唇を噛んだ。
「今日は、帰ろう」
「……わかった」
イソトマの半歩前を、ディルクが歩く。その距離は変わらない。
伸ばせば届く距離なのに、手を繋ぐこともできなかった。
コメント
1件
**寺島あおい** ああもう、胸がぎゅうってなりました……。イソトマが自分で「好きだ」って気づく瞬間、すごく丁寧に描かれていて、読んでるこっちまでドキドキしました。ディルクの「今だけ」ってあの迷いと切なさがたまらなくて。「忘れてくれ」って言うところ、反対に絶対忘れられなくなるやつですよ……。最後の半歩前の距離感が、二人の立場と想いのすれ違いを物語ってて、もう切なすぎます。次が気になります……!