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かに
11
海月🪼🩵‐Mizuki
193
気が付けば、学園祭から一月近くが経っていた。
ルシアンを中心とした皆はレイヴン商団摘発のための準備に入っている。イソトマはその話を、どこか遠巻きに聞いていた。
摘発の当日は、レイヴン商団の気を逸らすため、虚偽の婚約破棄イベントをするそうだ。
(本当だったらよかったのに)
そんな捻くれたことを考える。
ディルクとはあれ以来、護衛と主、それ以上の話をしていない。
(漫画も描いてないから、アシもいらないしな)
あれだけ好きだったルシリリに萌えない。
アルエには病気を疑われた。
(そうじゃない。ただ、なんか……)
ルシアンがディルクを牽制したのだと思うと。
ディルクがそれを受け入れたのだと思うと。
結局、ディルクはイソトマをどう想っているんだろうと考えると。
頭の中がぐちゃぐちゃで、何も考えられなくなる。
(なんかもう、どうでもいいや)
何もかもどうでも良くて、何もする気がしない。
「ごきげんよう、イソトマ様」
教室でトボトボしていたら、リリーに声を掛けられた。
「アフタヌーンティ、御一緒にいかがですか?」
リリーの後ろで他の生徒が何やらコソコソ話しているのが見えた。
そんなことも、今はもうどうでもいい。
(リリーとアフタヌーンティってことは、ルシアンがいるよね)
今は見たくない顔だ。
「折角、お誘いいただいたのに、申し訳ないけど……うわ!」
腕をがっしりと掴んで、リリーに引き寄せられた。
「四の五の言わずに来いよ。面倒くせぇな」
しっかり凄まれて、ルシアンの部屋に連れていかれた。
抵抗するのも面倒になったので、大人しく付いていった。
「午後からルシアンはいないから、楽にしてろよ」
「はぁ、どうも」
「ミルクティが良いんだろ。リザーブする?」
「自分でとる」
シュークリームと桃のタルトを皿に乗せる。
ミルクティはリリーが淹れてくれた。
「ルシアンの部屋なら、ディルクを追い出せんだろ」
「そういえば、そうだね」
ルシアン不在は部屋に入ってから聞いたから、ディルクは扉の外で待っている。
「ディルクを追い出して、僕と何の話がしたいの?」
リリーが紅茶のカップを傾けながらイソトマを見詰めた。
「……何?」
「お前って、推しとか萌えとか言ってないと、暗いよな」
「オタクなんて本来は、みんな暗いんだよ」
SNSに流したら反感を買いそうな偏見を、ぽそりと呟く。
「オタクがよくわかんねぇけど、お前は無駄に元気だろ」
「僕だって元気ないときくらいあるの」
元気がない時はある。
けれど、推しの顔が見たくないと思ったのは、初めてだ。
(どうしよう。このままじゃ、ルシアンのこと嫌いになっちゃいそう)
推しを嫌いになんかなりたくないのに。
ルシアンがディルクを牽制したかどうか、まだわからないのに。
思い込み過ぎて決めつけようとしている。
(こんなの、良くないのに)
良くないほうに流れていく心を止められない。
「好きな男に振られて、へこんでんだ?」
「リリーには関係ない。あと、振られてない」
早口で言い切った。
失恋はしたけど、振られたわけではない。
「へこんでんのは間違いないんだ。どうせディルクだろ。くだらねぇ」
リリーの言葉に、イラっときた。
「リリーにとってはくだらなくても、僕にとってはくだらなくない」
イソトマは立ち上がった。
「そういう話なら、帰るよ。僕から話すことはない」
部屋を出ようとするイソトマをリリーが止めた。
「くだらないね。わかり切ったことでグダグダ悩んでさ。それとも、悩む振りしているだけ?」
リリーがイソトマの胸を押す。
よろけた体が部屋の奥に戻った。
「振りなんかじゃない。どうして、そんなこと言うの? リリーには関係ないのに」
リリーがイソトマの胸倉を掴んだ。
「関係あるから言ってんだ。諦めるのか、続けんのか、はっきりさせろ」
「は……? どういう意味? 何の話?」
リリーが掴んだ胸倉を引き寄せた。
「お前からルシアンを奪うほうが、何万倍も大変なんだよ。僕より先に弱音吐いてんじゃねぇ!」
リリーの手が、イソトマの頬をペチンと叩いた。
ほとんど痛くない叩き方だ。
「……へ? 奪う? リリーが? ルシアンを?」
「そういってんだろ。お前が誰狙いかで俺の作戦も変わるんだよ。どうせディルクだろうけど」
「どうせって言わないで! 間違ってないけど……って、リリーは本気でルシアンを好きになったの?」
胸がドキドキしてきた。
このドキドキは久し振りだ。
「だって、仕方ねぇじゃん。アイツ、絶対助けるとかいうから。もしレイヴン商団から足抜け出来たら、ルシアンのために生きてみたいって、思ったんだよ」
リリーがイソトマから目を逸らした。
その仕草が照れを帯びていて、可愛い。
(リリー、本気なんだ。本気でルシアンのこと、好きになったんだ。ルシアンの台詞も胸熱……もしかすると、ルシアンもリリーに本気なのでは?)
イソトマのオタク脳が高揚する。
リリーの両手を握って、身を乗り出した。
「きっと上手くいくよ。ルシアンに気持ち、届けよう!」
「僕にはそう言えんのに、なんで自分のことはヘタレなんだよ」
呆れ顔で指摘されて、思わずリリーの手を離した。
「だって、僕の場合は。ルシアンが本気で婚約破棄してくれないと、成立しないから」
「そんなもんは、自分から奪いに行けばいいだろ」
「奪うって言っても、僕からできることなんか」
「婚約破棄するしかねぇくらい、悪行積み重ねたらいいんじゃねぇの? 悪魔のイソトマなんだから」
イソトマは顔を曇らせた。
「そんなの、何をしたらいいか、わからないよ」
「案外、もうできてるけどな」
「え? できてるって、何?」
リリーが不思議そうな顔をした。
「やっぱり気付いてなかったんだな。ある意味幸せか」
「だから、何の話……」
リリーが新聞をパサリと手渡した。
そこに躍る文字に、イソトマは蒼褪めた。
『イソトマ=アルシュタイン 第一王子の婚約者でありながら学園祭で連日、違う男とデート!』
記事には写真も添付されている。
セインやノアルと市を回った時の写真だ。
「不貞疑惑を婚約破棄の材料にするため、ルシアンはわざと色んな男とイソトマに市を廻らせた。勿論、レイヴン商団摘発終了後に誤解だったで水に流す方法も考えていたけどな」
リリーの説明に、胸がざわりと鳴った。
そんな狙いがあるなんて、イソトマは聞いていなかった。
「これをそのまんま使ってやればいいんじゃないの?」
リリーの言葉に、イソトマは首を横に振った。
「そんな姑息なこと、するくらいなら、ディルクが好きだって言う」
他の誰かじゃない。ディルクがいい。ディルクじゃなきゃ嫌だ。
目が潤みそうになって、ぎゅっと瞑った。
「家の事情も王族も、知らない。ディルクがいい。ディルクが欲しいから、それ以外全部、捨てたっていい!」
カタン、と物音がした。誰かが近付いてくる足音がする。
瞑った目を、ゆっくり開く。
見慣れた足が、目の前に立っていた。
視線を少しずつ上げていく。
「ディルク……いつの間に。今の、聞いて……」
「すまない、聞いた」
一瞬、目を逸らした。けれど、すぐに視線が絡まった。
「イソトマ、俺は……もう、我慢しない」
伸びてきたディルクの腕がイソトマを捕まえた。
「奪っていいか? 俺のイソトマにしても、いいか?」
「だって、それは……ルシアンに何か、言われたんじゃ」
ディルクの指が、ピクリと跳ねた。
「ルシアン王子に何を言われようと。どうするか、決めるのは自分だった。婚約なんかブチ壊して、俺の伴侶を連れ去りたい」
欲しかった言葉が、突然聞こえた。
あまりに急で、頭の中がぐちゃぐちゃだ。
「奪ってよ……愛しているなら、僕を見て。僕のこと、好きって言って!」
「イソトマだけを……愛してる」
いつも無表情な顔に、笑みが上った。
唇が近付いて、否応なく重なる。
「あ……んっ」
あっという間に唇を塞がれて、舌が絡まった。
魔力が流れ込んで、胸の奥に沈んでいく。
(誘拐された時にキスした時も、こんな風に魔力が流れ込んできて……まるで、印を付けられているみたいだった)
ディルクだけのモノになる印だ。
切なくて苦しい気持ちが、甘さで上塗りされていく。
「好きだよ、イソトマ」
ディルクの指が、確かめるようにイソトマの唇をなぞる。イソトマの顔を胸に抱いた。淡い温もりが肌を伝って、沁み込んでくる。
ディルクの匂いをいっぱいに吸い込める。
この瞬間がもう、夢みたいだった。
(醒めないで。ずっと、この夢の中にいたい)
この夢が少しでも長く続けばいい。
ディルクの腕の中で幸せに酔いながら、イソトマは目を閉じた。
〇●〇●〇
こっそり部屋を抜け出したリリーは、廊下に待機していたアルエに手を振った。
「どうでした?」
「作戦成功。驚くほど巧くいった」
リリーはアルエにノートを返した。
「僕もそこそこ演技の才能あると思うけど、イソトマは素で完璧だった」
「さすがですね、イソトマ様」
アルエが感心してる。
むしろ、イソトマの素の反応まで込みで台本を書いたアルエがさすがだ。
リリーは台本通りの演技をしただけだ。
「ありがとうございました。今のイソトマ様を元気にできる人は、リリーとディルクしかいません」
優しさというべきか。友情というやつなんだろう。
リリーには無縁の関係に、素直に憧れる。
「イソトマが元気になってくれないと、この後の計画に支障をきたすと思っただけだよ」
レイヴン商団摘発計画の本番は、これからだ。
婚約破棄イベントの主役、恋敵役には元気になってもらわないと困る。
「本当の恋敵に、なっちゃいそうだけどな」
おおよそ叶いそうにない大言壮語を、リリーは大事に胸に仕舞った。
コメント
1件
うおおおお!!第38話、めっちゃ良かった…!! イソトマのオタク脳と恋心がぐちゃぐちゃになってる感じ、リアルすぎて胸が痛かったわ。 リリーの「奪う」発言からのルシアンへの本気告白、まさかそんな展開が来るとは思わなかったし、そこからディルクがついに「奪っていいか?」って…待ってました!!ってなった。 魔力のキスの描写もエモすぎて何度も読み返した。次が待ちきれない🔥