🍓第1話:二本並んだ甘い秘密
涼架side
いちごミルクを飲んで以来、僕は完全にその甘い引力に囚われてしまった。
『リセットボタン』なんて大げさな表現だと思っていたけれど、確かにあの練習後のひとくちは、全身の疲労とそれから僕の頭のぐるぐる回る雑念を一瞬で優しくコーティングしてくれるような気がした。
何より、あの甘さは、隣にいる若井の存在をより鮮明に感じさせてくれた。
僕は若井に何も言わなかった。
ただ、それからも練習後の水分補給は、自動販売機の「いちごミルク」に変わった。
一週間後。いつものようにスタジオ練習を終え、僕たちは練習スペースに向かった。
「はー疲れたねぇ」と、タオルで汗を拭く若井
元貴が先に冷蔵庫を開け、自分のドリンクを取り出す。
「お、今日の新曲、サビのアレンジなかなか良いんじゃない?」
元貴がコーヒーを飲みながら言った。
「でしょ?最後のユニゾン、もう少し涼ちゃんの音前に出してもいいかも」
若井はそう言いながら、自動販売機からドリンクを出した。
そして、僕も同じように自販機に硬貨を入れる。
カタン。
出てきたピンク色のパックを手に取り、若井の隣に腰を下ろした。
若井は、自分のドリンクパックを見て、それから僕の手に握られたパックを見て、一瞬ピタリと動きを止めた。
「…涼ちゃん、また?」
彼は驚いたというより、少し照れくさそうに笑った。
「また、って何が?」
僕はわざととぼけて、平静を装ってストローを刺す。
「また、いちごミルクじゃん!え、マジでハマったの?俺、てっきりあの日は気まぐれかと思ってた」
「別にいいでしょ。若井に許可取る必要ないし」
「いや、いいけどさ!」
若井は頬をかいた。
「なんか、嬉しいっていうか、変な感じっていうか」
「変な感じって何さ」
「だってさ、俺の”こだわり”を涼ちゃんが共有してくれてるなんて、思ってもみなかったから」
彼の言葉に、僕の胸がわずかにきゅんとした。
これは僕が密かに求めていた、「共有」という名の接近だ。
「こだわりってほどでもないよ。僕も疲れた時は甘いものが飲みたくなっただけ」
僕はそう言って、彼の視線から逃げられるようにパックに口をつけた。
「ふうん。まぁ、いっか。おそろい、ちょっと楽しいし」
若井は上機嫌に笑い、自分のいちごミルクを飲み始めた。
二本のピンクパックが、僕たちの間に並ぶ。
その光景を、元貴は相変わらず静かに観察していた。
さらに数週間経った。
「いちごミルクを飲む」は、僕たちの間で完全に日常風景になっていた。
誰が言い出すでもなく、二人は練習終わりにピンク色のパックを並べていた。
ある日のこと。
スタジオに入る前、若井が慌てた様子で僕に駆け寄ってきた。
「やっべ!今日、小銭忘れちゃった!涼ちゃん150円貸して!」
「え、いつも持ち歩いてるじゃん」
僕は財布を取り出しながら言った。
「財布ごと忘れてきた!まじ最悪!この後のいちごミルクがないなんて、今日の演奏、絶対テンション上がらない」
若井はドラマチックに頭を抱えた。
彼の日常において、どれほどこのルーティンが重要なのかよくわかった。
「はいはい、これ持ってきな」
僕は若井に小銭を渡す。
「あー、神様 仏様 涼架様!ありがとう!」
若井は満面の笑みで自動販売機に走り、自分のいちごミルクを購入した。
そして、僕が自分の分を買うために硬貨を入れようとした、その時。
「涼ちゃん、ちょい待ち!」
若井が自販機の前から動かず、僕の硬貨を受け取った。
「え?」
「俺が押すよ。借りてばっかじゃフェアじゃないし。それに、涼ちゃんが飲まないといちごミルクが寂しがるからさ」
「……何それ。いちごミルクが寂しがるって」
思わず笑ってしまった。
「だって、そうでしょ?最初は俺の秘密のルーティンだったのに、涼ちゃんが飲み始めてからなんだか二本並んでるのが当たり前になっちゃったんだよ」
若井はそう言って、僕の分のいちごミルクを自販機から取り出した。
「ほら、どうぞ。今日のいちごミルクは、俺からの涼ちゃんへの感謝の気持ち付きです」
若井は満面の笑みで、僕にパックを差し出した
それは単なるジュースではなく、僕たち二人の間を密かに育っている、特別な関係の証のように感じられた。
僕が彼と同じ甘さを求めるようになったのは、他でもない若井滉斗に惹かれているからだ。
そして、彼は無自覚にも、その「おそろい」を喜んで、大切にしてくれている。
「じゃあ、ありがたくいただくよ。若井の感謝の気持ち」
僕がパックを受け取った瞬間、若井は僕の頭をガシガシと撫でた。
「良い飲みっぷり見せてくれよな、相棒!」
彼は僕を「相棒」と呼んだ。
まだ、僕の本当の気持ちには気づいてはいない
でも、僕たちの間に、誰にも見えない、甘くて優しい「いちごミルクのライン」が確かに引かれた。
(このルーティンが、いつか「相棒」というラインを越えて、僕たちの関係を本当に変えてくれるかもしれない)
そう願いながら、僕は若井が渡してくれた、いつもより少し甘く感じるいちごミルクを飲んだ
次回予告
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コメント
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マジで主が天才AIじゃないのかって思う