☕️第2話:コーヒーの苦さと秘密
涼架side
「いちごミルクのおそろい」が日常になってから、僕は若井といる時間がさらに楽しくなっていた。
彼が僕を「相棒」と呼び、いちごミルクがくれる時の笑顔を見るたびに、胸が温かくなる。
ただ一人、この変化を静かに見つめている人物がいる。
僕たちの親友であり、バンドのリーダー、大森元貴だ。
その日は、いつもより早く練習が終わった。
若井は急用があると言って、さっさと帰ってしまった。
もちろん、僕たちが二人で買ったいちごミルクのパックを飲み干して。
「…若井のあからさまなテンションの上がり方あれはちょっと面白いね」
元貴が、僕たちの使用後のいちごミルクのパックをゴミ箱に捨てながら、小さく呟いた。
「え?何が?」
僕は慌てて話題を逸らそうと、譜面を片付け始めた。
「とぼけなくてもいいよ、涼ちゃん」
元貴は僕の向かいの椅子に座り、コーヒーの入ったマグカップを両手で包み込んだ。
いつもの彼の独特の、すべてを見透かしているような静かな眼差しだ。
「最近さ、若井と涼ちゃん、やけに仲良くなったよね。いや、元から仲良いけど、なんていうか…甘くなった」
「甘くなったって、何言って…」
「言葉の綾だよ。でも、真理だ。数週間前まで涼ちゃんの水分補給は渋いお茶か、せいぜい水だった。それが今や、若井と同じいちごミルクだ」
元貴はマグカップから目を離さずに言った。
「たかが飲み物じゃないか。僕も疲労回復に甘いものが欲しくなっただけだよ」
「ふうん、そうかな」
彼はそこで一旦言葉を切り、僕の顔をじっと見た。
この沈黙が、一番居心地が悪い。
「若井が飲み始めた時、涼ちゃんは『よく飽きないね』って言ってた。若井は『リセットボタン』だって言った」
「…覚えてるんだね」
「もちろん。で、涼ちゃんは何なの?ただの気分転換で、数週間以上もルーティン変えるほど飽きっぽい性格だっけ?」
僕の言葉に詰まる様子を見て、元貴はふっと微かに口元を緩めた。
「違うでしょ。涼ちゃんは、若井の『リセットボタン』を共有したいんだよ」
ドクン、と心臓が跳ねた。 鋭すぎる。
彼の感性は、いつだって僕の隠したい部分に正確に触れてくる。
「何言って…」
「若井は、誰にでも明るくて優しい。でも、時々、一人で抱え込む。そういう若井の誰にも見せない『弱さ』や『甘さ』に涼ちゃんは気づいてる。そして、その秘密の甘さを自分だけは隣で一緒に味わっていたい、って思ってる」
元貴はコーヒーを一口飲んだ。
その苦い香りが、いちごミルクの甘さとは正反対で、僕の冷静さを刺激する。
「それって、ただの友情なの?それとも、恋?」
彼の問いは、直接的で、そして痛かった。
僕は目を逸らさず、マグカップの黒い液体を見つめた。
僕の気持ちは、友情というカテゴリーに収まるのだろうか。
若井の屈託のない笑顔が、他の誰かに向けられたら、僕は「相棒だからよかった」と心から言えるだろうか。
「……若井は、僕のこと『相棒』だと思ってるよ」
僕が精一杯の平静を装って答えると、元貴は小さくため息をついた。
「若井がどう思ってるかなんて聞いてないよ。
涼ちゃんが、若井をどう思ってるか、だよ」
「……僕は、若井のことが、大切だよ。バンドメンバーとして、親友として」
「うん、そうだね。でも、その『大切』の重さが、ちょっと普通じゃない気がするな」
元貴は椅子から立ち上がり、僕の肩に手を置いた。
「若井の隣でいちごミルクを飲むことが、涼ちゃんにとって特別なことになっているんでしょ?それはもう、ただのお揃いじゃない。
独占欲だよ」
独占欲。その言葉に、僕はハッとした。
若井が僕にいちごミルクをくれた日の『相棒!』という笑顔。
あの時に感じた喜びは、確かに他の誰にも渡したくない、という感情と繋がっていた。
「自分の気持ち、ちゃんと整理しておきなよ、涼ちゃん。俺は、二人の関係が変わることを望んでないわけじゃない。ただ、若井は鈍いから、涼ちゃんが曖昧な態度でいると、何も気づかずに前に進んじゃうかもしれないから」
元貴はそう言い残し、マグカップを片付けにキッチンに戻った。
僕の目の前には、空になったいちごミルクのパックが置いてある。
彼の言葉が、僕の胸の中でずっと響いていた。
ーー若井の隣でいちごミルクを飲むことが涼ちゃんにとって特別なものになっているんでしょ?
もう、ただの「おそろい」ではいられなかった。
僕の恋は、もう始まっている。
この甘い秘密を、どうやって若井に伝えたら良いのだろうか。
次回予告
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コメント
1件
大森さん厳しいけどナイス!涼ちゃんも自分の気持ちに気づけたみたいで良かった!