テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
ゆる
229
112
【はかなきもの】第1話
春風が心地よく吹き抜ける4月のある日。僕は気分転換を兼ねて、海を見下ろす少し高めの崖を散歩していた。
「〜♪」
鼻歌まじりに歩く。
草の匂いと、微かに混ざる潮の香り
こんな寂れた崖にいる者は僕ぐらいだと思っていた。
ガサッ、
「……?」
生き物が動くような音がし、不思議に思った僕は音のした方へ視線を向ける。
「、!?」
息が止まった。
崖の際、今にも崩れそうな足場に、着流し姿の一人の男が立っていた。
その身体が、ふっと前へ傾く
考えるより先に身体が動いていた
僕は駆け出し、男の腕を思い切り引っ掴んで、こちら側へと引き戻した。
勢い余って二人で草むらに転がる。
「君、! こんな所で何をしてるんだ!?」
息を切らしながら問い詰める。しかし、男は痛がる様子も、助かって安堵する様子もなかった。ただ、着流しについた土を払いながら、
『……ん〜、身投げかな?』
と、まるで明日の天気を予想するかのように、他人事で、ひどく平坦な声で言った。
「身投げって、! そんな簡単に言う言葉ではないだろ!、」
「そもそも何で身投げしようと……!」
『あー、まぁ色々あんねん』
男はひらひらと手を振って、都合が悪いようにはぐらかした。
その瞳は、死を恐れる者の瞳ではなく、かといって生に執着する者の瞳とも違った。
いくら問い詰めても、彼はその理由を教えてはくれないだろう。
「もー……まぁ、深くは詮索しないでおく」
『ん。ありがとーな!!』
先ほどの様子が嘘のように、男はにっこりと笑顔になった。
すると、男はその笑顔を変えず
『なぁなぁ!』
「ん、何?」
『これも何かの縁やから、なんか食い行こーや!!!』
「え? 、死にかけた君が言う? まぁ、いいけど」
『よっしゃ! 喫茶店行こーや!!!』
なんて変な奴だろう。 命を拾った直後に、喫茶店で珈琲でも啜ろうというのか。
けれど、彼のどこか突き抜けた明るさに、僕の心は不思議と悪い気持ちにはならなかった。
コメント
1件
いやもう冒頭から引き込まれた…!崖際で「身投げかな?」って他人事みたいに言う男、何者なんだろう。助けた直後に「なんか食い行こ」ってそのノリで行けるのすごいよね。明るくて掴みどころがない感じ、でも目が死んでるわけじゃなくて気になる…続きが気になる!