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◇◇◇◇
ヴァルディウス王城、執務室。
かつて国の中枢として機能していたその部屋は、いまや荒れ果てていた。
机の上には書類が乱雑に散らばり、引き出しはすべて開け放たれ、中身は床へとぶちまけられている。羊皮紙の擦れる音と、木製の引き出しが何度も乱暴に開閉される音だけが、静まり返った室内に響いていた。
「……まだ?」
呆れを隠そうともしない声が、背後から飛ぶ。
窓辺にもたれかかるように立つリースペイトが、冷めた視線を向けていた。
ユークリッドは答える余裕もなく、机の引き出しをひっくり返すように漁り続ける。
「まだだ……」
息を荒くしながら、震える手で書類を払いのける。
「ここに、あったはずなんだ」
焦燥が声に滲んでいた。
王であった男の面影は、いまやその必死さの中にしか残っていない。
リースペイトは深くため息をついた。
その吐息には、最悪の予感が現実になった諦めが混じっている。
「……もうやめなさい。契約の魔法陣は、もう魔族の手にあるわ」
ユークリッドの手が止まる。
振り返る瞳に、驚愕が走った。
「そんなはずはない」
否定するように言葉を吐く。
「誰にも話していない。あれの存在を、魔族が知るはずがない」
リースペイトは肩をすくめた。
「もし私が魔族なら、自分の弱点をそのまま放置するなんて、ありえないわ」
その一言は冷酷なまでに現実的だった。
ユークリッドの顔から、血の気が引いていく。
「……もう、破棄されたのか?」
落胆の声。
だが、リースペイトはゆっくりと首を横に振った。
「いいえ。それはないでしょうね。白の魔女が何かしらの罠を仕掛けている可能性もある。だからこそ、簡単には処分しないはずよ」
ユークリッドは唇を噛んだ。
「なら……どこにある」
絞り出すような問い。
リースペイトの口元に、わずかな皮肉が浮かぶ。
「決まってるじゃない。一番安全な場所よ」
「……それは?」
問い返した瞬間、リースペイトは呆れたように眉を寄せた。
「本当に分からないの?」
わざとらしく息を吐く。
「はぁ……肌身離さず持っているに決まってるでしょう」
「……なら、戦うしかないのか」
その問いに、リースペイトは即座に鼻で笑った。
「戦う? この国がどれだけ瘴気に侵されていると思ってるの」
窓の外へ視線を向ける。
紫の湯気のようなものが国全体を覆っている。
「この環境で魔族と正面から戦うなんて、冗談でしょ。万に一つも勝ち目なんてない」
その言葉は、希望を断ち切る刃のようだった。
「……なら、逃げるか」
リースペイトはユークリッドの顔をチラリと見た。
「今、魔族は謁見の間にいる。この国で、最も瘴気の濃い場所にね。それは、お師匠様たちが国の外で目を光らせているからよ。瘴気が広がらないように、包囲している」
そして、薄く笑う。
「逃げるなら、確かに今が絶好の機会」
だが、その笑みはすぐに消えた。
「……それでも、私は待つ」
ぽつりと落ちた言葉。
ユークリッドが眉をひそめる。
「待つ? 誰をだ」
リースペイトは、どこか懐かしむように目を伏せた。
「私は一人だけ知っているの。たった一人で、魔族を冥界へ送り返せる魔女を」
ユークリッドの息が止まる。
「……誰だ」
リースペイトの唇が、ゆっくりと動く。
「初代の魔女の生き残り。貴方が追放した白の魔女よ」
「な……!」
ユークリッドの目が見開かれる。
驚愕が、その顔を支配した。
その瞬間。
リースペイトの表情が変わる。
ふっと、笑った。
「……来たわね」
その声に、室内の空気が張り詰めた。
「もう、城の中に入ってる」
確信に満ちた声。
彼女はそっと手のひらを開いた。
そこから、淡い星の粒がふわりと湧き上がる。
夜の欠片のような光。
小さな星々は静かに宙へ浮かび、執務室の天井近くで揺れたかと思うと、そのまま音もなく消えていった。
「……魔族のところまで、案内しましょうか」
その微笑みは、まるで決戦を待ち望んでいたかのようだった。
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