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「兄上のことがあるから、モルダン男爵家のことを調べるのは簡単だ。こっちが少し手続きすれば、屋敷を丸ごと洗えるだろうさ」
「すぐにでもそうするべきでしょうね」
「ああ、もちろんだ。諸々の手続きの方はエルヴァンに頼んでいる」
私とイルドラ殿下は、モルダン男爵家のサジェードへの疑惑を各所に伝えた後、客室で向き合って座っていた。
モルダン男爵家は、アヴェルド殿下と癒着していた。当主と娘がオーバル子爵家の被害者となった訳だが、別にそれで罪が消えるという訳ではない。
その罪に関して調べるという名目で、詳しい調査は可能である。これは私達にとって、とても幸いなことだ。
「手続きができ次第、俺達もモルダン男爵家の屋敷に向かうとしよう。もどかしいことではあるが、やっぱりその辺りを無視する訳にはいかないからな」
「……ですが、メルーナ嬢が心配です」
「しかし今は待つしかない。そもそも俺達だけでモルダン男爵家の屋敷に行っても、何も調べられはしないだろうさ。無理やり調べたら、問題になるだけだ。だから、なんとか耐えてくれ」
イルドラ殿下は、私の目を真っ直ぐに見つめてきていた。
彼自身も、当然メルーナ嬢のことは心配なのだろう。その険しい表情からは、それが伝わってくる。
もちろん私も、待つしかないということはわかっていない訳ではない。できるだけ早く、手続きが終わって欲しいものである。
「……イルドラ兄上、リルティア嬢、この部屋にいるのか!」
「……オルテッドか? どうしたんだ、そんなに慌てて……とにかく入っていいぞ」
そんなことを話していると、部屋の戸が急に叩かれた。
その直後に焦った様子で部屋に入って来たのは、オルテッド殿下である。彼の表情は、何か問題が起きたことを表している。
「良かった。すぐに見つかって……」
「オルテッド、何があったんだ?」
「それが、ウォーラン兄上がさ。モルダン男爵家に向かっちまって」
「何っ……?」
オルテッド殿下からの報告に、イルドラ殿下は顔を歪めていた。
それは当然のことだ。モルダン男爵家を調べる手続きは、まだできていないのだから。
「何をやっているんだ。あいつは……」
「多分、メルーナ嬢のことが心配だったんじゃないか? 一秒でも早く助けようって」
「真面目な癖に変な所で大胆だな。だが、ウォーランらしいといえばウォーランらしい。気付かなかったが俺が馬鹿だ」
イルドラ殿下は、頭を抱えていた。
その気持ちはよくわかる。私だって、ウォーラン殿下がそういう人だということは知っていた。兄である彼からしてみれば、とても悔しいことだろう。
しかし今は、後悔している場合ではない。私達も、対処しなければならないだろう。
◇◇◇
私とイルドラ殿下は、モルダン男爵家に向かっていた。
調査に関する手続きは、無理を言って早くしてもらった。というか、割と必要な手続きを飛ばしている。国王様の鶴の一声で、なんとかしてもらったのだ。
それは本当は、良くないことである。ただウォーラン殿下が大変大胆な行動をしてしまっているため、これはもう仕方ない。
「ウォーランの奴は、メルーナ嬢を助けることしか考えていないのだろうさ」
「その気持ちは、私もよくわかります」
「しかし正式な手続きを通しておかないと、サジェードを追い詰めることができなくなる。父上の鶴の一声でなんとかしてもらったが、これでも後で問題にはなりそうだ」
馬車の中で、イルドラ殿下は頭を抱えていた。
ウォーラン殿下の行動を聞いてから、彼はずっとこんな感じだ。色々と思う所があるのだろう。
「ウォーラン殿下は、正義感が強い方なのですよね……そこは良い所だと思っていたのですけれど」
「良い所でもあるが、悪い所でもある。あいつは時々暴走しがちだ」
「ウォーラン殿下は、どうするつもりなのでしょうか?」
「あいつのことだ。モルダン男爵家に忍び込むつもりだろう。そういうことは、案外上手くやれる奴ではあるから、必要以上の問題にはならないとは思うが……」
ウォーラン殿下は、才能豊かな人であるらしい。
しかし、もしもウォーラン殿下が侵入して見つかったりでもしたら大変だ。王族が泥棒なんて、とんでもない。
もっとも、仮に見つかってもメルーナ嬢を見つけていれば問題にはならないだろう。そちらの方が罪は大きいし、ウォーラン殿下の行動の理由の証明にも一応なる。
「先に出た使用人が追いついてくれているといいが……」
「ウォーラン殿下は、馬車にも乗らずに行ったんですよね?」
「ああ、といっても、奴は馬のことを気遣えない程馬鹿ではない。休息は取っているだろうさ」
「でも、先に出た以上、同じ条件では追いつけはしませんよね?」
「そうだな。どこかで留まっていることを願うしかない」
私達に先駆けて、使用人が馬に乗ってウォーラン殿下を追ってくれている。
しかしウォーラン殿下は馬車を手配したりもせずに、馬に自ら乗って駆け出したそうだ。条件が同じ以上、普通に行ったら追いつくことはない。
「問題が起こっていることを願うのはいいことではないのですけれどね……」
「まあ、仕方ないことさ」
結局私達にできることがあるという訳ではない。
とにかく私達は、モルダン男爵家に向かうのだ。既に決着がついていようといまいとも。
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