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私は、イルドラ殿下とともにモルダン男爵家の屋敷の前まで辿り着いていた。
そこで私達は、足を止めることになる。ウォーラン殿下が立っていたからだ。
「ウォーラン……」
「兄上……すみません、先走ってしまって」
イルドラ殿下の予測では、既に屋敷に忍び込んでいるはずだった。
しかしどうやら、彼も踏み止まってくれたようだ。流石にそれは、まずいと思ったということだろうか。
それは私達にとっては、幸いなことだった。彼が屋敷に忍び込んだ場合、色々と厄介なことになっていただろうから。
「流石のお前でも、屋敷に忍び込もうとは思わなかった訳か」
「いえ、最初はそのつもりでした。ただ、追ってきた使用人の方が兄上達がこちらに来ているということを伝えてくれて」
「追いついたのか?」
「道中で、落石事故がありまして。少し足止めを食らっていたんです」
私達が望んでいた通り、ウォーラン殿下は足止めを食らっていたようだった。
それで使用人に追いつかれて、私達が来ることを知らされた。そこで彼はやっと、踏み止まる判断をしたのだろう。私達が程なくして来るのだから、わざわざ危険を犯す必要も、ないと思ったのかもしれない。
「それで兄上、きちんと許可は取れているのですよね?」
「きちんとは取れていないさ。お前が先走ったせいで、無理して取ったんだ」
「それはすみません。しかし、合法的にモルダン男爵家を調べられるのですね?」
「まあ、一応はそういうことになるが……」
「それならすぐに行きましょう」
踏み止まったものの、ウォーラン殿下は完全に冷静という訳でもないようだった。
それだけ、メルーナ嬢のことが心配なのだろう。その気持ちはわからない訳ではない。
「……別に今更躊躇う必要もないからな。こうなったらモルダン男爵家を丸洗いするとしようか。ただ、もう少し待ってくれ。俺達と一緒に来ている騎士達がこちらに来る」
「……わかりました」
イルドラ殿下の言葉に、ウォーラン殿下は唇を噛みしめていた。
はやる気持ちは、まだあるようだ。とはいえ、騎士達が着いてからの方が良いという判断はできているので、左程問題がある訳でもない。
「メルーナ嬢が、無事ならいいのですが……」
「ああ、それは俺だって願っていることだ」
「……」
二人は、神妙な面持ちで会話を交わしていた。
実際の所、メルーナ嬢が無事かどうかは微妙な所だ。サジェードが冷酷な男であるならば、既に手にかけていてもおかしくはない。
ただ、希望を失うべきではないだろう。人一人の命を奪うというのは、大変なことだ。サジェードが冷静であるならば、まだ何もしていない可能性も充分あるだろう。
◇◇◇
「悪いが、入らせてもらうぜ?」
「……イルドラ殿下、このような訪問は無礼であると思いませんか?」
「無礼と言われてもな。こちらには大義名分というものがある。モルダン男爵家は被害者でもあるが、兄上との癒着に関しては加害者側だ。それを忘れないでもらいたい」
私達が訪ねると、サジェードはすぐに出てきた。
彼は、焦ったような顔をしている。それは何かしら、やましいことがあるからだろう。
それが、メルーナ嬢のことであるかはわからない。人に見られたくないものなんて、いくらでもある。彼が単純に、個人的な秘め事について焦っているだけかもしれない。
「しかしながら、こちらにも準備というものが……」
「準備をされたら、こちらは困るんだよ。ただでさえ、色々とあって調査が遅れてしまっているからな。そう考えると、既に準備なんてできているんじゃないか?」
「調査というなら、一度行われているでしょう」
「もっと詳しく調べるということだ。あの時はこちらもごたごたしていた。それは何よりあなたが、わかっているはずだ」
イルドラ殿下の言葉に対して、サジェードは抵抗する意思を見せてきた。
どうやら彼には、人には絶対に知られたくない秘密の類があるらしい。ここまで抵抗するということは、やはり犯罪の類に思えてしまう。
「言っておくが、そちらが何を言おうとも調査は実行する」
「なっ……!」
イルドラ殿下が手を上げると、周囲の騎士達は一斉に動き出した。
色々とあった訳ではあるが、一応正式に許可は得られている。サジェードが何を言おうとも、無駄なのだ。
「やめろ! 僕の屋敷を勝手に調べるな!」
しかしながらサジェードは、騎士達を止めようと声を上げ始めた。
彼のその態度は、異常ともいえる。やはりここにメルーナ嬢がいる可能性は高そうだ。
「兄上、僕も行きます」
「ああ……」
そんなサジェードを気にすることもなく、ウォーラン殿下は屋敷の奥の方に駆けて行った。
弟を見送りながら、イルドラ殿下はサジェードを睨みつける。彼はここに残って、話を続けるつもりであるようだ。
「サジェード、何かやましいことがあるなら素直に打ち明けた方がいい。隠していてもいいことはないぞ?」
「ぼ、僕は別に何も……」
「認めないというなら、それでもいい。ただ、逃げられるなんて思わない方がいい。騎士達の調査は厳重だ。この屋敷の全てを暴くだろう」
イルドラ殿下は、冷たい視線をサジェードに向けていた。
それに彼は、ゆっくりと項垂れる。罪を告白するべきか、考えているのだろうか。
しかし、中々に言葉は出てこなかった。どうやら彼には、そういった勇気はなかったようである。