私には好きな人がいる。
私の名前は鹿雨(しかざめ)沙耶(さや)。亀池(きゅうち)学園に通うしがない高校1年生です。
亀池学園とは都内でも屈指の自然を大切にする高校です。
亀池学園という名前の通り、学園内には亀さんがのびのびと泳ぐ大きな整備された池があり
その亀さんのお世話係は生徒の義務。
それができない生徒は入学できないor入学しても転学or退学せざるを得ないのです。
さらに園芸部、盆栽部など他の学校ではマイナーな部活が盛んで
学園内に自然が溢れていることで、茶道部の部室も
そして茶道部の部室内から見える景色も趣がある景色になっている。
私は小さな頃から爬虫類が好きで、トカゲやヤモリ、そして亀など
女の子はみんな嫌がっていたが、私は目を輝かせて捕まえていた。
高校1年生になった現在もそれは継続していて、ニシアフリカトカゲモドキという少し大きなヤモリで
尻尾が太い可愛い子が家族にいるほどである。ちなみに名前はギロくん。
ニシアフリカトカゲモドキは尻尾が太く、その尻尾が楽器のギロに似ているから命名した。
小学生の弟はいるが、歳が離れているの+性別が違いほとんど話すことはなく
家での話すといえば同じ中学で3年間同じクラスだった親友の休恵と電話をするときか
ギロくんとお喋りするかの2択なのである。
唯一の親友の休恵が家守神学院という高校へ行ったので、高校生活には不安があった。
地味な私に中学時代、友達、親友ができたのもおそらく奇跡。
高校に上がって変わってみようかと思ったけど変わり方がわからなかった。
相も変わらずミーハーな私は音楽番組で出たアーティストの
音楽番組で披露した流行りの曲をプレイリストに追加して聴いている。
これといって好きなアーティストもいなければ、好きなMyPiperも好きな芸人さんもいない。
世間では「推し」呼ばれる存在がいると皆口を揃えて言うが、私にはそんな「推し」はいない。
いるとすればギロくんくらいなものだ。そんな何の取り柄も、特徴もない私に友達ができるのか。
そんな心配を裏腹にこんな私にも派手めな友達?ができた。のかな?
まずは茶髪の女の子。彼女は蒲名(かばな)夏(なつ)。
そして金髪で毛先がピンク色のオシャレな女の子。鍵野(かぎや)恵流(える)。
本当に地味で何の取り柄も、特徴もない私みたいなのが、なぜ華のある2人と仲良くなれたのか。
それは亀池学園に入学し、出席番号順ではなんだということで席替えをした次の日の話。
まず夏が話しかけてくれた。その理由は席が近いというのと
話を聞くと実は私と同じように中学では地味な感じだったのだが
高校では同じ中学の知り合いがいないということで少しはっちゃけてみたらしい。
近くの席には恵流もいて、夏が「地味だった自分の殻を破るためにいってみる!」と
思い切って恵流に話しかけた。最初のほうこそなんの共通点もなく、あまり仲良く感じられていなかったが
「鍵野さん〜…は、音楽とかなに好きなの?」
という夏が投げかけたなんてことのない話題から仲良くなった。
「んん〜…ま、そんな詳しくはないけど」
「大丈夫大丈夫。私も私も」
「「A childish adults」」とか」
「お。私も聴いてるよ?ちなみになんて曲?」
「「Never forget the child’s mind」かな」
「はいはい。ね。有名だよね。私も私も」
実はその曲は私も好きで
「私もその曲好き」
と少し参戦することができた。
「おぉ〜沙耶も!ちなみに他は?」
と夏が恵流に引き続き聞く。
「他?他はぁ〜…」
と思い出す恵流。
「「Space scales」の「宇宙旅行」とか」
と言うと夏が驚いた顔で自分のことを指指す。
「私も私も!」
私も内心少し驚いていた。その曲は私も好きだったから。
とは言っても世間で「流行の曲」というものに分類される曲なので大きく驚くことはなかった。
「私も」
「おぉ?3人で好きなアーティストと好きな曲が同じ。まあまあ。今んとこ2曲だし、2曲とも有名だしね?」
と言った後、夏は「カモンカモン」と言うようなジェスチャーをする。
恵流はスマホを取り出して操作し、画面を見ながら言う。
「あとはぁ〜「鬼はん」の「百鬼夜行」とか」
驚いた顔をしたが「カモンカモン」のジェスチャーを続ける夏。
「「Cassos take ALL」の「S○it to King」、「WALE(We are limitless)」の「ノーブレーキ」
「OWL(Off World Laughing)」の「笑えや笑え」、「Colorful wing crow」の「Break the stereotype」
「“Reveal the truth”MEDICINE」の「目を醒ませ」、「Super Visual」の「Look me」とか
「9SIXIS6」の「9O6」、「WHOOHM」の「OH,HO」
「LIGHTING RIGHTS」の「Spot“right”」、「Shadow Tickets」の「機械人間」
「祭之華」の「The main the festa」、「風ノ音」の「風鈴華傘(ふうりんかざん)」
「Ring-win-Ring」の「Match is start」、「IMI(アイ エム ワン)」の「Not Some1」とかかな。
それをプレイリストに入れてシャッフルで聴いてる感じ」
と恵流が言うと夏は驚いた顔をして目を輝かせて
「すごくない!?全部聴いてんだけど!」
と恵流の手を握った。
「おぉ。そっか」
驚いたのは夏だけではなかった。私も恵流が聴いている曲をすべて聴いていた。
しかも同じくプレイリストを作ってシャッフル再生もしていた。
「私も、今の全部聴いてる」
と恐る恐る言ったところ、夏は目を輝かせて私の手も握り
「親友じゃん?」
と言った。私は内心
親友にしては早くない?
とも思ったし
親友でも聴いてる曲が同じって珍しくない?
とも思ったが、嬉しかったし、なにか通ずる感じがあったのは確かなので口には出さずにいた。
3人の共通点は聴いている曲が同じということだけではなかった。
「ちなみに今挙げたアーティストの中で好きなアーティストとかいる?」
と夏が聞いて恵流が答えようとしたとき
「あ、待って待って?一緒に言おう。沙耶も一緒に」
と言われたので頷く。
「いい?今鍵野さんが言ったアーティストの中で好きなアーティストいる?せーのっ」
「「「いない」」」
揃った。
「おぉ〜」
夏が嬉しそうに目を輝かせる。
「てことは推しとかもいないわけだ?」
頷く恵流に、頷く私。
「私らってミーハーだね?」
と言う夏の顔とその言葉に思わず笑った恵流。それを見て私も笑った。
「恵流でいいよ」
「え?」
「苗字じゃなくて」
「あぁ。えぇ〜…(コホン)じゃあ…恵流」
と改まって名前を呼ぶ夏。名前を呼ばれて微笑む恵流。
「おぉ。ギャルの微笑み、破壊力パネェ。眩しいぃ」
わざとらしく眩しがる夏。恵流は笑いながら私に
「鹿雨(しかざめ)さんも私のこと名前で呼んでいいからね?」
と言ってくれた。
「あ、うん。恵流ちゃん」
「ちゃんー…もいらないけど、ま、呼びやすいように」
「ありがとう」
私も名前でいいよ
と言いたかったが
「私は?なっちー?なっつん?夏?なんて呼んでくれるん?」
「なんて呼んでほしい?」
「おいぃ〜、なんだその返し。イケメンか?えぇ〜、そうだなぁ〜。
中学のときはなっつんとかなっちんとかあだ名が多かったからあだ名慣れしてるのもあるけどぉ〜…」
「名前呼び?」
「そうだなぁ〜…そうだね?1回呼んでみて?」
「夏?」
「おぉ…お…。おぉ…うぅ〜ん」
「しっくりこない?」
「惚れそう」
「なんだそれ」
と入るタイミングを完全に逃し言えなかった。そしてある時
「合コン!行こう!この3人で!」
ムフゥ〜と鼻から息を出すように鼻息を荒くした夏が、私と恵流の机に手をついて言ってきた。
「ご、合コン?」
あまりに唐突&非現実的な言葉に驚いた。
「そ!合コン!」
目を輝かせて言う夏に
「興味ない。パス」
と冷酷に恵流は告げた。
「ちょ恵流さぁ〜ん。頼みまっせぇ〜」
「ど、どうしたの?急に」
行く行かないは後回しにして事情を聞いてみることにした。
「いやぁ〜実はさぁ〜」
話を聞くと夏が中学生のとき好きだった男の子からLIMEで連絡が来て
その男の子から「合コンセッティングできないか?」と頼まれたらしい。
相手側は3人ということでちょうど私と恵流に白羽の矢が立ったのだ。
「ね!お願い!お願いします!恵流様!沙耶(さや)様も!どうかお願いしますだ!」
と手を擦り合わせて頭を下げてお願いする夏に、夏の協力をするということで参加することにした。
ー
オレの名前は篠鞘(しのざや)咲楼(さくろう)。黒ノ木学園に通う1年生。
「だぁ〜…。あぁ〜!ダルぅ〜…。ダルぅ〜!」
このうるさいのは木場野(こばの)六奏(ろっか)。席が近く仲良くなった。
「なぁ〜?ダルいよなぁ〜?彩愛(あい)ぃ〜」
六奏に言われて
「あぁ。まあな」
と言う彼は六角崎(むつのざき)彩愛。目つきが鋭く口数も多くなく、クールで怖く思われがちらしい。
しかし仲良くなってみればいいやつ、という典型的なパターンのやつ。近くの席になった六奏の
見た目などそういうことを気にしない良い意味でのバカさで話しかけて仲良くなった。
「おっぱいおーっぱい」
ご覧の通りのバカである。六奏と彩愛と仲良くなってしばらく経った頃。
「彼女がほしい!」
というまた六奏のバカな一言から始まった。
オレたちが通う黒ノ木学園は男子校。そう、女子がいないのである。しかも偏差値が低く、校則も緩い。
そのため冬の寒い時期には、男子校で女子の目を気にしなくていいので
はんてんを着て授業を聞いているフリをして寝ている生徒がいたり
夏の暑い時期にはTシャツを着ずにYシャツでボタンを全部開けて授業を受ける生徒がいたり
授業中はさすがに注意されるが、休み時間なんかには
Tシャツの生徒もYシャツの生徒も上半身裸になる生徒も珍しくないし
なんなら下着のパンツのみになる生徒もいるほどの無法地帯っぷり。
体育の授業後には教室や更衣室に戻る前に校庭や体育館から体育着を脱いでいく生徒も少なくない。
大声で下ネタを話しても女子がいないので大丈夫。六奏のようにうわ言で
「おぱーい。おーぱーい」
というアホな生徒も少なくない。…いや、訂正します。それは少ないです。
そんな男子校でも彼女がいる生徒はいる。もちろん他校に。
それはどうやって出会ったのかというと、大概は中学から付き合っていてとか
バイト先の先輩とか後輩とかそういうのが多い。中学のときから付き合っていて〜の場合
なぜ彼女と同じ高校へ行かなかったのか?という疑問があるだろう。
黒ノ木学園は黄葉ノ宮高校、桜ノ丘高等学校、白樺ノ森学院、紅ノ花水木女学院と同じ系列の高校で
通称「五ノ高校」と呼ばれている高校の1校。その五ノ高校の中ではスポーツに強い高校なのである。
東京にはスポーツ強豪校として「太陽(ひ)之光学園」という、東京の代表といっても過誤ではない高校があるが
そこは非常にレベルが高く、各中学の各運動部のエリートたちが集う高校。
能力はあるものの太陽之光学園に入れなかった人たちが多く入学するのが、この黒ノ木学園なのである。
黒ノ木学園と似た高校で烏森(うしん)高校という高校もあるが、烏森高校は共学。
「女子と楽しく高校生活してる男に負けられるわけねぇよなぁ〜?」
という精神で黒ノ木学園のほうが強い。そのため、中学で部活に勤しんでいた生徒は彼女と同じ高校へは行かず
黒ノ木学園に入学するという生徒が多いのである。しかし大概すぐに別れる。
部活に勤しみ、なおかつ別の高校。同じ高校ならお昼ご飯を一緒に食べたり、登下校一緒だったりと
隙間を縫って時間を作れるが、他校だとそうはいかない。らしい。
ちなみによく男子校には「同性愛の生徒いるんでしょ?」などと聞かれるが(聞かれたことはないが)いない。
いや、いるのかもしれないが知らない。普通に考えればそうだろう。
一般社会では「LGBTQ+の方がが生きやすいように、肩身の狭い思いをせずに済む社会に!」
「ジェンダー差別がどうたらこうたら」と謳っているが、それは理想のお話。
LGBTQ+の人だとわかって特別な待遇をするのが
LGBTQ+の方が求める「LGBTQ+の方がが生きやすいように、肩身の狭い思いをせずに済む社会に!」
「ジェンダー差別がどうたらこうたら」ではないとオレは思う。男女の恋愛に特別な待遇はないわけで
だとするとLGBTQ+の人だとわかって特別な待遇をするというのは“普通”ではない。
LGBTQ+とわかったら、多少以前とは違う目で見てしまうのが現実なわけで
LGBTQ+とわかっても以前と変わらぬ対応、態度の世界が理想
いや、究極、LGBTQ+というのを言わなくてもいいというのが理想なのかもしれない。
しかもそれは“社会”のお話であって、大人の世界の話だ。
多感な年頃の中学、高校生にそれを求めるのは、いささか難しい話である。
共学で男子が男子を好きだとわかったら、男子からは変な目で見られるかもしれないが
女子からは「女子に害がない男子」認定されて女子と仲良くなれるかもしれない。
しかし男子しかいない男子校では、男子に変な目で見られたら、それは「学園生活の終わり」を意味する。
だから、もしかしたら男子が好きな男子、同性愛の生徒はいるかもしれないがそれは公表しない。
なので知らないというのが回答である。なので彼女が欲しいとなったら、自ずと外に目を向けることになる。
オレ、咲楼(さくろう)は中学のときは共学で好きな人はいた。
その人はバスケ部の先輩で、普段は優しくて、体育館のモップ掛けのときも優しく話しかけてくれたり
他の人に気を配ったりする人だが、試合や練習のときは違う。とにかく高みを目指して自分を高め
自分に厳しく、その高い士気が周りに伝染して女子バスケ部は強かったりした。
そんな先輩に対して、いつしか憧れと恋愛的な好意が同居する感情が芽生えていた。
しかし先輩とは部活以外は関わりがなく、連絡先も知らない。卒業するまでその気持ちを伝えられず
先輩が卒業するというタイミングで時間を作ってもらい告白をしたところ
「私高校に行っちゃうし、私篠鞘(しのざや)くんのことあんまり知らなくて…」
と優しくフラれた。当然だった。オレも先輩に対してのこの気持ちが
憧れなのか恋愛的好意なのかはっきりしていなかったし
先輩がオレのことを知らないように、オレも先輩のことを知らない。
なんなら告白してオッケーだったときのほうが不自然なほどだ。
先輩がいたときも先輩に憧れて頑張って部活をしていたが
先輩が卒業し、キッパリフラれたことで雑念が消えて、さらに部活に熱を注げた。
本当は太陽之光学園に行きたかったのだが、さすがにレベルが高くて入れず
次にスポーツ強豪校と言われる黒ノ木学園にスポーツ推薦で入学した。
打倒陽学(ようがく(太陽之光学園の略称))を掲げて、入学前から黒ノ木学園で練習をしていたほどだ。
なのでしばらく彼女なんて考えたこともなかったが、六奏は帰宅部でよっぽど暇で彼女が欲しいのか
「合コンセッティングしたから明後日行くぞ」
と勝手に合コンと日時を設定していた。
「は?合コン?行くってオレに言ってんの?」
「当たり前じゃーん?あと彩愛もな」
「オレも?」
「2人とも明後日部活ないだろ?」
オレも彩愛も部活はなかった。なので行く以外の選択肢が残されていなかった。
変に緊張して放課後電車に揺られて待ち合わせ場所であるという大吉祥寺駅へ。
「髪崩れてない?」
と電車の中でオレに確認してくる六奏。
「崩れてない崩れてない」
「テキトーかよ」
「いや、元の髪型を知らんから」
「昼にめっちゃセットしてたでしょ」
黒ノ木学園のトイレにはワックスやヘアスプレー
ドライヤー、アイロンなどが無数に洗面台周辺に置いてある。
置いてあるものに関しては誰に使われても文句を言わない。
そして誰に許可を取らずとも使用していいという暗黙のルールが存在する。
放課後に合コンやらデートやらがある生徒は昼間、トイレに長時間籠って髪をセットしたりするのだ。
「六奏の髪型覚えてるほど暇じゃない」
「ひどすんぎ。な!彩愛」
「オレも覚えてない」
「ひどすんぎ!」
と言うもののオレも彩愛も多少は髪をセットしていた。
大吉祥寺駅で降り、待ち合わせ場所である柱の前に行く。
様々な制服が行き来する大吉祥寺だが、六奏の反応を見るに、まだ待ち合わせ相手は来ていないようだった。
待っている間もスマホの暗い画面で髪をいじる六奏。
「お!あ!いたいた!木場野(こばの)くん!お待たせぇ〜!」
と元気のいい女の子の声がする。そちらに目線を向けると
こちらに手を振って歩いてきている制服姿の茶髪の女の子と
その少し後ろで横並びになるように黒髪の女の子と金髪で毛先がピンクのギャルがいた。
「おぉ〜蒲名(かばな)!なんか変わったな!」
笑顔で、でも興味深そうに言う六奏。
「そ、そおかな?」
「茶髪になってるし」
「そーゆー木場野く…だって金髪になってる」
「おぉ。そうなんよ。卒業してソッコーブリーチ(脱色)した。
ま、とりま移動してからゆっくり自己紹介しますか」
ということでステージ1(ワン)というカラオケ、ボーリング
クレーンゲームなどが楽しめる施設へ行き、カラオケの部屋に入って
飲み物を取りに行って自己紹介をすることになった。
「はい!」
と六奏が元気良く立ち上がり手を挙げる。
「一番手行きやす!木場野(こばの)六奏です!
数字の「6」に「奏でる」で「六奏(ろっか)」です!黒ノ木学園の1年です!趣味はぁ〜…」
と考え、しばし沈黙が訪れる。
「オレの趣味ってなに?」
と咲楼(さくろう)にグイッっと寄って聞く六奏。
「オレに聞くなよ」
「これといった趣味はないんですがぁ〜…。ま、ゲーム実況見るのは好きですかね?
男子校で女子いないので、今日はこんな可愛い皆さんに会えて光栄です!よろしくお願いしますっ!」
夏が拍手する。沙耶(さや)も恐る恐る拍手をし、恵流もゆっくりと拍手をする。
「んじゃー次は咲楼!」
六奏からバトンを渡されて、変に緊張し、お尻を動かし、座り直す咲楼。
「えぇ〜…」
と自己紹介をしようとした咲楼の太ももを軽く叩いて
「立って、立って」
と小さい声で言う六奏。
「なんで立たんといかんの?」
「オレが立ったんだから」
いや、勝手にな?
と思いながらも重い腰を上げる咲楼。
「えぇ〜…。篠鞘(しのざや)咲楼(さくろう)です。六奏、こいつと同じく黒ノ木学園の1年です。
趣味…というか部活はバスケ部に入ってます。…よろしくお願いすぃ、ます」
噛んだ
噛んで恥ずかしくなり顔が熱くなる咲楼。拍手がまた顔を熱くさせる。
「ほいぃ〜次、彩愛(あい)」
と言われて自己紹介をしようとするが
六奏に両手を上下させ「立って」というジェスチャーをされて立つ彩愛。
「六角崎(むつのざき)彩愛です。自分も黒ノ木の1年です。
自分はサッカー部に入ってます。よろしくお願いします」
淡々とした自己紹介を終え座る彩愛。
男の子たちが自己紹介を終えたので、自ずと私たち女子が自己紹介することになった。
一番手にいったのはこの合コンの主催者
「私の名前は蒲名(かばな)夏です!えぇ、木野場(このば)く、んとは同じ中学で、した。
亀池学園の1年です!趣味はー…なんだろ。あ!音楽聴くのは好きです!
流行ってる曲しか知らないミーハーだけど…。
あ!あと中学のときは茶道部でした!今は帰宅部ですけど…。よろしくお願いします!」
と元気よく言うと
「よっ!」
と夏の好きな人だという金髪の木野場さんという人が盛り上げる。
恵流と顔を見合わせてどちらが次に行こうかと目線だけで相談する。
「あ、えぇっと、鹿雨(しかざめ)沙耶(さや)です」
私が先に自己紹介することにした。
「私も夏、あ、蒲名さんと同じ亀池学園の1年生です。趣味はー…」
家族のニシアフ(ニシアフリカトカゲモドキ)のギロくんの観察です
と言おうとしたが「女の子が?」と思われるかもしれないと思い言い留まった。
「趣味はあれですけど、美術部に入っているので絵を描くのは割と好きです。あ、…よ、ろしくお願いします」
となんともいえない自己紹介で終わった。それでも
「よっ!鹿雨さん!」
と夏の好きな人が盛り上げてくれた。
「恵流様?恵流様ぁ〜?」
無言の恵流に「自己紹介!」と顔で言う夏。
「鍵野(かぎや)恵流(える)。です。趣味はなし。園芸部です。よろしくお願い、します」
という冷めた恵流の自己紹介にも
「よっ!」
っと盛り上げてくれる木野場さん。
「鍵野さん園芸部なんだ?めっちゃ意外」
と夏ではなく恵流に食いつく木野場さん。
「そっすね。花が好きなんで」
とどこを見るわけでもなく言う恵流。
オレは六奏(ろっか)の言葉に、考えすぎかもしれないけど多少の「失礼さ」を感じ
「あうっ」
六奏の頭に手を乗せ
「それ失礼」
と言った。
「へ?なにが?」
とキョトン顔の六奏。
「“意外”とか」
「え。あ、そお?」
「すいません」
代わりに鍵野さんと呼ばれるギャル的風貌の女の子に謝った。
「あ、いえ。慣れてるんで。園芸部でも友達いないですし」
「マジ!?オレならそっこー話しかけて仲良くなるけどなぁ〜」
という悪意も善意も他意もない、無邪気で無垢な発言をする六奏に思わず笑う鍵野さん。
「ありがと」
「え?あ、いえいえ!あ、鹿雨さんはー…」
六奏が言葉を詰まらせる。
当然だ。私には特筆して注目する点がない。
恵流みたいに綺麗な金髪に綺麗なピンク色を入れた綺麗な髪をして綺麗な顔をしているわけではないし
夏みたいに好きな人に自分をアピールしているわけでもない。
「どんな絵描いてるんですか?」
「え?」
そんな私に質問が飛んできた。質問してきたのは木野場さんではなく篠鞘(しのざや)だった。
「あ、すいません。言いたくなかったら」
「あ!いえ!」
なぜか嬉しくて大きく否定した。
「主に自然の絵を描いてます」
「自然の」
「はい。亀池学園、うちの高校って自然がすごい溢れてて
同じ場所でも見る角度によって見える花があったりするので」
「へぇ〜。亀池って静岡の兎岳(静岡県兎岳高校の略称)とライバルなイメージしかなかったけど
自然豊かな高校なんですね」
「あぁ。運動部のことですね。篠鞘さんバスケ部に所属しているって仰ってましたもんね」
「そうなんですよ」
それぞれがそれぞれで話す中、私は篠鞘さんとしばらく話していた。
「よしっ!カラオケだし1曲くらい歌いますか!」
という六奏の提案で歌を歌うことになった。六奏が曲を入れるタッチパネルの機械を操作し、曲を入れた。
「お。この曲知ってる」
「マジっすか?一緒に歌います?」
「いや。それはいい」
六奏が入れたのは「FACTs.」の「Factor」だった。「FACTs.」というバンドの楽曲で
だいぶ前のドラマの主題歌で、そのバンドを一躍有名バンドの仲間入りに押し上げた楽曲らしい。
六奏は今日の合コンのために「歌えたらモテる曲」とか「流行りの曲」
「女子ウケのいい曲」というのを調べていたらしく、結果これになったらしい。
授業中もずっと聴いてリズムを取っていたし、昼休みには歌っていたしそこそこ上手いはずだ。
どんどんと順番が回っていく。飲み物が無くなったので
「オレ飲み物取ってくるのと、ついでにトイレも行ってくるから、オレの番来てもオレいなかったら飛ばして」
と六奏に告げて部屋を出た。別に嫌いじゃない。
一緒にいるのは六奏と彩愛。初対面とはいえ、人当たりの良さそうな女子たち。
ただどうも1人になりたくなる。そんな時間が必要だと感じた。
「私トイレ行ってくる。ついでに飲み物も取ってくる。なにがいい?」
そう夏と恵流に聞いて
「私の番が来て私がいなかったら飛ばしちゃって」
と恵流に言って夏と恵流のコップと私のコップを持って部屋を出た。
別に嫌じゃない。高校で仲良くなった夏と恵流と一緒だし、単純に楽しいし。
ただカラオケというものがあまり得意ではない。
カラオケに限った話じゃない。人前でなにかを発表すること全般があまり得意ではない。
自意識過剰と思われるかもしれないし、当たり前だとも思うかもしれないけど
人前に立ち、なにかを発表するときの人の視線が自分に向くのが得意じゃない。
よく他人(ひと)は自分のことなんて全然見てないよ。なんて言うけど
誰かの前に立ち、なにかをすれば自ずと注目は集まる。
注目する方も私なんていう地味な存在を見るのは嫌かもしれない。
1人になりたくなる。1人の時間が欲しいと思った。
「これが私の、これが夏のでこれが恵流」
コップがごっちゃにならないように左から順番に置いておく。
ちょっとだけマンガでも読もうかな
なんて思ってマンガが置いてあるスペースへ行った。
するとどのマンガを読もうかと眺めている篠鞘さんがいた。
あ「激痛!!ピアスくん&激痛!!ピアスちゃん」の単行本だ。バスケしてるから開ける予定ないけど読んでみるか
とマンガのタイトルを眺めていると視線の端にローファーが目に入った。
マンガ選ぶのか返すのか。ま、どっちにしろ退(ど)くか
と思い後ろを確認して後ろに下がった。しかしそのローファーの人は来ない。
疑問に思い目線を上げると、そこには鹿雨さんがいた。
「あ。…ども」
と軽く頭を下げた。
「あ。どうも」
鹿雨さんも頭を下げた。黒い綺麗な髪が重力に逆らいわさっっと舞って重力に負けて落ちた。
「マンガ。選びます?」
「あ、え。あ、はい」
鹿雨さんはどこか焦るような様子でマンガのタイトルを見ていた。
「そんな焦んなくてもマンガは逃げないっすよ」
と言った。
「あ、そう、ですね」
「ま、誰かに取られるってのを逃げるっていうなら逃げるかもしれないけど」
と言う篠鞘さんの言葉に思わずクスッっと笑ってしまった。
「たしかに」
「マンガお好きなんですか?」
「あ、いえ。ちょっと時間を潰そうかなって」
「あぁ。もしかしてカラオケ得意じゃない感じですか」
「あ…。はい。あ!でもあの場は好きなんです!篠鞘さんも含めて皆さん良い人そうですし!」
「良い人…。六奏が?」
と斜め上を見て考える篠鞘さん。
「あれはただのバカです」
「ただのバカ」
「はい。いい意味でも悪い意味でもなにも考えてないんで、良い人とも悪い人とも捉えられますね」
「そうなんですね」
「…。あ、もしかして1人になりたかった感じですか?じゃあ、オレは」
とドリンクバーへ行こうとした篠鞘さんを
「あ!いえ!」
私はなぜか引き留めた。篠鞘さんの言う通り1人の時間が欲しかったはずなのに。
「大人数でなければ大丈夫なので」
「あ…。じゃあ」
とオレは残ることにした。オレも1人になる時間が必要だったが
鹿雨さんと同じで「大人数でなければいい」という気持ちがあった。
「篠鞘さんもカラオケ得意じゃないんですか?」
「あぁ…。ま、得意でもなければ苦手でもないって感じですかね」
「あ、そっか。バスケで注目されるのには慣れて」
「あぁ。鹿雨さんは注目されるのが苦手な感じなんですか」
「そうなんです。しかもめちゃくちゃ歌が上手いってわけでもなくて…」
「それはオレもっす」
なんだか心地いいと感じた。矛盾しているかもしれないけど
篠鞘さんと一緒にいるのに1人でいるような感じ。
「あ「激痛!!ピアスちゃん」だ」
と鹿雨さんがマンガを手に取る。
「知ってるんですか?」
「あ、詳しいわけではないんですけど
たまたまゲームセンターの景品になってるのを見かけたことがあって。…ミーハーなんです私」
「ミーハー…ってなんでしたっけ?」
「端的に言うと全員が好きなものが好きっていう。言っちゃえば無個性みたいなもんです」
「…。ま、でも全員が好きなら好きでしょ」
「え?」
「いや、オムライス、ハンバーグ、ハンバーガー、ラーメン、生姜焼き、カレー
だいたいの人が好きなものって別に恥ずかしいことではないし
それが無個性ってわけでない…気が…オレはしますけどね」
自分で言ってて自分の内容に自信を失った。
「ふふっ」
鹿雨さんが笑った。
「あ、すいません。食べ物ばっかりで、しかも全部子どもが好きそうなもので」
と笑う鹿雨さん。
「…。あぁ。たしかに。でも鹿雨さんも好きでしょ?アレルギーとかじゃなければ」
「好きですよ」
不意のその言葉に、不覚にもドキッっとしてしまった。
「オムライスもハンバーガーもラーメンもカレーも。…でも無個性なのは無個性なんです。私」
「好きなこととか、好きなものとか」
と篠鞘さんに言われてギロくんのことが頭に思い浮かぶ。
なぜか篠鞘さんには知られてもいいかな?と思ったし、知られて嫌われたくないとも思った。
「…爬虫類って苦手ですか?」
「爬虫類?トカゲとかヤモリとかカエルとか?」
「はい。正確にはカエルは両生類ですが、その認識のやつです」
「…小さい頃は捕まえてた気がしますけど…。最近見てないからな…」
「私爬虫類が好きなんです」
「めっちゃ強い個性あるじゃないっすか」
と静かに驚く篠鞘さん。
「でも女の子で爬虫類好きって珍しいし、引かれるかもって隠してて」
鹿雨さんがスマホをいじって画面をオレに見せてくれた。
「家族にも迎えていて。ギロくんっていうんです」
鹿雨さんのスマホの画面には笑ったような顔のヤモリが写っていた。
「へぇ〜。可愛い。ヤモリ、ですか?」
「はい。ヤモリの仲間です。ニシアフリカトカゲモドキ。一般的にはニシアフって呼ばれてます」
「へぇ〜」
そのニシアフリカトカゲモドキが世間に浸透してないから、一般的もなにもないですけどね
というのはキラキラした目で言う鹿雨さんには言えなかった。
「初めてです。ギロくんのこと話したの」
「あ、え。あのお2人には?」
「…怖くて言えません。せっかくできたお友達なのに…」
「…。オレでよかったら」
「え?」
「オレでよかったら聞きますよ。というか聞かせてください、ギロくんのこと」
「え…。いいんですか…!?」
頷く篠鞘さん。嬉しかった。思わずスマホを強く握りしめた。
「あ、じゃ、じゃあ!あの。連絡、先」
「あ、はい。もちろん」
その場で連絡先、LIMEを交換した。
最初に鹿雨さんから送られてきたスタンプはニシアフリカトカゲモドキが
「よろしくぅ〜」と言っているイラストのスタンプだった。
「ほんと好きなんですね」
「あ、え…」
「好きです」という言葉を篠鞘さんに投げかけるのに躊躇した。
「これからよろしくお願いします」
と頭を下げる篠鞘さん。
「あ、こちらこそ!よろしくお願いします!」
思い切り頭を下げた。頭を上げると微笑む篠鞘さんがいた。
そのとき心の中に生まれたけれど、鮮明に見えなかったものの片鱗が見えた気がした。
私、篠鞘さんのこと好きなのかもしれない
これはそんな篠鞘さんのことを好きになってしまったかもしれない私の物語。
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