オレには好きな人がいる。…好きな人?なのか?いや、気になってる程度の人…好き?
いや、まだこう、恋愛とかそういう感じでもないような…こう…なんというか
「いいから始めろ!」
という先輩の掛け声で先輩に1度ボールを渡し、ボールが返ってきて1on1が始まる。
オレの名前は竹馬(たけば)水葉(みずは)。全国屈指のスポーツ強豪校、太陽(ひ)之光学園の2年生。
今やっているのはバスケ部の練習、1on1。1on1とは文字通り1人対1人のタイマンの練習。
オフェンス対ディフェンスで、シュートが決まる、もしくはボールがエリア外に出ると
オフェンス役とディフェンス役が入れ替わる。時間制、もしくは得点制で勝敗を決めるもの。
うちの高校では大抵は先輩対後輩の図。全国レベルで戦ってきた先輩が後輩をしごく。
現在の部活では問題になるんじゃないか?というほどのスパルタ具合。しかし決して
「おいテメェーこんなんでへばってんのか?死ぬか?おい?」
とか
「テメェーどこにパス出してんだ!殺すぞ!」
とかいう暴言や竹刀で叩いたり、平手打ちしたり、そんなスパルタではない。
とにかく手を抜かないというスパルタ。
太陽之光学園に入ったばかりの生徒というのはいわば才能の原石たちだ。
全国各地の各スポーツの猛者が集まり、各部活に入ってくる。
2年生、3年生の先輩たちも入学したてはそうだったはず。
しかし入学し先輩たちに揉まれ、全国大会という舞台も経験し、研磨され加工され
自らの輝き方を見つけたキラッキラの宝石へと先輩方は成長を遂げた。
そんな辞めずに続け、輝いている宝石、いや、先輩たちと対峙することになる原石たち。
いわば磨かれた一級品の宝石対原石である。まだ勝てるはずがない。
もしかしたら原石には先輩を超える大きな宝石が埋まっているかもしれないがまだ磨く前。
とにかくそんな原石相手に一級品の宝石たち、先輩たちは手を抜かない。
入学したてだと先輩との1on1で1回もシュートを決められないというのがほとんど。
バスケ部だけではなくサッカー部も弓道部も陸上部も新体操部もバレー部もゴルフ部も
野球部もダンス部も卓球部も柔道部も剣道部もバトミントン部も水泳部も大概1on1で先輩に揉まれる。
そのスパルタさ加減、先輩との実力差に心が折れて部活に顔を出さなくなった生徒
高校にすら来なくなった生徒、退学した生徒はそこそこいる。
さっきも言ったが太陽之光学園はスポーツ強豪校。
学力よりもなによりもスポーツ、運動部の成績を重視している。
なので部活は吹奏楽部を除いて運動部しかないし、吹奏楽部以外の生徒は運動部に所属することは義務。
太陽之光学園は特殊で、入試試験というものが存在しない。
面接と入学した後に入部を希望する部活への体験入部にて合否が決まる。
なので中学でバスケ部に入っていた者は、言わずもがなバスケ部への入部を希望する。
しかし念願叶って入学できて、バスケ部に入れて、先輩との実力差に心が折れて、でも部活への入部は義務。
他の部活に入ったところで、その部活で1番実力がない子にも圧倒的な差をつけられて負ける。
そして心が折れる。
しかし部活には所属しないといけないし、部活に所属しないと結局は退学せざるを得ないことになる。
現在2年生のオレも入学したときは心が折れそうになった。
オレは中学時代、自分のことをバスケの天才、バスケの申し子だと思っていた。
誰と1on1をやっても負けなかったし、なんなら1on2でも負けなかった。無敵だと思っていた。
シュートもドリブルも小学生の頃から積み重ねてきた練習により、同じ中学の誰よりも上手かった。
自負もしていたし、周りからも言われていた。顧問の先生からも
「これだけ才能があるなら陽学(ようがく(太陽之光学園の略称))に行けるかもしれないから一応受けてみろ」
と言われるほど。担任の先生もそう言ってくれて、本命を太陽之光学園にしてバスケをめちゃくちゃやった。
滑り止めの受験のために受験勉強も多少はしたが
クラスのみんなが学校で勉強し、塾でも勉強している時期、オレはバスケの練習を欠かすことはなかった。
全国から太陽之光学園に入るために受験に来る生徒は大勢いて倍率はすごく高かった。
しかしアイドルの応募のように書類審査のようなものがある。
まずは受験前に所属中学と所属する部活の顧問の先生、担任の先生の話を聞くらしい。
その一次審査で篩(ふるい)にかけられる。そこで残ったものが面接、体験入部の本受験に行ける。
運がいいことにオレは一次審査を通過し、本受験を迎えることができた。
面接では人柄、受け答えなどを見ていたらしく、体験入部では実力はさることながら、気を回せるかどうか
チームワークの良さなど様々な部分を見ていて、顧問の先生と先輩達が話し合って合否を決める。
合格発表のときはめちゃくちゃドキドキしたが
スマホの画面には「合格」の2文字があり、クラス中が祝ってくれた。
帰ったら父さんも母さんも姉ちゃんも祝ってくれた。しかし嬉しかったのはその日までだった。
入学前から太陽之光学園の練習に参加していたが、同じく合格したバスケ部のメンバーと手合わせしたら
無敵だと思っていた自分が、音を立てて崩れ始めた。全然歯が立たないわけではないが
今まで通りの自分の強さは微塵も感じなかった。ギリギリ勝てたりギリギリ負けたり。
そして先輩と手合わせしたとき、無敵だと思っていた自分は、跡形もなくなるほどに粉々に砕かれた。
たった1年歳が上なだけなのに、2年の先輩がオフェンスのとき一度もボールに触れることが出来なかった。
自分がオフェンスになってもほとんどシュートを打たせてもらえなかった。
同じく合格したバスケ部のメンバーも先輩との手合わせで息も絶え絶え
口から魂と自信が抜け出たように体育館の床にへたり込む。本来、入学式、真新しい制服の袖に腕を通し
高校生として校舎に足を踏み入れるというのは、緊張と期待で心が躍るものだろうが
これから3年間、自分の自信というものをサンドバッグのように殴られ続けるのだと思うと
制服を着るのも、高校生として校舎に足を踏み入れるのも少し憂鬱だった。
入学式が終わり、張り出されていたクラス分けの紙で自分の名前を探し、自分のクラスの教室へと行った。
全国各地の各中学の各部活、各スポーツの選りすぐりのエリートが集まった高校。
部活の数も多いため、同じクラスに同じ部活の人がいるということは稀らしく
オレのクラスにも同じバスケ部のメンバーの見知った顔はいなかった。席に着く。
「なあなあ。お前何部?」
と隣の席のやつが話しかけてきた。
「オレはバスケ部」
「おぉ!モテ部だなぁ〜。ライバルめ」
と笑う。
「ライバルってことは、サッカー部?」
「That’s right!! オレ朝陽(あさひ)龍海(たつみ)。よろしく」
「あ、オレは竹馬(たけば)水葉(みずは)。よろしく」
龍海と握手をした。違う部活だが、それから龍海と仲良くなった。
五十音順での席だったが、せっかくだからということで席替えをしたが、龍海と前後の席になって
「変わんねぇ〜」
「たしかに」
と笑い合った。オレと同じバスケ部の羽生馬(はぶうま)三毛錫(みけし)、通称「ミケ」と
龍海と同じサッカー部の綱笠(あみかさ)銃立(じゅうた)とも仲良くなり
4人で部活終わり、時間が合えば、帰りにコンビニに寄ったり
ファストフード店、ワク・デイジーに寄って駄弁ったりした。
「いやぁ〜マジキツいんだけど」
「サッカー部も?オレらもキツいよな?ミケ」
「キツすぎ。先輩たち手抜かなすぎ」
「「それ」」
「サッカー部もマジヤバいから。1年チーム対2年チームとかいうイジメ」
「オレらもある!やったよな?1年対2年」
「ボコボーコ」
「たーしかーに」
「コールドゲームよ」
「ほんとな」
「でもさーオレらも来年にはあんだけ強くなれんのかな?」
「なれる気しねぇけど」
「「「それなぁ〜…」」」
そんな話を会う度していた。春は夏のインターハイに向けて練習を重ね
他校との練習試合も幾度となく行った。練習試合は練習試合。
見込みのある1年生を組み込んだ“試験的”な構成で挑んでみたり、タイムで選手を入れ替えてみたり。
オレも練習試合で使ってもらったが
先輩との連携、ゴール下への切り込みなど、まだまだ実力がなく、すぐに下げられた。
一方ミケこと三毛錫は練習試合でそこそこいいプレーをし、監督、顧問、先輩からもそこそこな高評価。
同じ1年で仲が良いミケとでさえ実力差があることを知り、少し落ち込んだ。
そこからドロドロした感情が、気づかない間に自分の中に流れていた。サッカー部の龍海や銃立も
「全然うまくならん」
とかいう発言も
どうせオレよりうまくいってる
とどこかで思ってしまったりしていた。
夏のインターハイに向けて、東京代表の枠を勝ち取るトーナメントが始まった。
悪いが特に太陽之光学園を脅かすような高校はない。強いて言えば男子校である黒ノ木学園がそこそこできる。
黄葉ノ宮高校はその年によって強さはバラバラ。
烏森(うしん)高校が黒ノ木学園と倒して勝ち上がってくるときもあれば
黄葉ノ宮高校が勝ち上がってくるときもある。あとは目ではない。
トーナメント1回戦の相手は東京の名門、桜ノ丘高等学校。頭脳明晰。
全国屈指の偏差値の高さ、いい大学への進学率の良さを誇る。オレたち陽学なんて足元にも及ばない。
しかし、スポーツ面では立場が逆。スポーツにおいては我ら陽学の足元にも及ばない。
サクオカ(桜ノ丘高等学校の略称)には悪いがイージーゲーム。ということでスタメンは相手を舐め切った布陣。
ほとんどが1年生。そこにはオレも含まれていた。2年生や3年生は今後に温存。
サクオカ相手に怪我でもしたら大変であるためだ。トーナメント1回戦。
サクオカには悪いが1年生だけで充分だった。危なげなく勝ち、その後もどんどんと勝ち上がっていった。
このトーナメントに勝てば、夏のインターハイへの入場チケットがやっと手に入る。
どこの高校も本気を出してくる。すべてをぶつけてくる。それはそうだろう。
部活として基本的には3年生はインハイ出場、優勝が最後の大きな目標。
つまりインハイへの出場チケットをもぎ取れなかった時点で基本的には引退。
もちろんそれはうち、太陽之光学園も同じだが、悪いが実力が違う。
トーナメントを勝ち上がれば勝ち上がるほど、当たり前だが相手の実力も上がっていった。
イージーゲームというほどでもなかったが苦戦もしなかった。
そしてさすがは黒ノ木学園。黒ノ木学園も勝ち上がってきていた。
ということで夏のインターハイ、東京代表校は黒ノ木学園と我ら太陽之光学園となった。
それからまた地獄の練習の始まり。今までの練習に輪を掛けて地獄の練習。それはそう。
いくら東京代表のインターハイ出場チケットをもぎ取れたからといっても、1回戦で負けたら意味がない。
インターハイ出場という肩書きを名乗れるから意味がないことはないが
太陽之光学園の名を背負って1回戦敗退は洒落にならない。トーナメントで負かしてきた
インターハイ出場、そして優勝を夢見た東京校たちの屍を乗り越え
彼らの想いも背負って「東京代表」となったのだ。
3年生もせっかく出場できたインターハイで1回戦で敗退したくないという想いで練習に励み
2年生も諸先輩方にインターハイ優勝という花を持たせてあげたいという想いで練習に励み
1年生は初のインターハイを前に緊張で練習に励む。そして迎えた夏のインターハイ。
蝉がうるさく鳴き、陽炎が立つ真夏。インターハイが行われる会場が大きく感じる。
先輩たちは慣れている様子だったが、やはりどこか緊張しながら会場へと歩を進める。
1回戦の相手は静岡県代表、兎岳(うさぎだけ)高校。
「いくぞ!!」
「「おう!!」」
「勝ち進むのは」
「「兎だけ!!」」
「優勝するのも」
「「兎岳!!」」
という掛け声が有名。インターハイの試合に優劣はない。しかし1回戦というのは大事。
順調に得点を重ね、順調に勝つという、順調に行くということを意識下に刷り込むことで
2回戦もそのマインドが無意識下にあり、順調に事が進む。なので1回戦のスタメンは重要。
オレはもちろん、ミケもスタメン(スターティングメンバー)には選ばれなかった。
しかしミケはスタメンが良い流れを作ったときに1回投入してみると監督、顧問に言われていた。
オレは完全な応援。登場スタメンやベンチのメンバーが怪我や病欠したときは
もしかしたら声がかかるかもしれないが、バスケ、いや、スポーツを行う一流、一流のスポーツマンは
練習、そして試合当日までのコンディション作り、体調管理
そして試合当日を迎え、全力を出す、ここまですべての自己管理ができるのが一流のスポーツマン。
なので怪我や病欠なんてほとんどない。なのでオレの1年でのインターハイ出場も夢と消える。
結局インターハイ当日、誰も欠けることなく会場入り。1回戦。
スタメンが良い流れを作り、交代でミケがコートに出て、友達としてミケが緊張しているのが伝わったが
大きなミスをすることなく良い流れに乗り、可もなく不可もなくというプレーをし
我ら太陽之光学園は難なく勝利。2回戦に勝ち上がった。高校に戻って作戦会議&2回戦のスタメンの発表。
2回戦の相手は愛知県代表、鯉昇滝(りしょろう)高校。中部地方最強とも言われる高校。
なので油断できない。もちろんどこの高校も油断はできないが。
「インターハイという名の滝を昇り切って龍になれ!」
「「はい!」」
「行ってこい!」
「「しゃー!!」」
という気合い入れが有名。2回戦のスタメン。2年生3年生の構成。
交代の控えのメンバーにミケもオレも選ばれることはなかった。
迎えた2回戦。さすが中部地方最強と呼ばれるだけあって苦戦を強いられた。
しかし無事2回戦突破。3回戦に駒を進めることができた。
3回戦目の相手は大阪代表、梟枝(きょうし)学園。
毎年メンバーが、テキトーそうな、少しチャラい外見をしているが、実力は折り紙つき。
それこそ木に留まったフクロウのように冷静に戦況を見て
可愛い顔に似合わない鋭いクチバシで勝利を勝ち取る。
3回戦も気合いを入れないといけないということでスタメンは2年生3年生の構成。
交代要員で1年生の名前も呼ばれたが、オレとミケの名前は呼ばれなかった。迎えた3回戦。
3回戦まで勝ち上がってきた実力校。もちろん強かったのだが、予想よりもあっさりした試合となった。
準々決勝に進出。相手は北海道代表、熊穴(ゆうけつ)高等学校。
雪国から雪を掻き分けて穴倉から出てきた熊たちは冬眠に向けて飢えている。要するに強い。
熊穴高等学校は文武両道で有名な高校で、スポーツだけでなく頭も良い。
対戦相手の分析、そしてその対策をしてくる。
ということでスタメンは2年生3年生の構成。交代の控えのメンバーも2年生。
いざ準々決勝。さすが文武両道の熊穴高等学校。
フィジカルで勝てる選手をマークにつけて、リバウンドは拾わせないようにしたり
リバウンドを拾って即座にパスされた選手は小柄で足の速い選手で外から中に入り込み
その小柄な体と素早さを利用してゴール下に潜り込んで
先輩たちが「ヤバい」と思い、その小柄な選手を対処するためにマークが集中したところで
3ポイントライン付近にいる選手にパスを出し
もちろん3ポイントライン付近にいる選手は3ポイントシュートの成功率の高い選手。
スパッっと3ポイントを決めたりと、美しいまでの流れ。
3ポイントを決めてきたりとオフェンスもディフェンスも考え抜かれ
さらに実力もあるという高校で、正直苦戦した。
インターハイで自分の高校が準々決勝にいるという事実も信じられなかったが
今目の前で繰り広げられているハイレベルな攻防も信じられなかった。
結果は…。ギリギリ我ら太陽之光学園の勝利。
我ら太陽之光学園は頭脳では到底熊穴高等学校には勝てないが
適応力、そしてチームワーク、さらに個々の強さでは優っていた。
最初は徹底的に研究された熊穴高等学校のディフェンスに得点を稼ぐことができず
さらに考え抜かれ、さらに実力もあるオフェンスで得点を稼がれ、序盤こそリードを許していたが
徐々に熊穴高等学校のディフェンスを攻略し、得点を稼ぎ
反対に熊穴高等学校のオフェンスも攻略し、得点されるのを防いでいき点差は逆転。
攻略に時間がかかったため、ギリギリの勝利となった。見ていて手に汗握った。
こんな試合を来年自分ができるのか…。そう思うと、到底できそうにないなと思った。
準決勝に進出。相手は沖縄県代表、蛇茂(じゃんも)高校。だいたいみんな日焼けしており
どこかふわふわしたような、でも芯があるという感じの
高校の名の通り、蛇のように掴みどころのない選手ばかり。
さらに戦術も掴みどころのないドリブルに
時間が経つにつれて蛇のようにじわじわと締め付けるような、体力を削ってくるハイペースな試合運び。
ディフェンスも茂みから急に飛び出してきた蛇のように、素早くボールをカットされる。
おまけに沖縄特有の濃い顔でイケメン揃い。準決勝という舞台に加えてイケメンの選手に黄色い声援が多い。
見た目と雰囲気に騙されてはいけない。準決勝まで上がってきた実力校。
スタメンはいつものように2年生3年生構成。
だがなぜか交代の控えのメンバーにオレの名前が呼ばれた。完全に気を抜いていた。
試合前のシュート練のためにコートに出る。
まだ試合ではないのに、インターハイのコートにいるというだけで、気持ち悪くなるほど緊張した。
もし交代になったら、これまでの良い流れを崩さないように、いいプレーをしたいが、欲張らず
いいプレーは出せずとも荷物にはならないようにと心掛けてベンチに腰掛ける。
試合開始のブザーが鳴り、先輩たちがコートで躍動する。
点数は我ら太陽之光学園が優勢。そこで監督がオレを呼ぶ。
「交代するから用意しとけ」
とのことだった。監督の隣で胸を突き破りそうなほどの心臓を落ち着かせるように胸を摩りながら息を吐く。
交代の合図がなされ、2年の先輩がこちらに向かって歩いてくる。
バッシュ(バスケットボールシューズ)の裏を掌で拭き
コートの床にキュッ!キュッ!っと鳴らすように擦り付けグリップを確かめる。
コートとコート外のライン付近で2年の先輩と交代するために顔を合わせる。
2年の先輩はコート内、オレはコート外。先輩はオレの両肩に両手を置いて
「いいか。落ち着け?水葉にとっては初のインターハイの舞台だ。しかも準決勝。緊張するのもわかる。
実力以上のプレーをしたいって気持ちもわかる。でもな?等身大で行け。
周りが引き上げてくれる。背伸びしなきゃいつの間にか実力以上のプレーができてる」
先輩に気持ちを落ち着かせてもらい
「はい」
と緊張であまり理解していなかったが返事を返す。
「よし。見ろ」
と先輩に言われて周りを見る。
「これがインハイ準決勝の景色だ。だがな?これで満足するな?
勝って決勝の景色見て、優勝したその先の景色を見るんだ」
「うっす」
「うっし」
2年の先輩が手を挙げる。オレは肩を上下させ、首を左右上下に曲げ一つ息を吐いて
先輩の挙げた手に手をぶつける。そして先輩がコートの外へ、オレがコートの中へ。
すれ違う瞬間先輩から尻を軽く叩かれた。
「っしゃ」
コート内に入った瞬間感じた、相手高校、蛇茂高校の蛇のように絡みつく視線。
試合が再開される。コート内に入って驚いた。
コート外で見ていたハイペースな試合運びは、コート内では数段早く感じる。ついていくのに必死。
オレがついていくのに必死でも、先輩たちのお陰で得点は依然リードしたまま。
そして先輩からパスが回ってきた。
「ゆっくり。ペース落として、自分のペースでいいから。飲まれるな」
という声が聞こえ、気持ちを落ち着かせながらドリブルをする。
そして戦況を把握する。先輩の位置、これから先輩はどう動くか。
先輩が中に切り込んだのでオレは先輩とは反対にドリブルして外周を周り
コートに1回バウンドさせて中に切り込んだ先輩にパスを出した。
「いただき」
微かに笑ったような声が聞こえたと思ったら
どこからともなくニヤリとした相手選手の顔がオレの横を通り過ぎていった。
「…え」
次の瞬間、周りの選手が自分とは反対方向に向かって走り出す。
自分が出したパスがカットされたと気づくのに時間がかかった。
ヤバい。やってしまった
と振り返ったときにはブザー。相手に得点が入った。
幸いまだ得点は微かにリードしていたためすぐにオレも正気に戻って試合に戻る。
そこからオレへの視線は獲物を狙う蛇のようの鋭いものがあった。
まるでオレがチームの弱点と言わんばかりに。その視線に負けないように頑張った。
とにかく先輩たちの足だけ引っ張らないように。
そして交代まで目立ったミスも目立ったいいプレーもせずに試合をした。
結果、3ポイントシュート1本の差、つまり3ポイントの差で我ら太陽之光学園が決勝に進出。
オレは喜びよりも安堵の気持ちが勝っていた。そして決勝。その年のインターハイ優勝を賭けた決戦の相手。
福岡県代表、獅子影学園。百獣の王である獅子を背負った闘志の強い高校。
技術面はもちろん、フィジカルの強さ、そしてその気迫で、数々の動物(高校)を食い殺し
その屍を踏み締め、積み上がった屍の山の頂上に、今、立とうとしている。
相手は我ら太陽之光学園。太陽vs獅子という図で会場のボルテージはMAX。
獅子影学園は本来「百獣の王の獅子でもサバンナの木陰で休む。
なのでこの学園の生徒は皆、食物連鎖の頂点にいる獅子だけど、焦らず時には休んでもいい。
そんな獅子が休めるほど安心できてのびのびできる学園」という高校だが
「よかか?オレたちは百獣ん王や。決勝まできた。相手は東京。あん陽学や。ただ気持ちじゃ負けん」
「「おう!!」」
「いつもは百獣ん王が負くるわけなかよな?とか言いよーばってん。
だけど相手は太陽や。百獣の王とか言ってられん。
喰らいつけ。太陽など飲み込んじまえ。オレたち獅子ん影で太陽ば覆い隠すぞ!」
「「おう!!」」
「気合い入れてけ!」
「「っしゃー!!」」
と高校の本来の方針とは違う「影」の使い方をしたキャプテンによる気合い入れ。
我ら太陽之光学園も気合いを入れるため円になる。
「東京代表になるまでは既定路線。
インハイ1回戦でいい流れになってここ(決勝)まできた。決勝に来て満足できるか?」
全員が首を横に振る。
「相手は獅子影学園。気迫がスゴイけど押し負けるな?相手はたかが百獣の王だ。こちとら太陽系の王だ」
「「おう!!」」
「太陽には敵わないってところ見せてやれ!」
「「しゃー!!」」
と全員で気合いを入れた。会場からは拍手が起こる。
会場も選手たちも並々ならぬ雰囲気。獅子影はこれから喧嘩でもするのかという気迫。
試合開始のブザーが鳴りジャンプボール。最初にボールを持ったのは獅子影学園。
まるでライオンの群れの長のような視線で先輩たちを見る。
そして群れの仲間たちの位置を把握して威圧的な一歩を踏み出す。
先輩たちもインターハイの決勝という舞台の緊張と相手の威圧感で、いつもとは雰囲気が違う気がした。
さすがは決勝に上がってきた実力校。
威圧感のあるプレーにフィジカルの強さ、そして技術の高さで先制点を取られた。
ボールは先輩たちに渡る。3年の先輩が2年の先輩に声をかけ
ボールをコート内の3年生の先輩に出しプレーが再開。おそらく
「落ち着いてこ」
とでも言ったのだろう。しかしインターハイの決勝の舞台、そして相手の威圧感にはすぐには慣れない。
パスをカットされてしまい速攻。なんと2連続得点を許してしまった。4-0からの幕開け。
インターハイの決勝の舞台に相手の威圧感に焦りも加わった。悪い流れというのはすぐには切れないもので…。
結果…。その年のインターハイ優勝校は福岡県代表、獅子影学園となった。
監督も顧問もなにか言っていたがオレの頭には入ってこなかった。
先輩たちは、2年生は3年生に申し訳なく泣いており、3年生は2年生を励ましつつも悔し涙を流していた。
オレはというと
準決(準決勝)でオレが加わってパスをカットされたから…
あそこから悪い流れが…オレのせい…才能なんてないんだ…
と心の中で思っていた。インターハイ終了後、2年生にキャプテンと部長のバトンを渡す。
しかしまだウィンターカップという冬の大会がある。
さらに大学に行く先輩たちはスポーツ推薦で行く先輩ばかりなので練習は参加し続ける。
次の大きな大会、冬のウィンターカップでの優勝を目指す。ただオレは練習に身が入らなかった。
オレのせいで優勝を逃した…
それが頭から離れなかった。それは授業中も
ミケや龍海、銃立と一緒に帰って、コンビニに寄ったり、ファストフード店に寄ったりしたときも
「水葉ー。水葉ー?聞いてる?」
「あぁ…。あぁ、なんだっけ?」
と話半分だったりした。全然休んでいない夏休みが過ぎ、冬が近づいてきた秋。
少し肌寒さを感じ始め、パーカーを萌え袖にして帰り道を歩いていた。
なんだかんだで練習には参加している。才能はなかった。なら努力するしかない。
でも3年生最後のインターハイでミスしたのは引きずった。その日も部活終わり、ミケや龍海、銃立に
「ワック寄って帰ろーぜー」
と誘われたが
「あ、ごめん。今日この後用があるから…」
と断った。用なんてない。才能のある友達に引け目を感じて一人になりたかっただけ。
ため息混じりにとぼとぼと歩いていたら知らない道に来ていたことに気づいた。
「はぁ…」
スマホの地図アプリで帰り道を見ようとスマホを出したところで気がついた。
学校…か?
大きな建物。教室についた窓のようについた窓。あまり見たことのない制服の生徒とちらほらすれ違う。
こっちか?
なぜかその学校の正門を探そうと歩き出していた。
正門らしきところに辿り着くと「夜海月学園」と学校名らしきプレートが塀に埋まっていた。
夜…海…月…。は?
全部小学校で習う漢字だがなんて読むかわからなかった。そして文化祭でもやっているのか、正門付近には
「どうですかぁ〜」
と呼び込みらしいものをしている生徒がいた。
文化祭にしては…盛り上がってねぇな…
と思いつつも気分転換がてらに入ってみることにした。
受付で名前を書いて、首かけの「見学者」と書かれた名札的なものとパンフレットらしきものをもらって
靴を脱ぎ、下駄箱に入れ、スリッパへと履き替えて校内へと入った。
パンフレット読んでわかったが、どうやら文化祭ではなく、絵画やイラストの展示を行っているようだった。
正直絵画もイラストも興味がなかったので早々に帰ろうかとも思ったが
せっかく入ったのだからぐるっと1周して帰ろうと思った。イラストのほうはアニメやマンガのような絵柄で
マンガの表紙絵やアニメの広告やアニメ映画のポスターのようなものだったり
綺麗な瞳の中に数々の思い出のような描写が描かれていたりする
アーティスティックのようなものが飾られていた。
ここ高校だよな?
と思ってしまうほどのクオリティー。
普段アニメやマンガをあまり読まないオレでもそのクオリティーの高さはわかった。
そして絵画の方。絵画の方は正直わからなかった。水彩画だとか油絵だとか。
描かれているものも、具体的なものは
上手い…んだよな?
と思うくらいには描かれているものは理解できたがクオリティーはわからず
抽象的なものに関しては、そもそもなにが描かれているのかすら理解できなかった。
タイトルを見てようやくそれがなにについて描かれているのかがわかったが
…なんだこれ…
結局はよくわからなかった。
「次はここか」
教室に入る。絵を見る。
またよくわかんねぇやつ
と思いタイトルを見る。「青春の苦悩 恋」
言われてみればピンクが混ざっていたり、灰色があったり、青空なのか、青系の色があったり
それが甘い蜜のように垂れていたり、下から上に向かって弾けていたり。
はあ…
次の絵を見る。どこか1枚前の絵と似た感じ。タイトルを見ると「青春の苦悩 学」
同じ人の作品か。今まで見てきた絵も同じ人が複数枚描いていたりしたので、さほどビックリはしなかった。
その次の絵も「青春の苦悩 友」というもので同じ人が描いていて
どれもわかんねぇな
と思っていた。次の絵に目を移す。そこにあったのは赤やオレンジ、青や黒
様々な色がぐるぐると渦巻く中、中央でなにかがぶつかったように弾けているような絵だった。
抽象的な絵。だが水葉はその絵に釘付けとなった。心に染みていた。なぜかはわからない。
だが身体の芯が温かくなるような気がして、目も潤んできた。
その潤みが目尻から一筋の涙を流すまでに至った。
「ちょ行こーよー」
「えぇ〜…めんどくさぁ〜い」
私は親友である雪蔵(ゆきぐら)笑華(わか)の腕を引く。
私の名前は雅楽(がらく)絵華(かいか)。現在、夜海月(よくらげ)学園の2年生です。
夜海月学園は他の高校と違い、登校時間が朝ではありません。
というか登校時間に決まりはありません。ただ定時制の高校とも違うのです。
授業も先生の授業を教室で聞くこともできるし
それを録画しているので、タブレットやパソコンで見ることもできます。
なので教室には空きの席が多かったりします。
この高校は人付き合いが苦手だったり、朝起きるのが苦手だったりする生徒たちが集まる高校です。
さらに専門的な分野に強い先生方がいるので、夢を追いかけている人が多く所属する高校でもあります。
私も将来、絵を描く職につきたくて日々絵を描いています。
そんな私はお恥ずかしながら朝起きるのがとにかく苦手でこの高校を選びました。
美術室に入り浸っていたお陰で同じ夢を持つ友達もできたし、教室で話す友達もできました。
それが今腕を引いている笑華です。綺麗な青い髪をした彼女は小説を書いていて
髪色が落ちると小説の進みも悪くなるという不思議な子です。
他にも同じ絵を描く友達で、いつも寝ているのか笑っているのかわからない目をしていて
学校にキンカジューという動物、彼女からしたら家族であるモンブラン(名前)を連れてきている
郷堂(きょうどう)幸禄(しろく)や
綺麗な緑色の髪をした、めちゃくちゃな気分屋さんの多野井(たのい)縁片(ゆか)
綺麗な白い髪に耳にはピアスいっぱいのマンガ家を目指している芦条(ろじょう)のこ
なんと4人もお友達ができました。夜海月学園は半年に1度、部門ごとの展示が行われます。
それは将来的にその職につくための度量を養うため、そして才能を世に知ってもらうためだそうです。
実際に過去、幾度も先輩方が仕事をもらったりしたそうです。
今日は私たち、絵を描いている人たちの展示です。
幸禄はモンブランちゃんと(芦条)のことコンビニに行ったし、縁片はまだ学校に来てないし。
「ちょ私トイレ行ってくるわ。先行ってて」
「えぇ〜。一緒行こうよー」
「絵華の絵の教室でしょ?行くから」
「…わかった。先行ってる。来てよ!」
「わかったわかった」
笑華がトイレに行き、私は自分の絵が飾られている教室へ行きました。
するとちょうど私の絵を見てくれている人がいました。オレンジ色の派手な学ランにパーカー。
学生さん?
と思いました。自分の絵が見られている恥ずかしさもありましたが、これも将来のため。
個展なんて開いたときにはこんなんじゃ済みません。
「ご覧いただいてありがとうございます」
と声をかけようとしたとき、その方の頬に涙が伝っていくのが見えました。
「え…」
思わず声が漏れました。これまで絵が入賞したことは何度かありました。
自分の絵がどこかに飾られ、知らない人に見られるというのは経験がありました。
でも自分の絵を見て涙を流してくれた人を目の前で見た経験はありませんでした。とても、とても嬉しかった。
「よかったら使ってください」
そう声をかけられて我に返った。
「…え?」
声の主は黒髪の、この学校の制服をしためちゃくちゃ普通の女子。差し出した手にはハンカチがあって
自分の頬を触ると濡れていて、初めて自分が涙を流していることに気がついた。
「あ、いや」
タオルがあるので
と言ってタオルを取り出そうとしたが、練習後の汗臭いタオルをここで取り出すのもどうかと思ったので
「あ、すいません。ありがとうございます」
と、いつもなら袖で拭えばいいものを、なぜか動揺してハンカチを受け取って涙を拭いた。
洗剤のいい匂いがして少しドキッっとした。
「私が描いたんです」
と言う女子。
「あ、え。あ、そうなんですね。へぇ〜…意外」
思わず本音が漏れてしまった。
「意外、ですか?」
キョトンとする女子。
「あ、いや、すいません。なんか…めっちゃ普通だなと思っちゃいまして」
「普通?」
「なんかスゴい才能だから、もっとこう奇抜な、ヤバい見た目の人が描いてるもんかと」
「あぁ〜…。たしかに」
クスッっと笑う女子。
「私の友達、そんな子ばっかりです。個性の塊ーみたいな。
めちゃくちゃ気分屋で1ヶ月1枚も描けないと思ったら1晩で2枚描く子とか
髪色の綺麗さで書けなくなったりする子とか
綺麗な白い髪でピアス多いけど至って普通というか、めっちゃまともな子とか」
「たしかに個性の塊っすね」
「そうなんです。あといつもモンブランと一緒にいる子とか」
「モンブラン?ケーキの?」
「あ、モンブランは名前で、キンカジューです」
「キンカジュー?」
「なんか可愛い猿?みたいな」
「へぇ〜。連れてきていいんですか?」
「まあ…。うち校則が無いようなものなので」
「あ、うち(太陽之光学園)と一緒だ」
「そうなんですね。…えっと…どこ校なんですか?」
「あ、知らないですか?この制服。陽学。太陽之光学園」
「陽学?太陽之光学園っていう高校なんですね」
「知らない人いるんだ」
思わず呟く。
「何年生ですか?私は1年生です」
「あ、同じです。1年」
「そうなんですね!なんか嬉しいです!同い年の人が私の絵見て泣いてくれたなんて」
「泣いっ、泣いてないですよ」
「え?でも涙出てましたよ?あ、…もしかして退屈であくびして…」
あからさまにショボンとする女子。
「あっ、違います違います!」
思わず否定すると小首を傾げる女子。
「…なんか…ま、感動したっていうんですかね。なんか今の自分に刺さるものがあって…。
うちの高校知らないんならあれかもですけど、うちってスポーツの強豪校なんですよ」
「そうなんですね」
「はい。全国各地の中学の才能が集まる高校。
あの高校に入れるだけでも自分の才能を認めてもらえたような感じで。
オレも中学時代天才だって思ってて、周りからも天才だって言われて
無敵だ!最強だー!なんて思ってたんですけど
いざ入学して練習に参加したら、自分なんて才能ないんだって思い知らされて。
今年のインターハイ。夏のおっきな大会があるんですけど、ま、一応冬にも大きな大会はあるんですけど
2年生も3年生にやっぱり夏のそのインターハイ優勝を目標に掲げてて
もちろんオレたち1年もインターハイ優勝したいとは思ってたんですけど
オレがそのインターハイの試合中にミスしちゃって…。いい流れを切らしちゃったんです。
それが決勝に響いて結果は2位。つくづくオレってダメだなぁ〜って思ってたので。
それでこの絵に惹かれたっていうか、ちょっと刺さっちゃったというか」
絵を見ていたら思わず心境を吐露してしまった。
「よかった。伝わって」
と言う女子。顔を見ると嬉しそうというか、安堵というか、そんな表情だった。
オレはきっとキョトンとした顔をしていたのだろう。その顔を見た女子は指を指す。
絵の下。タイトル。「青春の苦悩 汗」
「部活について描いた絵なんです、これ。青春についての学生の苦悩を4部作にしようと思って。
恋の悩みだったり学業悩みだったり友達との悩みだったり。だから、伝わってくれて嬉しいです」
自分の中で合点がいった。部活の苦悩を描いているから自分に刺さったんだと。
と同時にその才能に嫉妬した。自分と同じ黒髪で、めちゃくちゃ普通の見た目なのに。
「すごいですね。絵のことなんもわかんないオレにも刺さる絵が描けるなんて。
オレと違って才能がある。天才というか」
しばらく静寂に包まれる。
「私、色盲なんです」
とその女子が自分の描いた絵を見ながら口を開いた。
「しき、もう?」
「色(いろ)に盲導犬とか盲目とかの盲(もう)」
「え。じゃあ、色が見えない…」
と言うとクスッっと笑う女子。
「いえ。見えないわけではないんです。ただ普通の人と違って、見た色の表現ができないというか…。
たとえば薄いピンク見てグレーって言ったり
紫の基準がわかんなくってピンクって言ったり赤って言ったり青って言ったり」
「あ、え、へぇ〜」
「そのせいで小さい頃はずいぶんと揶揄われました」
「…」
「だからたぶん、人よりマイナスでスタートしたんです。人生。
でも好きなもの、絵と出会って、描くのが楽しくて。でも色の表現が苦手で。
でもそれを強みに変えた…っていうか変わったっていうか。
絵ってもちろんその人その人の絵柄があるから、同じ位置から模写してもその人の色が出るんですけど
でも同じ位置から模写したら色も構図も同じ絵が完成するんです。
模写は絵の基礎を構築する上では大事なんですけど、絵ってその人の色をどれだけ出せるかなんです。
その人の感じてる世界、見えてる世界、感情、そんなものを乗せて描くんです。
だから同じ位置からの模写で同じ構図でも人と違う色で描ける。
それは他の人にはない君だけの強みだよ。って言われたことがあって。
そうなんだ。強みなんだ。って思えるようになって。
だから私は天才じゃないんです。きっと特筆した才能もないですよ。
“自分なり”を見つけて、私の場合は見つけてもらったんですけど
そして基礎を頑張って、キャンバスに自分をぶつけてるだけです」
と言う女子の言葉が胸、心にズドンと染み込み、沈み込んだような気がした。
励ましているわけではないだろうが励まされているような。
「す、すいません。才能あるとか天才とか無責任なこと言って」
「あ、いえいえ!全然全然!」
「オレ、竹馬(たけば)水葉(みずは)っていいます」
「私はがらく かいかです」
「がらく?珍しい名前ですね。どんな字なんですか?」
と言うと雅楽さんは絵のタイトルを指指した。
そこには絵のタイトル「青春の苦悩 汗」とその下に「雅楽 絵華」と書かれていた。
雅楽(がらく)絵華(かいか)さんか…。絵で自分なりの華を咲かせた。めっちゃピッタリな名前じゃん
と心の中で思う。
「これ」
ハンカチを見る。
「ちゃんと洗濯して返します」
「あ、いいですよ!涙拭いたくらいですし」
「いえ。また会いたいのでその口実として」
「え?」
予想外の返答に固まってしまった。
「じゃ、帰ります。なんか自信もらいました。ありがとうございます」
頭を下げて教室を出て行った竹馬さん。出ていってすぐに笑華が教室に入ってきた。
「また会いたいのでその口実として」
竹馬さんの言葉を復唱する笑華。
「なんだなんだ?惚れられたかぁ〜?」
「ちっ、違う、と思うよ?私の絵には惚れてくれたかもだけど」
なんとも言えない気持ちになりながら私は自分の絵を眺めた。
オレは階段を降り、受付で首かけの「見学者」と書かれた名札的なものを返し、靴を履いて正門から外に出た。
すると正門から中に入っていく白髪ショートカットの耳には無数のピアスが光る女子と
茶色い尻尾の長い猿のような動物をつれた女子とすれ違った。
「あの2人が雅楽さんと仲良い2人か。キンジュー…なんとかだっけ?」
動物の名前は思い出せなかったが、頭の中はスッキリしているように感じた。
「…っし!明日から練習頑張るぞー!」
と背伸びをしながら呟き、家へと歩き出した。
これがオレが好きな人、というか気になる人というか…そんな人と出会った日の話。
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