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「かなり遅くなってしまったわね」
魔獣の討伐を終えて町にたどり着いた時には、辺りはすっかり暗くなっていました。夜闇の中、私は教会へと続く道を足早に進みました。
「さすがに子供たちも寝ていますよね?」
私が所属している教会は隣に孤児院を併設されており、多数の子供たちが暮らしています。彼らはみんな私の大切な可愛い子供たち。
私が教会にたどり着くと、簡素な鉄柵の門から見える孤児院には明かり灯っておりませんでした。こんな遅い時間なのですから、やはり子供達はもう寝ているのですね。
「子供達を起こさないよう気を付けないと」
私の部屋は孤児院の中にあるのです。お世辞にも建付けの良いとは言えない孤児院は扉も床も至るところでギシギシと音を立ててしまします。
なるべく音を立てないよう私は気を配りながらそっと扉を開けました――
「シスター・ミレ」
――しかし、入り口でシスター・ジェルマに呼び止められました。
こんな遅くまで私を待っていてくれたのですね。
シスター・ジェルマは孤児院の院長を務めている芯のしっかりした方です。王都を追われた私を最初に優しく迎え入れてくれた女性。
「遅くなって申し訳ありませんシスター・ジェルマ」
「謝罪の必要はありませんよ」
私が頭を下げて謝罪しましたが、彼女は私の手を取って中へと導きました。
「むしろ明日はあなたの誕生日だというのに……あなたにばかり負担をかけてしまっている。私はそれをとても心苦しく感じているの」
そう言えば、明日が自分の40歳の誕生日でした。
シスター・ジェルマの心配りに、私は思わず苦笑いを零してしまいました。こんな年増になってまで、自分の誕生日を祝いたい気持ちにはなれません。
「シスター・ジェルマのそのお気持ちだけで十分です」
「いいえ、これだけは言わせて欲しいの……」
私の言葉にシスター・ジェルマはゆっくりと首を横に振りました。
「いつもありがとう」
「シスター・ジェルマ……」
それが私の『聖務』に対しての礼であるとは分かります。
『聖務』――
神より与えられし聖なる力『神聖術』を行使して魔を祓い、地を清め、結界にて人々を守り、治癒の力で苦しむ者たちを救う重要な職務です。
それは神から課せられた聖女の義務、世の人々への献身的な奉仕、聖女の尊い務め。
ですが、先ほどの魔獣討伐のように聖務をまっとうしているのは、それが聖女であった私の仕事、私の存在意義、そして私の意地だから。
だから私はシスター・ジェルマの瞳をしっかりと見て告げるのです。
「それは元とは言え聖女であった者の務めです。それに――」
私は守りたかったから……
「――こんな私を受け入れてくれた、この地へのわずかな恩返しでもあります」
「『こんな』だなんて……」
私の回答に、シスター・ジェルマは眉根を寄せて軽く溜め息を吐きました。
「シスター・ミレ、自分を卑下するものではありません」
「ですが、私は罪に問われ王都を追放されて、この辺境の地『リアフローデン』に来た身です」
「あなたはとても素晴らしい女性よ。それに、その冤罪はもう晴れたでしょう?」
「……」
シスター・ジェルマの指摘に私は押し黙る。
冤罪――
その言葉に思い出されるのは、私の若かりし頃の思い出……それは遠い遠い過去の、苦い苦い記憶……