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三日月さくら🎼🍵👑🌞
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うわ……読み終わってしばらく動けなかった。この閉じた世界の造形、すごく丁寧で、読んでるこっちまで息が詰まるような感覚になった。鍵を「檻の鍵」って言い直す星導と、それを受け入れる小柳、互いを確かめ合うために「いる?」「いる」って繰り返す会話のリズムが、もう呪いみたいで美しかった。この二人にはもう外の時間も他人も必要ないんだな……って納得させられる構成、すごい。胸が締め付けられるけど、それでも「それでいい」と思わせるラスト、本当に印象的でした。
つづき 12話見た方からどうぞ
小柳side
朝が来た。
カーテンの隙間から、薄い光が差し込んでいる。
星導は眠っていた。
俺の手を握ったまま。
手のひらに汗が滲んでいる。それでも、離す気にはなれなかった。
テーブルの上には、二人分のスマホが置いてある。
通知は何件も来ていた。
返さなければならない連絡。行かなければならない場所。戻らなければならない日常。
けれど、もう戻り方がわからない。
星導が目を覚ます。
「小柳くん」
「おはよう」
「今日もいる?」
「ああ」
星導は安心したように笑った。
「よかった」
「今日は、外に出るか」
「小柳くんと一緒なら」
「わかった」
「でも、誰かに会うのは嫌」
「会わなくていい」
「連絡も、しなくていい?」
「……ああ」
「本当に?」
「本当に」
俺はスマホを手に取った。
届いていた通知を、ひとつずつ消していく。
星導がそれを見ている。
俺は、彼の前で最後の連絡先を削除した。
星導が、ゆっくりと息を吐く。
「小柳くん」
「何」
「これで、俺たちだけだね」
「ああ」
嘘ではなかった。
少なくとも、今は。
俺は窓へ近づき、カーテンを閉めた。
朝の光が消える。
部屋の中に、俺たちだけが残る。
星導が俺の背中に腕を回す。
俺はその手を握る。
離れないように。
離さないように。
どちらがどちらを掴んでいるのか、もうわからない。
「小柳くん」
「何」
「俺、幸せだよ」
「俺も」
「本当?」
「ああ」
「たとえ、これが幸せじゃなくても?」
俺は少し考えてから、答えた。
「俺たちが幸せだと思えるなら、それでいい」
星導は、俺の背中に顔を埋めた。
そのまま、しばらく動かなかった。
俺は彼の髪に触れる。指の間をすり抜ける髪は、昨日より少しだけ乱れていた。
それを整えてやると、星導は小さく笑った。
「小柳くん、俺のこと、壊れものみたいに扱うよね」
「壊れものだろ」
「ひどいなあ」
「違うのか」
「違わないけど」
星導は俺の服を掴み直した。
「小柳くんも壊れてるよ」
「ああ」
「だったら、俺たち、相性いいね」
「そうだな」
その言い方が、妙に気に入らなかった。
まるで他人事みたいだったからだ。
相性がいい。
それは、たまたま噛み合っているという意味にも聞こえる。
いつか別のものと噛み合う可能性があるみたいで、嫌だった。
「星導」
「ん?」
「俺たちは、相性がいいんじゃない」
「じゃあ、何?」
「俺たちは、これしかない」
星導が黙った。
少しして、俺の背中から離れる。
「それ、いい意味?」
「いい意味だ」
「小柳くんは、俺としかいられないってこと?」
「ああ」
「俺も、小柳くんとしかいられないよ」
星導は笑った。
笑ったまま、俺の頬に手を伸ばす。
「じゃあ、安心した」
指先が、頬骨をなぞる。
「俺だけが小柳くんを壊したんじゃないんだね」
「お前だけじゃない」
「小柳くんも、俺を壊した?」
「壊した」
「どんなふうに?」
「俺がいないと、何もできないように」
星導は、目を伏せた。
否定しなかった。
できることは、まだたくさんある。ひとりで食事もできるし、ひとりで歩ける。ひとりで笑うこともできる。
でも、それらは全部、小柳くんに報告するためのものになった。
食べたよ。
帰ったよ。
起きたよ。
眠るね。
俺の一日は、小柳くんへ送るための短い報告でできている。
報告できない時間が怖い。
彼が何をしているのかわからない時間が怖い。
俺の知らない場所で、俺の知らない顔をしているかもしれない時間が、何より怖い。
「小柳くん」
「何」
「今日は、何をする?」
「何もしない」
「何もしないって、できるかな」
「お前は得意だろ」
「小柳くんがいるならね」
その言葉が、胸の奥に落ちていく。
重い。
けれど、嫌ではなかった。
俺は星導の手を引いてベッドへ戻る。
カーテンを閉めた部屋は、時間の流れがわからない。
朝なのか、昼なのか、夜なのか。
時計を見なければ、何も決まらない。
何かを決める必要もない。
俺たちの間に、外側の時間はいらなかった。
星導side
小柳くんは、俺が眠るまで手を離さなかった。
俺も、離してほしいとは言わなかった。
眠りに落ちる直前まで、彼の指の形を確かめていた。
大きくて、骨ばっていて、少し冷たい指。
それが俺の手を包んでいる。
もし目を覚ましたとき、まだ繋がっていたら。
そのことだけを考えて眠った。
けれど、夢の中で小柳くんは何度も俺の手を離した。
背中を向けて、どこかへ歩いていく。
呼んでも振り返らない。
俺が走って追いかけても、距離は縮まらない。
小柳くん。
小柳くん。
声を出しているのに、音にならない。
やがて、彼の姿が光の中に消えていく。
俺はひとりになる。
誰もいない場所で、俺だけが残る。
目を覚ますと、喉が痛かった。
「星導」
すぐそばから声がした。
小柳くんが起きている。
俺の顔を覗き込んでいる。
「夢見たか」
「……うん」
「俺がいなくなった?」
「うん」
「ここにいる」
小柳くんは、俺の手を握った。
その声に、少しだけ苛立ちが混じっていた。
夢の中の彼にまで怒っているみたいだった。
「夢の中でも、俺を置いていかないでよ」
「無理だろ」
「じゃあ、夢も見ないで」
「それも無理だ」
「じゃあ、寝ないで」
「お前が寝ろって言ったんだろ」
「俺が起きてる間だけでいいよ」
「それじゃ、お前が先に壊れる」
「もう壊れてるって、小柳くんが言ったじゃん」
「だからだ」
「だったら、壊れたままでいようよ」
俺がそう言うと、小柳くんは困ったように目を細めた。
「お前は、たまに怖いこと言うな」
「小柳くんにだけだよ」
「それが一番怖い」
彼はそう言いながら、俺を抱き寄せる。
結局、拒まない。
俺がどれだけひどいことを言っても、彼は最後には受け入れる。
それが優しさなのか、諦めなのか、俺にはわからなかった。
わからないまま、彼の胸に顔を押しつける。
鼓動が聞こえる。
一定の間隔で鳴っている。
生きている。
ここにいる。
それを確認するために、俺は耳を澄ます。
「小柳くん」
「何」
「心臓、止まらないでね」
「止まらない」
「絶対?」
「絶対なんて言えるわけないだろ」
「言ってよ」
「……絶対、止まらない」
「嘘でも?」
「ああ」
俺は目を閉じた。
嘘でいい。
本当じゃなくていい。
未来なんて、最初から信じていない。
だから、今だけは嘘を信じたかった。
小柳side
昼を過ぎても、俺たちは部屋から出なかった。
食事を作る気にはなれなかったので、適当に注文した。
届いたものをテーブルに並べると、星導は箸を持ったまま動かなかった。
「食べろ」
「小柳くんも」
「食べる」
「一緒に」
「わかってる」
星導が一口食べる。
俺も同じように食べる。
星導が止まる。
俺も止まる。
「小柳くん」
「何」
「俺が食べるの、見てる?」
「見てる」
「ちゃんと?」
「ちゃんと」
「残したら?」
「あとで食べさせる」
「子どもじゃないよ」
「知ってる」
星導は、少し嬉しそうに笑った。
たぶん俺は、彼を子ども扱いしている。
食べたか、眠ったか、薬を飲んだか、どこにいるか。
何もかも確認している。
でも、星導も俺を同じように見ている。
俺が食べたか。
俺が眠ったか。
俺がちゃんとここにいるか。
お互いに相手を管理しなければ、不安で仕方がない。
自由にすれば、離れていってしまう。
離れていけば、二度と戻ってこない。
だから、俺たちは相手の自由を少しずつ奪っている。
奪ったものを、愛情と呼んでいる。
「小柳くん」
「何」
「俺たち、いつまでこうしてるのかな」
「いつまでって?」
「ずっと?」
「ああ」
「ずっとって、どれくらい?」
「死ぬまで」
星導は箸を置いた。
「そのあとも?」
「そのあとも」
「どうやって?」
「知らない」
俺は、星導の目を見た。
「でも、探す」
彼は黙っている。
「お前が先に死んでも、俺は探す」
「小柳くんが先に死んだら?」
「お前が探せ」
「うん」
「見つけたら、連れ戻せ」
「できるかな」
「できる」
「どうして?」
「俺を見つけるのが得意なんだろ」
星導は、ようやく笑った。
「そうだね」
その笑顔を見て、俺は自分が残酷なことを言っていると知った。
生きている間だけではなく、死んだあとまで相手に縋る約束をしている。
それは愛情ではなく、呪いに近い。
それでも、俺はその呪いが欲しかった。
星導が俺を忘れられないように。
俺も星導を忘れないように。
たとえ、そのために死んだあとまで苦しむことになっても。
星導side
夕方になった。
けれど、カーテンは開けなかった。
小柳くんは約束通り、どこにも行かなかった。
俺の隣に座って、何度もスマホの画面を確認していた。
通知はもう来ない。
俺たちが消したからだ。
誰も俺たちを呼ばない。
誰も小柳くんを探さない。
最初は、それが怖かった。
今は、少しだけ安心している。
外の世界から切り離されると、世界は急に単純になる。
小柳くんがいる。
俺がいる。
それ以外は、なくてもいい。
「小柳くん」
「何」
「俺、今日、何回小柳くんって呼んだ?」
「数えてない」
「数えてよ」
「面倒だ」
「俺のこと、面倒って思った?」
「思った」
「嫌いになった?」
「ならない」
「よかった」
俺は彼の肩に寄りかかった。
小柳くんは、何も言わずに受け止める。
俺の体重を、当然みたいに。
それが嬉しくて、怖い。
もし俺がもっと重くなったら。
もし俺が立てなくなったら。
もし俺が何もできなくなったら。
それでも彼は、俺を支えてくれるだろうか。
「小柳くん」
「何」
「俺、いつか本当に何もできなくなるかも」
「そのときは俺がやる」
「俺が歩けなくなったら?」
「運ぶ」
「俺が話せなくなったら?」
「代わりに話す」
「俺が小柳くんのこともわからなくなったら?」
小柳くんの手が止まった。
長い沈黙があった。
「そのときは」
彼は、ゆっくりと言った。
「俺が、お前の中にいる」
意味がわからなかった。
でも、彼が冗談を言っていないことだけはわかった。
「どういうこと?」
「お前が忘れても、俺が覚えてる」
「俺の代わりに?」
「違う」
小柳くんは俺の顔をこちらへ向けた。
「お前が忘れても、俺はお前を星導だと呼ぶ」
「……うん」
「お前が俺を知らなくても、俺はお前を知ってる」
「うん」
「だから、何もなくならない」
俺は、泣きそうになった。
優しい言葉だった。
でも同時に、俺から逃げる権利を完全に奪う言葉でもあった。
俺が彼を忘れても、彼は俺を覚えている。
俺が彼を拒んでも、彼は俺を離さない。
俺が壊れても、彼は壊れた俺を拾い続ける。
それは救いではない。
でも、俺には救いよりも必要だった。
「小柳くん」
「何」
「俺が何もわからなくなっても、俺を小柳くんのところに置いてね」
「ああ」
「知らない場所に連れていかないで」
「ああ」
「俺が怖がっても、そばにいて」
「ああ」
「俺が逃げようとしても?」
「連れ戻す」
「俺が嫌だって言っても?」
小柳くんは、ほんの少しだけ目を伏せた。
「……連れ戻す」
その答えを聞いて、俺は笑った。
そして、彼の手に自分の手を重ねた。
「じゃあ、安心だね」
何が安心なのかは、わからなかった。
ただ、俺たちの間にはもう、逃げ道がない。
そのことだけが、ひどく安らかだった。
小柳side
夜になった。
それでも、部屋の中は昼と変わらない。
時計を見なければ、時間は存在しない。
星導は窓のそばに立っていた。
カーテンには触れない。
外を見たいわけではないらしい。
ただ、そこに窓があることを確認しているだけだった。
「星導」
「何」
「こっちに来い」
「小柳くんが来て」
「俺はここにいる」
「俺もここにいるよ」
「なら、こっちに来い」
星導は少し考えてから、こちらへ歩いてきた。
俺の前に立つ。
その顔には、いつもの薄い笑みが浮かんでいた。
「小柳くん、俺が本当にどこにも行かないと思ってる?」
「思ってる」
「もし、俺がまた出ていったら?」
「探す」
「見つからなかったら?」
「見つかるまで探す」
「何年かかっても?」
「何年でも」
「小柳くんが疲れても?」
「疲れても」
「俺が、もう小柳くんを必要としてなくても?」
俺は、星導の手首を掴んだ。
「必要とさせる」
彼の目から、笑みが消えた。
怖がらせたかもしれない。
でも、星導は逃げなかった。
むしろ、少しだけ俺に近づいた。
「小柳くんは、俺を必要とさせるためなら、何でもする?」
「何でもはしない」
「嘘」
「何でもする」
言ってしまった。
星導の瞳が、暗い部屋の中で揺れる。
「俺も、何でもするよ」
「何を」
「小柳くんが俺から離れないようにする」
「どうやって」
「考えてない」
「考えろ」
「小柳くんが教えてよ」
「俺も知らない」
「じゃあ、ふたりで探そう」
俺は星導を引き寄せた。
彼の額が、俺の額に触れる。
「外に出ない」
「うん」
「誰にも会わない」
「うん」
「誰にも頼らない」
「うん」
「俺たちだけでいる」
「うん」
それは、約束というより、確認だった。
もう決めてしまったことを、何度も繰り返しているだけだ。
俺たちは、世界を捨てた。
世界のほうが俺たちを捨てたのかもしれない。
どちらでもよかった。
「星導」
「何?」
「鍵、持ってるか」
星導はポケットから鍵を取り出した。
俺の家の合鍵。
銀色の、小さな鍵。
それを見つめて、星導は首を傾げた。
「小柳くんも持ってるよね」
「ああ」
「じゃあ、ひとつずつだ」
「そうだな」
「これ、どっちの鍵かな」
「俺の家の鍵だろ」
「違うよ」
星導は鍵を握りしめた。
「俺たちの檻の鍵」
その言葉に、俺は何も言えなかった。
否定すれば、嘘になる。
肯定すれば、すべてを認めることになる。
だから、俺は星導の手ごと鍵を包んだ。
「なくすなよ」
「小柳くんも」
「ああ」
「絶対に?」
「絶対に」
星導side
次の日も、その次の日も、朝は来た。
俺たちは、朝が来るたびに互いの存在を確認した。
「いる?」
「いる」
「小柳くん?」
「いる」
「俺もいる?」
「いる」
それだけで、どうにか一日を始められた。
何日目かは、数えなくなった。
窓の外が明るくなる。
暗くなる。
また明るくなる。
世界はそれを繰り返していた。
俺たちは、部屋の中で同じことを繰り返した。
食事をして。
眠って。
目を覚まして。
相手がいるか確かめて。
いなくならないように、手を握って。
時々、ひどい言葉で傷つけ合った。
時々、何も言わずに抱きしめ合った。
傷つけたぶんだけ、離れられなくなった。
謝ったぶんだけ、相手に借りができた。
借りを返すために、またそばにいることを求めた。
愛しているのかと聞かれることがあったら、俺たちはきっと答えられない。
愛している。
愛していない。
どちらでもいい。
俺たちにとって必要なのは、愛情の名前ではなく、相手がそこにいるという事実だった。
「小柳くん」
「何」
「もし俺が、明日いなくなったら」
「またその話か」
「大事な話だよ」
「いなくならない」
「もしもの話」
「しない」
「どうして?」
「考えたくない」
「でも、いつかは」
「星導」
小柳くんの声が、俺を止める。
彼は、俺の顔をじっと見ていた。
「今ここにいるだろ」
「うん」
「俺もいる」
「うん」
「それでいい」
「……うん」
「明日のことは、明日になってから考えろ」
俺は頷いた。
明日になれば、小柳くんがいる。
そう信じる。
そうでなければ、眠れない。
眠れなければ、また小柳くんが心配する。
心配させれば、彼は俺から離れられなくなる。
だから、俺は眠る。
彼の隣で。
彼の手を握って。
彼が俺の名前を呼ぶ声を聞きながら。
小柳side
ある夜、星導が先に眠った。
俺は眠れなかった。
暗い部屋の中で、彼の寝顔を見ている。
穏やかだった。
起きているときより、ずっと幼く見える。
この顔を知っているのは、俺だけでいいと思った。
誰にも見せたくない。
誰にも触れさせたくない。
星導の弱さも、怖がる顔も、俺を呼ぶ声も、全部俺だけのものにしたい。
その考えが、どれほど醜いものなのかはわかっている。
でも、醜くてもいい。
俺はもう、正しくなりたいわけじゃない。
星導の隣にいたい。
それだけだった。
テーブルの上で、スマホが震えた。
残していた最後の連絡先からだった。
画面を見て、俺はしばらく動かなかった。
外の世界からの呼び声。
まだ戻れるという証拠。
まだ完全には切れていないという証拠。
俺はスマホを伏せた。
星導が寝返りを打つ。
「小柳くん……」
寝言だった。
俺はすぐに彼の手を握る。
「いる」
星導の指が、反射的に俺の指へ絡む。
「……いかないで」
「行かない」
「ずっと?」
「ずっと」
それでも、星導は目を覚まさない。
俺は、伏せたスマホをもう一度手に取った。
そして、電源を切った。
それから、ベッドの下に置いてある小さな箱を取り出す。
中には、部屋の鍵が入っていた。
玄関の鍵。
窓の補助錠。
星導が持っている合鍵の予備。
それらをひとつずつ確認する。
すべてある。
すべて、俺たちをこの部屋に繋ぎ止めている。
俺は箱を閉じた。
星導の隣に戻る。
彼の手を握る。
これでいい。
これで、明日も目を覚ませば星導がいる。
星導も、目を覚ませば俺がいる。
それなら、他に何が必要だ。
星導side
最後に外の光を見たのが、いつだったのか思い出せない。
小柳くんは、もうカーテンを開けなくなった。
俺も、開けてほしいとは言わなかった。
部屋の中には、必要なものだけがある。
食べ物。
水。
薬。
充電器。
ベッド。
そして、小柳くん。
それ以外は、少しずつなくなった。
最初に、時計がなくなった。
次に、鏡がなくなった。
最後に、ドアの向こうへ行くための靴がなくなった。
小柳くんが捨てたのか、俺が捨ててと言ったのか、それすら覚えていない。
たぶん、どちらでも同じだった。
ある日、俺は小柳くんに聞いた。
「ねえ、小柳くん」
「何」
「俺たち、いつまでここにいるの?」
「ずっと」
「ずっとって?」
「ずっとだ」
俺は、部屋を見回した。
壁。
カーテン。
テーブル。
ベッド。
小柳くん。
何も変わらない。
何も変わらないことが、こんなに安心できるなんて知らなかった。
「小柳くん」
「何」
「もし、この部屋がなくなったら?」
「別の場所へ行く」
「そこもなくなったら?」
「また別の場所へ」
「それもなくなったら?」
「そのときは、俺たちだけでいる」
「何もないところで?」
「ああ」
「何も見えなくても?」
「ああ」
「何も聞こえなくても?」
「ああ」
「小柳くんが、俺のことを忘れても?」
彼は、俺を見た。
「忘れない」
「絶対?」
「絶対」
「俺が小柳くんのことを忘れても?」
「俺が覚えてる」
「俺が小柳くんを嫌いになっても?」
「嫌いにさせない」
「俺が小柳くんを怖がっても?」
「怖がらせない」
「俺が小柳くんから逃げても?」
「連れ戻す」
何度も聞いた言葉。
何度も繰り返した約束。
それでも、聞くたびに胸が満たされる。
俺は小柳くんの膝に座り、彼の首に腕を回した。
「小柳くん」
「何」
「俺たち、幸せだね」
「ああ」
「外に出なくても?」
「ああ」
「誰にも会わなくても?」
「ああ」
「誰にも覚えてもらえなくても?」
「ああ」
「俺たちがお互いを覚えていれば?」
小柳くんは、俺の背中へ腕を回した。
「それでいい」
彼の心臓が、耳のすぐそばで鳴っている。
まだ動いている。
俺も生きている。
俺たちは、まだ一緒にいる。
それだけで、全部よかった。
小柳side
朝が来た。
けれど、朝かどうかはわからなかった。
カーテンの向こうに光があるのかも、もうわからない。
時計はない。
スマホも電源を切ったままだ。
時間を知る必要はなかった。
星導が起きる。
「小柳くん」
「いる」
「今日も?」
「今日も」
「明日も?」
「ああ」
「ずっと?」
「ああ」
星導は、俺の手を探す。
俺はその手を握る。
少し痩せた。
俺も同じだろう。
鏡がないから、確かめられない。
でも、そんなことはどうでもよかった。
俺たちの姿を知る必要はない。
誰かに見られる必要もない。
名前を呼ばれる必要もない。
「小柳くん」
「何」
「俺、眠い」
「寝ろ」
「寝たら、小柳くんいなくならない?」
「いなくならない」
「目を覚ましても?」
「いる」
「約束?」
「約束」
星導は目を閉じた。
俺の手を握ったまま。
その顔は、少しだけ穏やかだった。
俺は、彼が眠るのを見届ける。
そして、俺も目を閉じる。
この部屋には、もう朝も夜もない。
外の世界もない。
過去も、未来もない。
あるのは、俺と星導だけ。
星導と俺だけ。
もし、このまま二度と目を覚まさなくても。
もし、いつかどちらかの心臓が止まっても。
手だけは離さない。
声が出なくなっても、名前を呼ぶ。
目が見えなくなっても、探す。
死んだあとも、連れ戻す。
それが愛なのか、呪いなのか。
もう、どうでもよかった。
星導がいる。
俺がいる。
それだけが、世界の全部だ。
やがて、隣から小さな声が聞こえた。
「小柳くん」
「何」
「朝が来たね」
「ああ」
「今日も、俺たちだけだね」
「ああ」
「よかった」
星導は、俺の手を強く握った。
俺も握り返した。
二人分の鼓動が、暗い部屋の中で重なっている。
どちらの音が先に消えるのかは、まだわからない。
けれど、どちらかが消えるとき、もう片方もきっと、そのあとを追う。
だから大丈夫だ。
ひとりにはならない。
ひとりにさせない。
俺たちは、最後まで一緒にいる。
世界から忘れられても。
世界を忘れても。
互いの名前だけを、最後まで抱えて。
「星導」
「何?」
「俺を見ろ」
「見てるよ、小柳くん」
「ずっと?」
「ずっと」
その答えを聞いて、俺はようやく目を閉じた。
暗闇の中で、星導の手がある。
俺の手も、そこにある。
朝はもう来ないかもしれない。
それでも、俺たちは朝が来たと言う。
互いが隣にいる限り、何度でも。
何度でも、同じ一日を始める。
終わらせることなく。
離れることなく。
この部屋の中で。
この関係の中で。
どちらかが、相手の名前を呼べなくなるまで。
END
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ドンタコのリクエストいつでも受けてます
ハピエン バトエン メリバ なんでもいいです
センシティブOKです
特に地雷無いのでどんなシチュでも BLならどんなプレイも歓迎します
リバ平気です
頼むからリクエストください ネタ切れ