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「んぐっ!」
爪先に感じた橋本の唇の柔らかさに、宮本の躰が一気に熱くなった。普段されたことがないせいで、与えられる衝撃が半端ない。
「なんて声を出してるんだ。俺はまじないをしただけだ」
「まっ、まじない?」
「走りたくてうずうずしてる雅輝を、誰も止められねぇだろ。少しでも安全運転を心がけてくれよな」
白い目で宮本を見る橋本の口から告げられたセリフで、顔が真っ赤になっていく。卑猥な考えを見透かした恋人の言動に、切なさを覚えた。
「陽さんってば、俺の心を見事に振り回してくれますよね。さっきからドキドキが止まりません」
「それは俺もだって。雅輝の直球を唐突に食らって、カウンターでノックアウトされてる。しかもおまえの運転ほど、心を振り回した覚えはない」
目尻に笑い皺を作って微笑む橋本に、宮本はぎゅっと抱きついた。
「雅輝、いきなりどうしたんだ?」
驚いた橋本は抵抗せずに、動かせる手を使って宮本の躰を撫で擦った。落ち着かせるように自分を撫で擦る手に安堵して、はーっと深い溜息を吐く。
「雅輝?」
「やっぱり陽さんは年上なんだなって。俺が緊張してること見越して、いろいろしてくれるじゃないですか」
「すべては無理だけどな。雅輝はわかりやすいから」
「じゃあ俺が今したいこと、わかりますか?」
顔を見ずにあえて耳元で囁いた問いかけに、橋本は一瞬うっと言葉に詰まった。
「おまえなぁ、屋外でそういう質問はいただけないと思うぞ」
「だったら屋内ならいいんだ?」
嬉しそうにクスクス笑いだす宮本に、拘束している腕を無理やり振り解き、「駄目だ!」と一喝した。
「えーっ、屋外と屋内がダメなら、どこならいいんですか?」
「この峠を無事に走りきることができたら、教えてやってもいい」
橋本のセリフで宮本が唇を尖らせたタイミングで、180(ワンエイティ)が傍らにやって来た。
「宮本まーくん、おまたせ♡」
運転席から降りた女が、宮本に向かってウインクした。大きな胸をわざとらしく揺らすところなど、女のあざとさを感じた橋本は、辟易しながら話しかける。
「調整してる間に、俺らのことを調べたってわけか。暇人だな」
宮本の名字を口にした女の言動で、自分たちのことが調査されたのがすぐにわかり、苛立ちまかせに橋本から突っかかった。
「バードストライカーズの知り合いがいたから、ちょっと聞いてみただけよ。ちなみに、おじさんのことはわからなかったから安心して」
「そりゃどうも!」
「こうして白銀の流星と一緒に走れるなんて、すっごく嬉しい。よろしくね、まーくん」
アピールするように上目遣いで何度も瞬きする女に、宮本は眉根を寄せた。
「俺はもう、白銀の流星じゃないです。乗ってる車も違いますし……今は三笠山のインパクトブルーなんです」
(――以前一緒に見た夢の中の出来事で使った言葉を、現実に持ち出しやがった!)
驚く橋本を他所に、宮本は微笑みながらインプのボンネットを愛おしそうに撫でる。
「その車で私のあとに、ついてこられるかしら?」
「陽さんとふたりなら、きっとついていくことができます」
宮本はハッキリと言い切った。頼もしさを感じさせるその横顔に、橋本の頬が赤く染まる。
「まーくんってば挑戦的なんだから! だったらついてきて。スタートするときに、クラクションを鳴らしてあげる」
女はちらりと橋本の様子を見てから愛車に戻り、派手にアクセルを吹かす。
「陽さん、行こう!」
宮本は運転席のドアを開け放ちながら、爽やかに微笑む。橋本は返事をせずに、慌てて助手席に乗り込んだ。インプに乗ったふたりがシートベルトをして出発できる準備ができたのを確認してから、ワンエイティがゆっくり発進する。
「雅輝は走ることになると、マジで挑戦的になるよな。見ていてハラハラする」
「走ることだけじゃないっスよ。陽さんを責めるときも、ここぞとばかりに――」
「あー、はいはい。そうですね!」
「陽さんありがと。くだらないやり取りして、俺の緊張を和らげてくれて」
橋本があらぬところを見ながら腕を組むと、宮本の顔がだらしなく緩んだ。
(これからバトルするっていうのに、コイツときたら――)
助手席からそれを横目で眺めつつ、弾んだ声をかける。
「なんだ、雅輝らしくないな。いつも空気の読めないおまえが悟るなんてさ」
ふたりが他愛のない会話を交わす間に、インプは峠の頂上の入口に到着する。目の前でワンエイティが、派手なクラクションを鳴らした。
「陽さんの気遣いくらい、俺にだって読めますよ」
「気遣いじゃねぇよ。愛だ」
優しい橋本の声が、宮本の胸にじんと染み渡った。
「雅輝、出遅れてる」
「陽さんの愛を、もう少し噛みしめたかったのにな」
シフトレバーを操作しながら、ゆっくりと峠を下りていく。ワンエイティは傾斜を利用してスピードを上げ、かなり前方を走っていた。しばらく直線の続く道路だと宮本の頭で記憶していたので、いつも通りアクセルを開けてハンドルを握っていたのに、ワンエイティが少しだけ対向車線へとはみ出る。
なにがあった? とふたりが考える間もなく、宮本は慌ててブレーキを踏みながらハンドルを切ったが間に合わなかった。
「くっ!」
下りでスピードに乗っているせいで、大きな陥没の縁にタイヤがとられて、車体が大きく弾む。思わぬ衝撃に、橋本の額から汗が滲み出た。