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第八十七話 重なったタイミング
二月。
湊が参加を決めた撮影企画について、
少しずつ詳細が届き始めていた。
撮影する場所。
参加する人。
当日の流れ。
資料を読みながら、
湊は何度も同じページを見返していた。
去年までなら、
ただ「写真を撮れる」ということだけで
嬉しかったかもしれない。
でも今は違う。
この写真を見た人に、何を感じてほしいのか。
どんな瞬間を残したいのか。
そんなことまで考えるようになっていた。
その日の夜。
紬から電話がかかってきた。
「もしもし?」
「今、大丈夫?」
「うん」
少し話したあと、紬が突然言った。
「そういえば、私が参加する企画なんだけど」
「うん」
「開催場所、決まったよ」
「どこ?」
紬が場所の名前を告げる。
湊は手元の資料を見た。
「……え?」
「どうしたの?」
「それって……」
湊は自分の資料を確認する。
「俺の撮影企画と同じ場所かもしれない」
「え?」
紬の声が止まった。
二人とも、しばらく何も言わなかった。
偶然。
たぶん、そうなんだと思う。
同じ街で活動しているのだから、
同じ場所になることだってある。
それでも、少し不思議だった。
「じゃあ……」
紬が小さな声で言う。
「もしかしたら会えるかもね」
「うん」
湊は笑った。
「でも、俺は撮影する側だから、忙しいかも」
「私も参加する側だから忙しいよ」
「じゃあ、ちゃんと見つけられるかな」
「見つけてよ」
「分かった」
「絶対ね」
そんな約束をして、電話を切った。
数日後。
湊は企画の事前説明会に参加した。
会場には、さまざまな人が集まっていた。
学生。
社会人。
写真を趣味にしている人。
初めてこうした企画に参加する人。
それぞれ目的は違う。
けれど、同じ場所に集まっている。
湊は周りを見ながら、カメラを握った。
説明が始まる。
今回の企画で大切にしてほしいこと。
「その人の日常を、自分の視点で残してください」
その言葉が、湊の心に残った。
日常。
それは、
湊がずっと撮りたいと思っていたものだった。
特別じゃない時間。
何気ない表情。
本人さえ気づいていない瞬間。
そういうものを写真に残したい。
説明会が終わり、
湊が会場を出ようとしたときだった。
少し離れたところから、聞き覚えのある声がした。
「……湊?」
振り返る。
そこに紬がいた。
「紬?」
二人とも驚いた。
「本当にいた」
「俺もびっくりした」
紬は笑った。
「なんか、変な感じ」
「うん」
別々の場所で、それぞれ申し込んだ企画。
それなのに、同じ場所にいる。
偶然なのか。
それとも、ただタイミングが重なっただけなのか。
二人には分からなかった。
「せっかくだし、少し歩く?」
紬が言う。
「うん」
二人は会場を出て、近くの道を歩いた。
冬の終わりかけの街。
まだ少し冷たい風。
店の明かり。
行き交う人。
湊はカメラを取り出した。
「撮っていい?」
「もちろん」
紬が笑う。
湊はファインダーを覗く。
シャッターを切る。
画面に映った紬は、少しだけ大人っぽく見えた。
高校生だった頃とは違う。
大学で新しい人たちと出会って、
自分のやりたいことを探して、
少しずつ未来へ進んでいる。
湊自身も、きっと同じだった。
「見せて」
紬がカメラを覗き込む。
「……なんか、変わったね」
「何が?」
「写真」
湊は少し考える。
「そうかな」
「うん」
紬は写真を見ながら言った。
「前より、景色だけじゃなくて、その人のことを撮ってる感じがする」
その言葉に、湊は何も言えなかった。
自分が目指していたものを、
一番近くにいる人が言葉にしてくれた気がした。
帰り道。
紬がふと立ち止まった。
「ねえ、湊」
「ん?」
「今日会ったのって、偶然かな」
「どうだろう」
湊も考える。
「でも、偶然でもいいんじゃない?」
「うん」
紬は笑った。
「こういう偶然、嫌いじゃない」
二人はまた歩き始めた。
その日の帰宅後。
湊は今日撮った写真を整理していた。
紬の写真。
会場の写真。
街の写真。
そして、説明会でもらった資料。
写真と資料を並べていると、あることに気づいた。
資料の片隅に書かれていた開催日。
その日付を見て、湊の手が止まる。
以前、紬と交わした約束の日と同じだった。
「……また?」
小さく呟く。
偶然が、一度だけなら偶然。
でも、何度も重なると――
少しだけ気になってくる。
📷 Photo.087「重なったタイミング」
撮影日:2月7日
偶然重なった場所。
偶然重なった時間。
そして、偶然重なった日付。
まだ誰も、その意味には気づいていない。
――次回、第八十八話「思い出の場所」へ続く。
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コメント
1件
クラリスさん、第87話読みました! 今回もすごく良かったです…!紬と湊がそれぞれ申し込んでた企画、まさか同じ場所だったんですね。偶然の重なり方が不思議で、ちょっとドキドキしました。 特に紬が「前より、その人のことを撮ってる感じがする」って言ったシーン、すごく沁みました。湊の変化を一番近くで見てるからこその言葉だなって。最後の日付の重なりも気になりますね…次回も楽しみにしてます📖