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第八十八話 残したいもの
二月の終わり。
湊は、先日のイベントで
撮った写真を一枚ずつ整理していた。
人の笑顔。
会話をしている横顔。
誰かを待っている姿。
何気なく歩いている後ろ姿。
イベント当日は、
目の前の出来事を追いかけるだけで精一杯だった。
けれど、改めて写真を見返してみると、
そこにはその場にいたときには
気づかなかったものがたくさん写っていた。
「……同じ場所なのに、全然違って見えるな」
湊は一枚の写真を拡大した。
そこには、外国から来た学生と日本人の学生が、
少し離れたところから話している姿が写っていた。
最初は緊張していた二人が、
時間が経つにつれて笑っている。
その変化が、一枚の写真の中に残っていた。
湊はその写真を見ながら、
ふと紬のことを思い出した。
紬も、このイベントでたくさんの人と話していた。
ただ人を撮るだけではなく、
その人が誰かと関わる瞬間を撮る。
最近、湊が写真を撮るときに
意識するようになったことだった。
スマートフォンを手に取る。
『写真、整理してた』
紬に送る。
しばらくすると、
『私も今日、活動の写真見返してた』
と返ってきた。
『どんな写真?』
『参加してた人たちが話してる写真。最初と最後で雰囲気が全然違ってて』
湊は少し笑った。
『分かる。俺も似たような写真あった』
『やっぱり?』
そこから二人は、
それぞれが撮った写真を送り合った。
同じイベント。
同じ時間。
けれど、切り取った瞬間は違っていた。
湊が撮った写真には、
人と人の距離が少しずつ
近づいていく様子が残っている。
紬が撮った写真には、
言葉が通じなくても笑い合える瞬間が残っていた。
「写真って、おもしろいな」
湊は呟いた。
同じ場所にいたとしても、
見ているものは人によって違う。
だからこそ、写真にはその人自身の視点が残る。
その日の夜。
湊はパソコンに向かい、一枚の写真を選んだ。
タイトルを入力する。
『近づく距離』
その下に短い文章を添えた。
――知らない人同士だった時間が、
少しずつ「知っている人」に変わっていく。
入力を終えたあと、
湊はその文章をしばらく眺めていた。
以前なら、写真は「きれいに撮れたかどうか」が
一番大事だと思っていた。
今は違う。
そこに写っている人が、何を感じていたのか。
その瞬間にどんな時間が流れていたのか。
写真を見た人に、それが少しでも伝わるか。
それを考えるようになった。
その変化に、自分でも気づいていた。
そして紬もまた、少しずつ変わっている。
二人とも、まだ夢の途中だった。
でも、以前より少しだけ、
自分が向かいたい方向が見えてきている。
『また写真見せて』
紬から届いたメッセージ。
『もちろん』
湊はそう返した。
窓の外には、まだ冬の名残が残っている。
けれど、遠くの木々には小さな芽が見え始めていた。
季節は、知らないうちに次へ進んでいる。
二人の時間も、同じように。
📷 Photo.088「近づく距離」
撮影日:2月25日
写真に残したのは、一瞬だった。
けれど、その一瞬の中には、
そこへ至るまでの時間がちゃんとあった。
湊はカメラを置きながら思う。
これから先、
自分はどんな瞬間を残していくのだろう。
まだ、その答えは分からなかった。
――次回、第八十九話「春を待つ時間」へ続く。
コメント
1件
写真、いいですよね。湊が「同じ場所にいても見ているものは人によって違う」って気づいたところ、すごく染みました。紬との写真のやりとりも自然で、二人の距離が縮まってる感じが伝わってくる。冬の終わりに小さな芽が見え始める描写も含めて、静かだけど確かな変化を感じられる回でした。
#恋愛
花月夜れん
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耀聖(ようせい)
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