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いつも通りの時間に起き
いつものようにお昼ご飯を食べた名論永(めろな)だったが、その後はいつもとは違う。
何を隠そう、その日は綺麗なエメラルドグリーンになった髪色を
綺麗なスカイブルーにしてもらうために美容院へ行くのである。
近くのコンビニ、Heaven in Heaven (ヘブン イン ヘブン)のATMでお金を下ろし
美容院へと向かった。行きつけの美容院に、もう知り合って十数年の美容師さん。
そんな美容師さんにシャンプーをされ、カラー剤を塗ってもらっているときの他愛もない会話。
この会話。人によっては「いらない」「気を遣うから好きじゃない」
「苦手」と言う人もいるだろう。気持ちもわかる。しかし、名論永(めろな)は案外好きだった。
十数年通った美容院で十数年同じ担当の美容師さんだから。
気心知れているから。というのももちろんあるだろう。しかし、それでなくても割と好きなのである。
「そういえば言いましたっけ?僕の親戚が美容師見習いで、今赤山の美容院で働いてるんですよ」
「え。あ、そうなんですね」
「あ、言ってなかったんですね。そうなんですよ。よかったら行ってあげてください。
僕の知り合いって言えば割引してくれるかもしれないんで」
「でも赤山って高いイメージありますけど」
「そうですねぇ〜。うちよりは高いですね」
「…ちなみにカットで」
「いくらだったかな…」
と言って榊田さんはスマホを取り出して軽くいじる。
「カットが7,200円ですね」
ちなみに名論永(めろな)が通っているここはカットが5,000円である。
「oh…」
思わず英語になる名論永。
「初回サービス料金だと5,500円ですって。オレも行ってみようかな」
「あ、初回サービスがあるんすね。オレも初回サービスだけ行こうかな」
「ぜひうちの子を。あ、笑真(エマ)っていう名前なんで」
「笑真さん。おいくつなんですか?」
「21歳です」
「若い!」
「若いんですよ。今年卒業して今見習いなんで、今行ってもなんもできないかもですけどね」
なんて話をしているとカラー剤を塗り終わった。
「じゃ、少し置きますので。なにか飲まれます?」
「あぁ〜…じゃあ、紅茶で」
「アイス、ホット」
「アイスで」
「了解です」
その後榊田さんがアイスティーを持ってきてくれて
そのアイスティーを飲みながらスマホで小説を書いた。ピピピピピとアラームが鳴る。
「うん。いいんじゃないかな?」
髪を掻き分けながら頷く榊田さん。
「じゃ、シャンプーしていきまーす」
「お願いしまーす」
イスが半回転して立ち上がり、シャンプー台へ向かう。
シャンプー台に座ると背もたれがゆっくりと倒れ、謎のティッシュを顔にかけられる。
名論永の耳の上部、頭の左側にシャワーの音が聞こえる。
「お湯かけていきまーす」
「ふあーい(訳:はーい)」
顔にかけられているティッシュ的なものがズレないように返事をする。
名論永の髪にシャワーがかかる。白い洗面台に綺麗な空色の水が流れていく。
柔らかい手つきでシャンプーに移る。シャンプーの泡も空の色を少し反射した雲のような綺麗な色。
わたあめのように綺麗な淡い色のもこもこした泡が名論永の髪を覆う。
泡を洗い流し、優しくタオルドライ。ターバンのように巻いて席に戻る。
ドライヤーをしてもらう。美容院での美容師さんとの会話は嫌いじゃない名論永。
しかし例外がある。それがドライヤー中の会話である。
会話が聞こえづらいし、こちらも声を張らないといけない。名論永は髪が長いので余計に時間がかかる。
たまに会話するためにわざわざドライヤーを止める。元も子もない。
そんなドライヤーを終えて、洗い流さないトリートメントを塗って完成。
綺麗な空色のサラサラヘアーの名論永の出来上がり。お会計を終え、美容院を出る。
「ありがとうございました」
「ありがとうございます。また来ます」
「はい!待ってます」
頭を下げて、頭を下げられてお店を離れる。すれ違う人など、街の人が名論永を見る。
やはり鮮やかな空色の髪は珍しいらしい。
髪を空色にして数日が過ぎたが、いまだに他人からの視線は慣れない。
家に帰って少し小説を読んだらすぐ出勤時間に。居酒屋「天神鳥の羽」へ行き、引き戸から中に入る。
「お。おぉ〜。めろさんお疲れ様です。色入れたんすね」
「お疲れ様です。あ、そうなんよ」
「うん。翠も似合ってたけど、こっちのほうがいいっすね」
「ありがと」
荷物置いてエプロンを巻く。雪姫(ゆき)も出勤してきて
「おぉ。髪色戻ってる。いいっすね」
と驚きつつも高評価してくれた。従業員なのにおかしいだろうが、さすがに週3銀同馬(ギオマ)は来なかった。
いつも通り開店準備を進め、いつも通りの時間に開店。
いつもにようにしばらくお客さんは来ず、少ししてからパラパラとお客さんが入ってくる。
常連さん、常連さんとまでもいかないが何度かお店に来てくれているお客さんがほとんど。
新規のお客さんは少ないがたまに来る。
常連さんだから頼むものはわかっているだろうと思うだろう。正直そんなの覚えていない。
覚えている場合もあるが、注文された後に「あぁ、そういえば」となることがほとんど。
なので「いつもの」と言われるとめちゃくちゃ困る。
そんなこんなで19時半、夜7時半頃から22時頃、夜10時頃をピークに徐々に落ち着いてきて
終電間際には近所のお客さん、常連さんしかいなくなった。
「一旦お疲れ様でーす」
「「お疲れ様でーす」」
店員、名論永(めろな)、雪姫(ゆき)で乾杯をする。
「んじゃ、ま、各自、なんか食べたければ今のうちに」
「はい」
「うーす」
名論永もなにかを食べようと思っていたわけではないがキッチンへ移動する。
更衣室というか控え室というのか、従業員の荷物の置いてる部屋の自分のリュックから
小説を持ってきてビールを飲みながら小説を読む。
雪姫は雪姫でスマホをしながらカシスビアというビールにカシスリキュールを入れたカクテルを飲んでいた。
「あ、そうだ。めろさん」
と名前を呼ぶ雪姫に
「はい?」
と小説から顔を上げ、雪姫を見る名論永。
雪姫も人を呼んで会話する最低限のマナー、スマホを見ないというマナーを守りながら話を進める。
「めろさんが髪ー…」
何色って言ってたっけ
と少し考え
「あ、空色か」
と思い出し
「空色にしたのってあの小説の影響でしたっけ?」
と聞く。
「あぁ、人生色のパレットね。お恥ずかしい話そうですね」
「いや、全然恥ずかしくはないと思いますけど。あ、そうっすよね」
「うん。なんで?急に」
「あ、いや。あの本ってどんくらいで読めます?結構かかります?」
と聞いた瞬間
「あ、めろさんに聞くべきじゃないか」
と聞く相手を間違えたことに気づいた。
「ま、そうね。オレ小説好きだから。
ま、でも梨入須(ないず)さんが想像してるよりは読みやすいと思うよ。たぶんだけど」
「マジっすか?」
「うん。なんか、オレ、あんま小説のレビューとか見ないし
テレビで「特集!」とか「トップ10!」とかいうの見ないんだけど
人生色のパレットっていうワード出たら見ちゃうのね?
で、ま、内容がいいっていうのはもちろん評価されてる要因の1つなんだけど
なんか、普段小説読まない人も読みやすいってのも評価されて、人気の1つの要因みたい。
ま、文学小説とか賞を獲ってる小説とかと比べると全然あれらしいんだけどね」
「へぇ〜。じゃ、私でも読めますかね?」
「うぅ〜ん。まあ、読めるとは思うよ。時間がどれくらいかかるかはわかんないけど」
「なるほど〜」
「読むの?」
「いや、なんか、めろさんがここまで変わったのがその本の影響なら、なんか気になっちゃって」
「ほお」
「紙媒体のほうがいいんすかね」
「んん〜…。ま、小説好きとしては紙媒体一択なんだけど、でも、ま、…なんていうんだっけ」
「電子書籍?」
「それ。電子書籍でもいいと思うよ。普段本読まないならなおさらー…。
普段本読まないなら紙のほうがいいのかな…」
と悩む名論永(めろな)。
「紙媒体のなにがいいんですか?」
「なに。…そうだな。ま、オレは電子書籍で読んだことないけど
電子書籍のメリットといえば嵩張らないことってのはわかるんだけど
紙媒体の良さか…。嵩張るしな…。ま、オレはページ捲るのが好きかな。
こう、2枚捲らないように指でこう、擦る感じ?あとしっかりと、こう、物がある感じ?」
「なるほどですね」
「電子書籍だと1ページずつ捲る感じが…」
と言いかけて想像して
「今の若い子は捲る感じあるか」
と頭の中で自分の意見を否定して訂正した。
「若い子って。めろさんも若いでしょ。まあ。私は小説、電子でも読んだことないですけど。
マンガだとページ捲る感じは全然しないですね。ただスワイプすれば次のページいくんで」
「あ、そうなんだ?ま、でも慣れてるほうでいいと思うよ。
で、よっぽど好きな作品とかだったら文庫本買えばいいんじゃない?かな?」
「なるほどですね。じゃあとりあえず電子で書いますわ」
「やっぱ読むんだね」
「気になりすぎて。まだコミカライズの話もないし
アニメ化の話もドラマ化、映画化の話もないんで、とりあえず時間かけて読んでみようかなと。
で途中でマンガとかアニメとかドラマ始まったらそっちに移行しようかなと」
「読むのやめるんだ!?」
「冗談です。読みますよ。…たぶん」
「たぶんね」
と笑う名論永。
「でもそうか。原作と少し違う場合ありますもんね?」
「まあ。そうね。ドラマとかだと尺調整のために変わったりするかな?
マンガだとたぶん原作通りが多い気がする。アニメ…はやるかな?
1巻完結だと短いから無理矢理足すか、アニメ映画として作るかかな?」
「詳しっ」
「ま。伊達に小説読んでないんでね。どんなんかなぁ〜って小説書きながら見てると
あれ?こんなシーンあったっけ?ってなったりするんだよね」
「そーゆー楽しみ方もあるんですね」
「まあ。楽しいよ」
なんて話をして決まった時間のない休憩時間を終え、パラパラと2軒目、3軒目で寄る常連さん
新規のお客さんを迎え入れ、いつも通りの閉店時間にお店を閉めた。
「じゃ、めろさんお疲れ様でした。また今日もお願いします」
「お疲れ様です。こちらこそよろしくお願いします」
「めろさん。ね」
と雪姫が「小説読みますね」というのを「ね」だけに込めた。それを汲み取り
「おぉ。うん。梨入須(ないず)さんもお疲れ様」
「お疲れ様です」
名論永は店員と雪姫と別れて、いつものようにもう一度振り返ると
店員と雪姫も振り返っていて手を振った。店員はいつも通り雪姫を家まで送る。
「めろさんとなんか約束でもしたん?」
「え?」
「いや、さっきさ」
「あぁ。あれですか。気になります?」
「まあ、気になるっちゃ気になるかな?」
「ほおぉ〜?」
少し嬉しそうな雪姫。
「ま、デートではないんで安心してください」
「安心、安心?うん。安心?したわ」
雪姫は店長に送り届けてもらい
「んじゃ、梨入須(ないず)も今日もよろしくな」
「うっす。お疲れ様でした」
「お疲れ様」
雪姫はマンションのエントランス鍵を差す部分に鍵を差し込み、回し
ガラス製のスライドドアを開き中へ。
5階に上がり、梨入須という表札の家の鍵を静かに開け、静かに中に入る。
雪姫は実家暮らし。父、母、妹2人の5人暮らし。兄もいるが兄は彼女と2人暮らしをしているらしい。
父も母も働いているし、妹もJKなので起こさないように自分の部屋に行く。
部屋着に着替え、スマホで「人生色のパレット」を検索し、電子書籍版を購入する。
表紙が出てきて右にスライドする。ページが捲られるようなエフェクトでページが捲られる。
「おぉ。ちゃんと捲られてる感ある」
表紙から1ページ捲るとタイトルだけのページに
人生色のパレット
「知ってます」
ページを捲る。なにもないページ。さらにページを捲るとついに本編へ。
「おぉ。活字。ひさしぶりに見るわ」
と雪姫は寝る前に少しだけ「人生色のパレット」を読むようになった。