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Episode 5:避けるくせに、忘れられない
神谷「……すみません、今日の現場、急きょ予定が入って」
神谷は、嘘をついた。
自由と二人になる収録の日。
偶然にもスケジュールがかぶらなかった現場に、別の予定を理由に欠席を願い出た。
現場に迷惑をかけるのは嫌いだった。
けれど、それ以上に――自由の顔を見るのが、怖かった。
神谷(あいつの顔を見たら、何を考えてしまうか分からない)
“後輩の告白”で済ませられないくらい、あの言葉は重たくて、真っ直ぐだった。
だからこそ、今の自分ではまともに向き合えない。
部屋にひとりでいても、心は落ち着かず、スマホに手が伸びる。
未読のメッセージがひとつ。
差出人は――入野自由。
入野〘神谷さん、今日お休みって聞きました。
大丈夫ですか? なんか俺、変なことしちゃいましたか?〙
その文章に、胸がギュッと締め付けられる。
“変なこと”。
そうじゃない。
そうじゃないけど――そうだと言い切る方が、楽だった。
返信画面を開いて、指が止まる。
神谷〘ごめん。ちょっと仕事立て込んでるだけ〙
そう打って、送信する。
本当のことなんて、言えない。
神谷(……俺は、ずるい)
翌週、別の現場。
広い収録ブースの片隅、自由がいた。
久しぶりに顔を合わせたというのに、自由は無理に話しかけてこなかった。
ただ一度、目が合っただけ。
いつもの笑顔は、どこか影を落としていた。
その視線が、胸に刺さる。
収録が終わり、スタッフと挨拶を交わして控室に戻ると、扉の前に自由が立っていた。
入野「神谷さん。少しだけ、時間いいですか」
神谷「……ああ」
部屋に入ると、自由がゆっくり口を開く。
入野「この間のこと、忘れてください。
神谷さんが、困るなら……俺、ちゃんと“後輩”に戻ります」
その声が、やけに寂しそうで。
入野「ただ、避けられるのは、ちょっとキツいです。嫌われてもいいから……無視されるのだけは、やめてほしい…」
神谷は、黙って聞いていた。
何も言えない。
何を言えば、このまっすぐな想いに応えられるのか分からない。
けれど――
神谷「……嫌ってなんか、ないよ」
ぽつりと、ようやく漏れた声。
自由は目を見開き、それから少しだけ微笑んだ。
入野「なら、良かった」
その笑顔が、痛いほど眩しかった。