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三人はポワゾンを後にして、来た道を帰る。その途中もゼンティは泣きじゃくるリィラの肩を抱いて歩いていた。
森の外に停めておいた馬車の前まで来ると、前方の道の端に別の馬車が停まっているのが見えた。
ゼンティは先にリィラだけを馬車のキャビンに乗せる。
「ごめん、リィラちゃん。少しだけ待ってて。すぐ戻るからね」
未だ顔を伏せて泣き続けているリィラを馬車に残して、ゼンティはアレンと二人で前方の馬車へと向かう。
近付いてみると、その馬車の装飾に見覚えのある薔薇の紋章を見付けた。
「……ふぅん。アディール王国の紋章。やっぱりね」
ゼンティがそう呟くと、馬車から軽装の兵が降りてきた。甲冑の胸には馬車と同じアディール王国の薔薇の紋章が刻まれていた。
若い兵士の男性はゼンティの姿を見るなり驚きに目を見開いた。それはゼンティの後方に控えているアレンに対してだった。
「アレン隊長!? 生きておられたのですか!?」
この反応は当然だった。近衛隊長・アレンは過去に魔物に食い殺された事になっている。
この兵の反応からして、センティが死んだ事実はアディール王国で公表されていないと分かる。
ゼンティはセンティのふりをして天使のように微笑むと、まずは兵から話を聞き出す。
「それよりも、ポワゾンはどうなっているのかな?」
「は……! センティ様のご命令通り、ポワゾンの草木の伐採・焼却・消毒は完了しました!」
「僕の命令、ねぇ……」
ゼンティの口元が僅かに歪んだ。センティの死を隠しながら、裏で王子の権限を利用している者がいる。
……まるで王子の死が好都合であるかのように。そんな事ができる人物は一人しかいない。
目星はついた。もうこの兵からは話を聞き出す価値もない。
「アレン!」
ゼンティが振り向かずに後方のアレンの名を呼ぶと、それを合図にアレンが瞬時に動いた。
アレンは助走もつけずに目にも留まらぬ速さで駆け出すと、兵の目の前に迫る。
アレンは片手を大きく広げると兵の口を塞ぐように鷲掴みにした。
「ぐっ……!?」
兵は声を出せずに口呼吸もできない。人とは思えない握力と怪力で顔を上向きにされる。
ゼンティが兵に近付くと、その無防備な首筋に牙を立てて噛み付いた。それは吸血鬼のように血を吸う行為に見えるが、実は逆。
普段から毒を吸っているゼンティの体内には毒素が巡っている。自分の唾液に含まれる毒を注入する事で人間を毒に侵す。
ほんの一瞬で兵は意識を失ってその場に倒れた。ゼンティは口元を手の甲で拭いながら冷たく見下ろす。
「……アレン、こいつ捨ててきて。捕食用の餌にはなるでしょ」
「承知しました」
毒の量を調節したので殺してはいない。意識と全身の機能が失われる程度の毒に侵した。
アレンは軽々と兵を肩に担ぎ上げると、道から外れて森の中に入る。数歩進んだところで、乱暴に捨てるようにして兵を地面に放り投げる。
すぐに毒と人間の匂いに引き寄せられた黒い犬型の獣魔が寄ってきた。獣魔は体を得るために、生きた人間を捕食する。
「体を得たらベスティアに来い。歓迎する」
獣魔に向かって静かに告げると、アレンは背中を向けて来た道を歩いて戻る。
アレンが去った後の森の中では、獣魔が生きた人間に食らいつき捕食する生々しい咀嚼音だけが響いていた。
アレンが元の場所へと戻ると、ゼンティは獲物を狙うような目でアディール国の馬車に視線を向けた。
「中にいるヤツらも全員やるよ」
「は。仰せのままに」
リィラが一人で馬車の中で待つこと10分もしないくらいで、ゼンティが戻ってきた。
ゼンティは馬車に乗り込むとリィラの隣に座った。泣き続けていたリィラとは対照的にゼンティは清々しい顔をしている。
「ゼンティ……何してたの?」
「うん、ちょっとね。野暮用」
リィラは泣き止んではいたものの、不満そうに口を尖らせている。
馬車が動き出すと、横のゼンティの肩にコツンと顔を乗せて寄りかかった。
「……私から離れないで」
今までリィラが拗ねたり甘えたりした事なんて一度もない。ゼンティは思わず赤の瞳をいっぱいに見開いた。
「あ、ごめんね、そんなに待たせた? でも10分くらいだよね?」
「……お願い。私を一人にしないで」
リィラの頬に紫の涙が伝っていく。家族も故郷も失ったリィラにはもう何もない。ただ唯一、魔物に成り果てた愛しい人が隣にいるだけ。
それでもリィラはゼンティだけは失いたくない。彼を愛する事でしか生きる価値を見出せない。
里で一人で生きて来たリィラは、この時初めて『寂しい』という感情をゼンティに伝えた。
「当然だよ。リィラちゃんの願いは叶える」
そう言ってリィラの肩を抱くゼンティに愛は見えない。それは『願いを叶える』という約束を果たすためだけの行為にすぎない。
もしゼンティに僅かでも愛があるのなら、それは体の方のセンティが持つ潜在意識が干渉しているだけ。
それならば、リィラもゼンティの願いを叶えて生きる事が自分の存在価値だと思った。
「なら、ゼンティの願いは何?」
それはきっと、全ての野生の獣魔が人の体を入手してベスティア王国に移住する事だろう。
獣魔が食うのは人間。その願いに賛同し手助けをするのなら、リィラ自身も魔物同然に堕ちてしまうという恐怖はある。
だがゼンティの口から語られた『願い』とは、予想外の内容だった。
「復讐だよ」
リィラはその時、ゼンティの言う『復讐』の意味までは分からなかった。
その続きを問う間もなく、泣き疲れたリィラはゼンティの肩を借りて眠りに落ちてしまった。